俺より可愛い奴なんていません。3-21


会場は、大きく盛り上がっていた。


立花 葵(たちばな あおい)の一つ目の目論見は、上手くハマり、観覧者達に拒絶されること無く、受け入れられた。


二宮 紗枝(にのみや さえ)が、舞台にあがったと同時に聞こえた、大きな歓声に、葵は紗枝以上に喜び、舞台裏で小さくガッツポーズを取った。


紗枝は、恒例である黒いローブで、まだ衣装を隠していたが、それでも既に称賛をするような声がいくつも上がっていた。


舞台にあがって、リハーサル通りに司会者の大貫(おおぬき)の隣まで歩いて向かっている中、観覧席からは幾つもの声が紗枝にも聞こえた。


「え? あれ、ヤバくない?? メイクめっちゃ可愛いし、それになりより……」


「うん。あんな二宮さん見た事ないから凄い新鮮だけど、凄く似合ってるよね……」


「二宮さんはいつも真面目だから、普段じゃ想像つかないもんね…………」


観覧席の手前に座る3人で見に来たのか、女子生徒達は紗枝を見て、大きく動揺しながらも、会話の内容は、紗枝を称賛するものだった。


そして、そんな女子生徒達以外の声も聞こえてきた。


「二宮さん……、やべぇ……可愛すぎるよ………」


「俺、もう死んでもいいかも……」


紗枝に対して、熱い視線を向けた男子生徒達の声が、不意に紗枝の耳にも届き、男子生徒の反応に紗枝は内心「大袈裟だなぁ……」と思いながらも、そんな男子生徒達の行動が可笑しく、クスリと微笑んだ。


紗枝の微笑んだのを見逃さなかった幾つかの生徒は、そこでまた一つ、大きな歓声を上げ、盛り上がっていた。


そんな中、紗枝は会場から視線を逸らし、大貫の方へと視線を持っていくと、真剣な表情で歩みを止めずに、大貫の隣へと向かって歩いた。


◇ ◇ ◇ ◇


紗枝が登場し、大きく湧く会場の中、結(ゆい)と立花 蘭(たちばな らん)は、冷静に舞台を静観していた。


「なるほどね〜……、葵もやるじゃん」


紗枝の登場を見て、その姿に大きく驚いた後、しばらく真面目な表情で今まで舞台を見ていた蘭がようやく、笑みを見せ、言葉を発した。


「そうですね。まさかウィッグで一気に印象を変えてくるとは……」


蘭の言葉に結も感心するようにして、言葉を返した。


「だね〜……。あの手の娘は、正直何着せても、何やっても失敗に見えないから、どれが正解か分からないのよね〜……。

プロでも『コレッ!』ってものを出すのは、難しい……。

だから、元々のその娘の印象を大事にして、それを磨くようなスタイルに仕上げるけどパターンが多いけど……」


「はい……。余計な知識が無いからこそ、出来たんでしょうね……」


蘭や結のようなプロのスタイリストから見ても、葵の選んだ道は、悪くないと思えた。


紗枝は元々、黒い長い髪をしていたが、それを明るく茶色い髪のウィッグにし、長い髪から現在使用しているウィッグは、ショートのボブという、これまた印象をガラリと変えるものだった。


メイクもそれに付随したものになっており、表情が明るく見えるよう、明るい色のモノを多く取り入れつつ、薄く塗る事で、彼女本来の持つ、美形の顔を引き立てる程度に抑えていた。


「あのメイク……、ホントに学生ですか? とゆうか、男子高校生ですよね??」


結は、紗枝のメイクを見れば見るほど、その腕がいい事が分かり、とてもじゃないが学生で、しかも、男子生徒の仕業だとは思えなかった。


「まッ、私が教えたからね〜……」


結の言葉に何故か、蘭が自慢げに答え、そんな蘭の言葉が聞こえたのか、隣にいた椿がピクりと体を跳ねらせた。


「あッ…………」


視界の端に、隣に立つ椿が反応した所を捉え、蘭は葵のメイクした女性を不本意にもバラしてしまった事に気づいた。


「しまった」といったように言葉を零し、椿をしっかり見ようと椿の方へと視線を逸らすと、椿は熱い視線で、睨みつけるようにして目を細め、舞台に立つ紗枝を見つめていた。


結局、蘭は何一つ椿に隠し事が出来ずに、全て椿の知るところとなった。


「つ、椿ちゃ〜〜ん?」


蘭は恐る恐る椿に声を掛けたが、椿は気づいてないのか、蘭に視線をやることなく、紗枝をただ見つめ続けていた


「あれが……兄さんがメイクした女…………」


蘭が様子を伺うようにして椿を見つめていると、椿は低い声で呟くようにして、言葉を漏らした。


ただ、その一言だったが、その声は明らかに敵意のようなものを含んでおり、十中八九、紗枝に良い印象は持ってないなという事が分かった。


蘭はそんな椿を見て、これ以上今の椿に触れるのはよろしくないと結論を出し、この後、明らかに葵は言及されるだろうなと思いながらも、心の中で葵に「ごめん〜」と呟き、椿を一時的に放置した。


「でも、ここからどうするでしょうかね? 確かにメイクの技術もそれなりですし、希を狙らったあのウィッグも驚きましたけど、それでもまだまだ平凡です。

最初の登場で湧かせたぶん、衣装が期待外れだった時の落差も激しいですし……」


蘭が椿を放置し、舞台へと視線を戻すと、結が再び考察するようにして、1人呟いた。


結の言葉を聞いた、蘭もまた真面目な表情でゆっくりと結と同じように考察を始めた。


「確かにね〜……。色んな見せ方がまだまだ沢山あるだろうし、どれを取ってくるかね〜…………。

結ならどうする??」


「そうですね……。もう髪型がかなり若者寄りの髪型で、ショートのボブで茶色いという事ですし、私服のようなもので仕上げますかね。オシャレに都会っぽい。

でも、永井(ながい)先輩みたいな衣装は選ばないですかね……、髪型の時点でかなり普段の装いからギャップがありますし、服まで希を狙うとなるともう受け入れて貰えなさそうですし……」


