俺より可愛い奴なんていません。3-24


司会である大貫(おおぬき)が、再び二宮 紗枝(にのみや さえ)の姿を隠すように、黒いローブを掲げると、会場は再び大きくざわめき始めた。


しかし、このざわめきは先程のざわめきとは少し違った。


「こ、こんどはどうなるのかな〜??」


「今度こそ、キチンとした衣装じゃない? なんか、今までの体操着とか制服とか、普段の桜木高校の女子生徒の格好であそこまで変わるんだからさ、ちょっと嫌でも期待が大きくなっちゃうよね〜!」


先程の不安げな声は、一つも上がらず、誰もが期待を胸にし、何を次に見せてくれるのかワクワクしたようなそんな声が多かった。


そして、それは会場だけでなく、同じく舞台裏で会場を見ていた生徒たちもまた大きくザワついていた。


ザワつく舞台裏の中で、次に現れる衣装が分かっている立花 葵(たちばな あおい)は、真剣な眼差しで舞台を見めていた。


(とりあえず、掴みは大丈夫だ……。凄いヒヤヒヤしたけど、二宮が耐えてくれたお陰で、いい形でコンセプトが伝わってくれた。

後はここから……、正直、こっからが俺的には勝負だ…………。

次の発表する衣装でセンスが認められなければ、ここまでの演出は全部おじゃんだ……、頼むぞ…………)


葵は祈るようにして紗枝に熱い視線を向けていた。


舞台裏からは、会場からは見えない黒いローブで隠された紗枝の姿を見ることが出来た。


黒いローブで隠され、紗枝は着替えをしていたが、予め、下に衣装を重ね着していたため、舞台袖や裏に男子生徒がいたとしても、紗枝の裸体は見える事は無かった。


そのため、紗枝はそれを気にすること無く、黒いローブの後ろで上に着た服を脱いでいく。


「やっぱり、次の衣装も重ね着されてるのねぇ〜……。最初の衣装の変更の時は、ビックリして慌てて立花の目を塞いだけど、そこも考慮されてたのね」


葵の隣で同じく、裏から会場を見ていた加藤 綾(かとう あや)が独り言を呟くようにして、そう話した。


「確かに、私も最初はビックリしちゃいました……。ローブを掲げたと思ったら、急に脱ぎ出すんですもん……。これが本当の生着替えだったのなら、立花さんをドン引きしてました」


綾の独り言に反応するようにして、美雪がそう応えると、その言葉は葵の耳にも届き、自分が言葉を発しない間に言いたい放題言われている事に少しムッとした。


「そんな訳無いだろ……、常識的に考えて、二宮にそんな事頼めるわけ無い……。

とゆうか、加藤。お前、さっき俺の視界を塞ごうと、無理やり目を塞いだろ?

そんとき勢い余って俺の眼球にお前の指が突き刺さってんだよ……。

眼球まだ痛いんだけど、どうしてくれんの?」


「え? えぇ〜……。そんなこと今更言われても知らないよ…………。チッセェ〜…………」


綾に言われた言葉にイラッときた葵は、先程の出来事を引っ張り出し綾を非難したが、綾は、数分前に起こった出来事を、「その時に何も言わなかった癖に、今引っ張りだすの?」といった様子で、葵を見つめ、最後には、葵の聞こえるか聞こえない程の声で、葵の器の小ささを小馬鹿にするように呟いていた。


「コイツッ…………」


「ま、まぁまぁ、立花さん……。ほら、紗枝さんの着替えも終わりましたよッ!」


綾の自分の行動を棚に上げたような言い草に、葵の怒りは限界まで来ていたが、葵と綾のやり取りを見ていた美雪が止めるようにして、葵を宥めながらそう言った。


美雪の言葉に導かれるようにして、葵と綾は再び舞台へと視線を向け、葵も1度怒りを沈め、舞台に集中した。


「わぁぁ………」


葵が舞台へと視線を向けると、同じく隣にいた綾も舞台を見て、その光景に思わず声を漏らした。


舞台には、着替えを終えた紗枝の姿があった。


先程まで着用していた衣装は、床に畳まれ置いてあり、畳まれた衣装を見ただけでも紗枝の育ちの良さが伺えた。


そして、紗枝は三度、その姿を変えていた。


紗枝の合図により、再び大貫は黒いローブを降ろし、大貫が紗枝の前を先程と同じように退くと、紗枝の姿は、再び観客へと晒された。


その瞬間、今まで以上の歓声が舞台を包んだ。


怒号のようにも聞こえるその歓声は、紗枝の舞台を揺らし、舞台に立っていた紗枝も、否応にもその迫力に飲み込まれた。


「す、凄い……」


「紗枝、コレはちょっと反則だわ…………」


舞台裏で見つめる綾と美雪は、紗枝の姿を見て、驚きの表情のまま感想を次々と零した。


隣にいる綾と美雪の声、そして、会場の大きな歓声を聞き、葵は大きくガッツポーズを取った。


(よしッ!! これは手応えアリだッ!!)


