俺より可愛い奴なんていません。3-23

大貫(おおぬき)は、二宮 紗枝(にのみや さえ)に言われた通りに、黒いローブを降ろし、すぐさま、紗枝の前から退いた。


すると、紗枝の姿が露になり、会場に訪れている観覧の者達にその姿を見せた。


紗枝の姿を見るなり、会場は今まで見せた事の無い、異様な反応を見せた。


何時もならば、衣装を露にした瞬間に、その素晴らしさからスグに歓声があがり、紗枝の制服の姿を最初に見せた時も、やはり歓声は上がっていた。


しかし、今は、静かに静まり返ってしまい、会場はざわざわとざわめき始めてしまった。


それも、全ては紗枝の衣装が原因だった。


紗枝が見せた次の衣装もまた、桜木高校の生徒ならば、しかもこの桜祭(おうさい)が行われる日であるならば、必ずしも見つけられる服装だった。


下は体育の時間などで使用される、青い、学校指定の体操ズボンに、上はなんと、2-B組のクラスTシャツと呼ばれるTシャツ1枚だった。


クラスTシャツは、それぞれのクラスがこの桜祭の為に作り、自由な発想から、様々な柄や色で構成されており、クラス全員がその自分のクラスで作成したTシャツを着用する事で、何処のクラスの生徒かもスグに分かった。


どのクラスとこのTシャツには、力を入れており、どのクラスのTシャツもとても魅力的だった。


確かに、紗枝が着ていると、ちょっと他の娘が着るよりも、全然映える格好ではあったが、それでも、こんな大舞台で着るような服装ではないような気もするものだった。


少なくとも多くの生徒はそう考えた。


紗枝の発表は終始異様で、1回目の夏服の制服からの、桜祭で生徒達がしている格好を見せられては、流石の観覧者も困惑しか出来なかった。


「え? え? なんで……? どうして??」


「衣装、足りなかったのかな……? 確かに凄く似合ってるし、可愛いけど、最初の子達は、凄い衣装だったよね?

それこそ、ホントにファッション雑誌で乗ってそうなオシャレな服とか来てる子もいたし…………」


困惑の声は広がり、会場のざわめきは少しずつ大きなものへとなっていった。


その声から、紗枝も自信が少しずつ無くなってきていた。


葵の思いを知っている彼女には、絶対にこの衣装がミスコンでは輝くと心の中では、そう思っていたが、葵の意図が伝わらない限り、このコンセプトの意味が伝わらない限りは、この発表は確実に失敗に終わと思えてしまった。


自分から、このコンセプトの本当の意味を、大貫の持つマイクを借り、説明する事は簡単だったが、それでは、正直意味がなく、観客にいる人、とゆうよりも、桜木高校の女子生徒達に向けたこのコンセプトは、彼女達自身が自分達で気付かないとダメなものだった。


紗枝は、どんどん自分の中で膨らんでいく不安を抑えながらも、堂々とした態度で舞台に立ち続けた。


「な、なんか……ヤバくないですかね? コレ…………」


困惑の声が大きくなる中で、結は周りを見渡しながら、不安そうに声を上げた。


結の意見は、真っ当なもので、今回『ミルジュ』の名前も使って行っているこのイベントは、失敗出来ないものであり、『ミルジュ』の社員である、結が不安を感じるのは当然だった。