蘭が尋ねると結は、少し考え込んだ後、真剣な表情のまま、自分ならこの後、どう持っていくのかを詳しく話し始めた。


結の意見はどちらかと言えば、保守的ではあった。


佐々木 美穂(ささき みほ)を担当した『ミルジュ』の永井 美希(ながい みき)は、かなり派手目な衣装で爆発的な人気を獲得し、賛否両論はあったものの、会場の湧き方からして、それは成功といっても過言では無かった。


「まぁ、無難だね〜……。あぁ〜、私、結構キツめの娘を葵に託しちゃったかな〜?

私もどう仕上げるか悩むわ〜……。あの娘には色んな衣装を着て欲しい」


結の意見を聞いた蘭も、自分で色々とアイデアを膨らませたが、結局選択肢の多さから決めあぐねていた。


そして、今になって、葵に課した試練が自分が思っているよりも大きな物だったのだと自覚した。


「せ、先輩…………、流石に弟さん可哀想ですよ。ホントに大丈夫なんですかね……?」


結は今になって、唸りながら頭を抱える蘭を見て、呆れた様子で、ため息を付きながら答え、横暴な姉を持った葵に深く同情した。


◇ ◇ ◇ ◇


「立花さんッ! 凄いッ! 凄いですねッ!? 紗枝さんッ!!」


舞台裏で舞台と湧き上がる会場を見て、美雪は声を抑えながらも、興奮した様子で声を上げた。


「まだ、紗枝さん衣装を露わにしてないのにあの盛り上がりですよ!? 衣装を見せたらどうなっちゃうでしょう……」


「さぁ、正直分からん……。俺もやれるだけの事はやったけどどう転ぶか…………」


興奮する美雪に対して、葵は逆に少し、暗い様子で答えた。


そして、美雪から視線を逸らし、深刻な表情で舞台の方へと視線を戻した。


(掴みは成功だ。あんな二宮は、誰も見た事も無いだろうし、普段から黒髪のロングな二宮が髪型をしたら、嫌でも目を引く……。

……たが、ここからだ…………。衣装に関しては正直、運任せなとこがある。この選んだ衣装を観覧がどう受け取るか……だ…………)


葵は自分が出るよりも、緊張していた。


舞台を見つめながら、色んな事を嫌でも考えてしまった。


「なに、怖い顔してんだよ……」


不意に隣から声を掛けられ、葵はその声に気づき導かれるようにして、声のした方へと視線をやった。


すると、そこには隣で舞台を見ていた綾の姿があった。


綾は、少し怪訝そうな表情で葵を見つめていた。


「い、いや……別に、何でもない」


葵がそう応えると、2人のやり取りに気づいたのか、美雪もまたこちらへと視線を持ってきた。


葵は、何でもないと答えながら、本当に何でも無いように振舞ったが、綾には葵がどうしてそんな深刻な表情で舞台を見つめていたのか何となく察しがついた。


「大丈夫だよ。紗枝は可愛し、きっとまだ見えないけど、下の衣装も似合ってる……」


綾は、自分が出場する時も葵に励まされた事を思い出し、今こそその恩返しをするように、葵にその言葉を送った。


「はい。きっと、心配ないです!」


綾の言葉で、そのやり取りを見ていた美雪も何の話か察したのか、優しく微笑みながら、付け加えるようして答えた。


葵は、2人からの言葉に驚いた表情を浮かべたが、スグにいつもの無表情に戻し、舞台へと視線を送った。

何故だか、2人からのエールが小っ恥ずかしく、それ以上2人の顔を見れなかった。


「な、なんか……悪いな…………」


視線を逸らした葵だったが、きちんと2人の言葉に答えるようにして、言葉を発した。


そう答えてから余計に恥ずかしさが込み上げてきたが、もう発してしまった言葉を撤回する事は出来ず、葵はその後、襲ってきた羞恥心で自分のした対応に凄く後悔した。


「なんだなんだ〜?? 立花ともあろう冷血漢が照れてるのか〜?? 男のツンデレは気持ち悪いぞぉ〜??」


葵の照れ隠しに気づいたのか、綾はさっきのお返しだと言わんばかりにニヤニヤとした表情を浮かべ、からかうようにして葵にそう言った。


いつもだったら葵もこんな事を言われ、からかわれたらスグに言い返していたが、今は圧倒的に分が悪く、何も言い返せなかった。


今日、初めて綾に何も言い返せない瞬間だった。


(クッ……こいつ…………、急に調子づきやがって…………)


悔しそうな表情を浮かべる葵とそれを見てますますニヤニヤとした表情を浮かべる綾を見て、美雪はクスクスと小さく笑い声を立て、笑顔を見せた。


3人がそんなやり取りをしていると、先程まで大きく、盛り上がっていた会場が一気に静まり返った。


葵達はその異常さにスグに気付き、舞台へと目をやるとそこには、黒いローブを剥いだ、紗枝の姿があった。


隣にいた、先程まで楽しそうに笑顔を見せていた綾と美雪もそれにつられるようにして、沈黙してした。


葵はその瞬間、体中から一気に冷や汗をかき、これまでに無いほど大きな不安が襲ってきた。

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