葵は、内心で大きな手応えを感じつつ、そのまま紗枝を見つめていた。


すると、紗枝がゆっくりと目を丸くし、口を少し開け、驚いた表情のまま、葵の方へと振り返った。


紗枝とそのまま、視線が合った葵は、腕を自分の前に勢いよく突き出すようにして、手にはピースサインを作り、それを紗枝に向かってやり、無言で成功を喜んだ。


普段なら絶対にやらないような行動だったが、それを忘れるほどに葵は、今の状況を喜んでいた。


葵のそんな行動を見て、紗枝は更に驚いた表情を、一瞬浮かべた後、満面の笑みを葵に向けた。


この会場の反応に少し興奮しているのか、会場の熱気にやられたのか、紗枝の頬は少し赤く染まり、その笑顔はいつも見せる笑顔とは比較にならない程に魅力的に見えた。


紗枝は、そうして葵と喜びを共感した後、再び、会場へと視線を向け、今度は観覧してくれている者たちに笑顔で手を振って答えた。


「さ、紗枝があんなにも大胆な服を着るなんて…………」


落ち着きを取り戻したのか、隣にいた綾が興味深そうな表情で、紗枝を見つめながらそう呟いた。


「で、ですね…………、紗枝さんは普段、制服も校則を守って着用するので、スカートも膝を超える短さにはならないですし、体操着にしても、太ももの半分の長さで、それ以上の短さでは無いです。

紗枝さんの私服は、どういったものが多いのか分からないですけど、ああいった紗枝さんの服はとっても新鮮ですね!!」


「うん。凄く新鮮ッ! 実は私服でも、あぁいったショートデニムパンツは恥ずかしがって履かないもん!!」


紗枝の服装に、綾と美雪は大いに盛り上がり、普段の真面目な紗枝からは想像付かない服装にかなり高評価を得ていた。


会場の評価も言うまでも良く、湧き上がる歓声の中、結(ゆい)と立花 蘭(たちばな らん)は静観して、舞台を見つめていた。


紗枝の服装は大胆なものだった。


都会のギャルのような、今の若者が夏場によくしている服装でかなり流行りを意識したファションだった。


下は、綾が言ったように太もも3分の1あるか無いか程の短い丈のショートデニムパンツで、上はラフに少しダボついたTシャツだった。


Tシャツは、先程着用していたクラスTシャツとは、違うもので、白色をベースとし、柄も胸元にロゴが少し入っている程度のシンプルなTシャツだった。


佐々木 美穂(ささき みほ)に、方向性は同じだったが、佐々木は都会の若者のファッションとしては、派手さをアピールし、少しアンバランスさを感じさせたが、紗枝のそれは落ち着いた感じがあり、髪型はショートボブで、明るい茶色い髪だったが、何処か大人っぽさを感じさせた。


「なるほどね〜、Tシャツの明るさだけでここまで変わるかね〜……」


蘭は、感心したように声を上げた。


「ですね。桜木高校で着用されてる生徒達のTシャツはどれも色鮮やかで派手ですからね。下が青い体操着だったのも良かったんでしょうね、やっばり無邪気に見えますから……。

そして、ここに来てのこのシンプルな感じが余計、印象変わるんでしょう」


蘭の呟きに答えるようにして、結は紗枝の感想を述べ、結もまた紗枝の出来栄えに感心していた。


だが、結は1つ気になっていた。


それが何かは本人も上手く表現出来なかったのだが、今の紗枝は何処か惜しいと思わせる要素があるように見えた。


感心した声を上げていた結が、何処か納得いかないような表情を浮かべているのを、蘭は気づき、少し微笑み、結に助言するように、口を開いた。


「結……、何か引っかかるみたいね……。まぁ、それもそのはずよ」


「えッ!?」


蘭の不意の呼び掛けに結は、驚いた表情で蘭へと視線を向けた。


その時だった。


結が一瞬、舞台から視線を逸らし、蘭へと視線を向けたその隙に、会場は再び大きく盛り上がった。


蘭に一瞬気を逸らされた結は、会場の急な盛り上がりに、何事かと再び舞台へと視線を向けた。


「う……、嘘…………」


結が舞台へと、視線を戻すとそこには、黒い長い髪をなびかせた紗枝の姿があった。


紗枝は、ここまで新鮮なイメージを与えてくれていた茶髪のショートボブヘアーのウィッグを取ったのだった。


そして、紗枝の行動をまるで読んでいたかのように蘭は、ゆっくりと口を開いた。


「そう……ここまで、いい方向に働いてきたあのウィッグがここにきて、いい方向に働いていなかった……。

確かに、茶髪のあのウィッグにあの衣装が合わなかったわけじゃない。でも、あの衣装に合うのは、あの髪型じゃない…………」


紗枝は、勢いよくウィッグを脱ぎ捨て、自慢の黒い髪をなびかせた。


そして、その瞬間に、紗枝のコーディネートは完成された。


結に、最後のパズルのピースがハマるようなそんな感覚すら感じさせた。


「どれも、似合ってしまうのであれば、全部見せればいい……」


結は、紗枝の姿に目を奪われたまま、小さく呟いた。


そして、結のその言葉を聞き、蘭もまた小さく微笑み会場で光り輝く紗枝の姿を、ただ見つめた。

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