結は、今回のイベントのリーダーでもある同僚の立花 蘭(たちばな らん)に、不安そうに話を振ったが、蘭は依然として難しい表情のまま、ただ舞台を見つめるだけだった。


この状況に対して、慌てる事も無く、ただ何かを考えるようにして舞台を見ていた。


ざわめきの声は大きくなり、ここまで来るともう歓声の声は聞こえてこないかと思われた、そんな時だった。


蘭の近くにいた1人の桜木高校の女子生徒が、何かを思いついたように小さく呟いた。


「あッ……2日目…………」


女子生徒が呟いたその瞬間だった。


その言葉が伝染するように一気に会場に人がり、人から人へとその言葉は受け継がれ、困惑だったざわめきが少しずつ違うものへと変わっていった。


そして、ざわめきがどんどんと大きくなり、やがて、ミスコンを盛り上げる大きな歓声へと変わった。

たった一瞬の出来事だった。


紗枝の2回目の衣装の発表から、困惑したざわめきが会場を支配したかと思うと、その女子生徒の一言で、悪い空気は一気に変わり、本来の盛り上がりを取り戻した。


それも、その盛り上がりはどんどんと膨れ上がっていった。


「え? え? こ、今度はなに??」


歓声を上げ始めた会場に、結は付いていけておらず、困惑した様子で、そう言いながら、辺りをキョロキョロと見渡していた。


結だけでは無く、他の観覧の者でも辺りをキョロキョロと辺りを見渡す者が何人か見受けられた。


蘭も、この盛り上がりの落差に驚き、どうしてこんな事が起きているのか分からなかったが、盛り上がって、歓声を上げる生徒を見て、ようやく気付かされた。


「そうかッ!! 2日目だッ!!!」


蘭は何かに気づいたように大きな声を上げた。


「え? え? せ、先輩まで、何ですか……?」


蘭は気づいたが、まだ気づけない結は、困惑しながら、蘭へと尋ね、蘭の隣にいる椿(つばき)もまだピンと来ていない様子で蘭を見つめていた。


「2日目のイベントだよッ!! 私達、2日目に何をやるッ!?」


「え……? ふ、2日目ですか?? それは、本来は2日目連続でミスコンをやろうとしていた所を、ウチの白井(しらい)さんが提案した企画をやるってなって…………え〜と……」


蘭は少し興奮した様子で、結に尋ねると、結はその気迫に少し押されるような感じで、戸惑いながらも、記憶を辿るようにして思い出しながら話し始めた。


「2日目は教室を3つ借りて、今回ミスコンに参加されなかった来場者さんと桜木高校の女子生徒さん達を対処にメイクのみですけど、させて頂くっていうイベントをする予定になってたハズです……

だからこそ、今回のミスコンは色んな意味で外せない、失敗出来ないイベントになっていて、この初日に失敗すれば、2日目のイベントにも影響がッ…………」


考えがまとまった結は、落ち着いて明日の予定を答えていき、それに付随して、初日である今日がどれだけ大事かということを改めて実感して話していると、途中で何かを思い出したかのようにハッとした表情になり、話を切り上げた。


「え? まさか……2日目の影響……??」


結は2日目の内容を語る中で、話が整理され、ようやく彼女の中で、正解が導き出された。


「そうッ! そう言うこと!! もうコレで、コンセプトの意味もはっきりとしたでしょ??」


蘭はニコニコとしながら、結に話しかけ、結は驚いた表情のまま少しの間、固まっていた。


2人で盛り上がる中、二人の会話を聞いていた椿もようやく、意図が伝わり、口を挟むようにして話し始めた。


「なるほどね……。それで、コンセプトは変化……。じゃあ、もう1つの夢は??」


「ん? あぁ〜、それはね? 今年のそもそものこの学祭のコンセプトが『夢』なんだよ……。

それに、このイベントは生徒会と『ミルジュ』の主催。生徒のトップであり、『夢』のコンセプトを掲げたのはそとそも生徒会。

そして、2日目のイベント、これは、全ての女の子に共通する『夢』を叶えるであろうイベント。理由はこんな所なのかな〜? まぁ、葵にしては粋じゃない??」


椿の質問に、何故か蘭が自分の手柄のように、ニコニコと笑顔を絶やさず、自信満々に答えた。


「兄さんは、元々粋だよッ……。元からロマンチストだし…………」


椿は、葵の考えたであろうこのコンセプトに気づけなかったのが、悔しかったのか、ムッとした表情で蘭に向かって答えた。


蘭と椿がそんなやり取りをしていると、蘭の予想に当たっている事を証明するように、近くにいた桜木高校の女子生徒の声が聞こえてきた。


「ねぇねぇ、2日目さぁ……お昼私、回る時間あるし、ちょっと『ミルジュ』のメイク受けてみない?」


「私もそう思った〜……。雰囲気があれほどまでに変わるならやってみたい〜。それにさッ! 正直、メイクだけじゃな〜って思ってたんだけど、下体操着に上クラスTシャツでも、全然イケそうだし……」


蘭の思った通りに、会場は生徒会や『ミルジュ』にとっていい方向へと向かっていた。


「はぁ〜……、なんか、葵にはいい所を持ってかれたような気がするな〜……」


蘭はそんな、女子生徒達の話を聞きながら、ため息を1つ付き、少し悔しそうにしながらも、葵を心から称賛するように呟いた。


葵がコーディネートした紗枝の発表は、プロの目線から見たとすれば、全く持ってダメダメな部分が多かったが、2日目に来て貰えるであろう来場者や桜木高校の女子生徒に寄り添ったような、この発表は評価せざるを得なかった。


「お兄ちゃん…………」


蘭の呟きと、少し微笑みながらも、「やられた」といったような表情に、椿は自分の事のように、兄である葵が誇らしく思え、兄の発表の成功を喜ぶように呟いた。


◇ ◇ ◇ ◇


(良かった……。きちんと立花君のコンセプト、届いた…………)


会場は盛り上がりを取り戻し、紗枝はやっと一息付け、安堵の表情で会場を見た後、今度は舞台裏に視線を向け、紗枝の発表を見守る綾(あや)や美雪(みゆき)、そして葵の姿を探した。


3人は舞台袖からきっちりと、紗枝を見つめており、綾や美雪は、紗枝と目が合うと笑顔で、祝福するようにして手を振って答えてくれた。


葵も、手を振るような事はしなかったが、それでも優しく微笑み、軽く頷き、紗枝の発表の成功を祝福してくれるようだった。


紗枝はそんな3人を見て、今まで感じていた大きな不安もあってか、余計に感動して、少し目が潤んできていた。


(や、ヤバいッ……………、凄い嬉しいッ! でも、まだ泣いちゃ駄目だ……。まだ最後の発表が残ってる!!)


潤んできた目を、紗枝は拭い、まだこの舞台でやる事がある事を思い出し、決意を固め、再び真剣な表情に戻り、会場へと視線を戻した。


「はい〜ッ!! それじゃあッ! ここまで会場を盛り上げてくれた二宮さんにッ……」


「待ってくださいッ!!」


紗枝の出番を締めくくろうとしていた大貫の声を紗枝は遮るようにして、大きな声を発した。


紗枝の声に驚き、大貫は途中で話を辞め、紗枝の方へと視線を向けた。


締めに入ろうとしていた大貫を止めるのは、普段ならかなりの勇気が必要な行動で、紗枝も普段だったら躊躇ったかもしれなかったが、今の紗枝は自信に満ちており、不安は微塵も感じなかった。


紗枝の声に、会場は静まり返るかと思ったが、未だに盛り上がったままだった。


「ど、どうしました??」


大貫は、再び紗枝に戸惑った様子で尋ねた。


ここまでくるともう、何度か行われたリハーサルでは絶対に行われていない範囲であり、完全にぶっつけ本番のアドリブだった。


「まだ、もう一つ…………もう一つッ! 皆さんに発表したい衣装があるんです。大貫さん、お願いします……」


紗枝は頼むように大貫に話し、大貫にして欲しい事を全て伝えはしなかったが、それでも、大貫には何をすべきか、スグに理解出来た。


「わ、分かりました……もう一度、隠せばいいですね?」


大貫は、もう紗枝の言いなりに動き、再び地面に放ってある黒いローブに手を掛けた。


そして、紗枝をもう一度、観客から見えないように隠した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る