俺より可愛い奴なんていません。3-20


神崎 大和(かんざき やまと)等が、ミスコンの舞台へと到着する数分前。


舞台裏では、妙な空気が流れていた。


ミスコンの発表も半数以上が終わり、出番が終わった安堵からか緊張感の無く、楽しげに仲間と楽しむ者も出てきており、まだ出番が終わっていない生徒達は依然として緊張し、自分の順番も近づいている事で余計に緊張していた。


そして、その緊張しているグループには、未だ出番が終わっていない二宮 紗枝(にのみや さえ)や橋本 美雪(はしもと みゆき)の姿もあった。


立花 葵(たちばな あおい)もまだ出番を終えてはいなかったが、何故か1番問題のある出場者である彼が1番落ち着いており、緊張など微塵も感じられなかった。


「だ、大丈夫だよぉ〜紗枝、美雪ぃ〜。私でも上手くやれたんだし、きっと大丈夫!! 2人ともめっちゃ可愛いしッ!!」


緊張を紛らわせるためか、紗枝と美雪はお互いにお互いの手を握り、そわそわとしており、そんな紗枝と美雪を励ますようにして、出番を終えた加藤 綾(かとう あや)が話しかけた。


「そ、そんな事言われても……」


「私も凄い不安……、綾みたいに破廉恥に出来る気がしないよぉ……」


綾に励まされても、美雪と紗枝は不安そうに呟き、紗枝に関して言えば、綾に対して衝撃的な一言まで添えていた。


「さ、紗枝? 私の発表、破廉恥だと思ってたの??」


励ましていた綾だったが、紗枝に言われた事があまりにも衝撃的過ぎて、励ますのを忘れ、そんな風に思われていたのかどうかの方が大きく気になり、恐る恐るといった様子で聞き返していた。


そんな3人のやり取りに、傍目で見ていた葵は声を掛けずには居られなくなり、大きく息を吐き、ため息のようなものをついた後、3人に向かって声をかけた。


「なぁ……、そんなに緊張する必要無いんじゃないか? いっその事、加藤みたいに割り切ってやった方が発表的にもいいモノになるし。

破廉恥だったけど、パフォーマンスとしては凄かったぞ? 加藤は……破廉恥だったけど」


葵は、紗枝と美雪を励ますように声を掛け、葵からそんな事を言われるとは思っていなかった紗枝と美雪は驚いた表情を浮かべていた。


「ちょ、ちょっとッ! 立花ッ!? なんで破廉恥って2回も言ったッ!?」


紗枝と美雪が驚いた表情で固まっている中、綾は葵に強調されるように言われた事がカンに障り、怒った様子で葵に突っかかるようにして声を上げた。


葵はそんな綾を一瞥した後、わざと無視して、美雪と紗枝に続けるようにして話した。


「それに、お前らの後に控えてるのは俺だぞ? 俺は見た目はお前らには負けないが、何しろ男だぞ?

女装で出るのにこんなに落ち着いてるのにお前らがビビってどうする」


「い、いや……立花は、頭可笑しいだけだよ……めっちゃ…………」


葵が堂々とした様子で声をかける中、今度は綾が余計な一言をボソリと呟くようにいった。


「なんだ? 加藤……。文句あんのか?」


「そっちこそッ! 破廉恥、破廉恥うるさいよ!!」


小さく呟いた綾だったが、葵はそれを聞き逃さず、綾の罵倒は聞き捨てならなかったのか、すぐ様反応した。


綾もやっと葵に言えるといった様子で、先程に散々言われた言葉について文句をいった。


綾と葵がお互いを睨むようにして見つめ合い、今にも口喧嘩が始まりそうなそんな2人を見ていた紗枝は、2人が可笑しく思え、思わず吹き出した。


「プッ……クククッ……、はぁ〜……なんか馬鹿らしくなってきちゃった……」


「そうですね……。2人の様子を見てるとなんだか緊張してるのが馬鹿らしく思えてきました」


紗枝は、人差し指で自分の目元を拭うようにして、ニコニコと笑いながらそう言葉を発し、紗枝の言葉を肯定するようにして美雪も微笑えみながら答えた。


葵は内心、「心配して声をかけてやったのに、加藤と言い合う自分達を見て、緊張してるのが馬鹿らしく思えるって何事だ」と思ったが、当初の目的である2人の緊張は紛れたようだったので、野暮な事は言わなかった。


「ま、まぁ……緊張が解れたなら何でもいい。……ほら、そろそろ出番じゃないのか? 二宮」


葵は少し不服だったが、舞台で大きな声で司会進行をする大貫(おおぬき)の声聞き、紗枝にそう呼びかけた。


葵にそう言われ、舞台の方へと耳を澄ませると、大貫が確かに次の出場者の話をしていた。


ここに来て、紗枝はようやく自分出番が次だったと思い出し、ハッとした様子で答えた。


「ヤバい、私の名前言ってた……、行かなくちゃッ…………」


紗枝はそう言って、少し焦った様子で振り返り、次に舞台に上がる出場者が待つ所へと向かっていった。

紗枝にはもう、以前ほどの緊張は見受けられなかった。


緊張感はまだあったが、それは程よいもので、むしろその緊張から気持ちが引き締まって、足取りもしっかりとして、堂々とした足取りだった。


そんな紗枝を、後ろから3人で見つめていると、クルリと体をまわわし、紗枝はこちらに振り返った。


「それじゃッ! 行ってくるねッ!!」


紗枝は振り返ると、笑顔で残された3人に手を振り、少し離れた3人の耳に届くように少し大きな声で、少しの別れを告げた。


「頑張ってくださいッ! 紗枝さんッ!!」


「頑張れぇ〜紗枝ッ! 1位取ってこ〜いッ!!」


紗枝の言葉に、一瞬、美雪と綾はお互いの顔を見合わせた後、スグに紗枝に視線を戻し、紗枝に負けないような清々しい笑顔で、大きな声で答えた。


葵は美雪達のように、激励するような言葉を紗枝に掛ける事は無かったが、真剣な表情で軽く、ゆっくりと頷き、紗枝の言葉に答えた。


2人に比べると葵の反応はさっぱりとしたものだったが、美雪のスタイリストは葵だったため、そんな葵が真面目な表情で頷いた事で、何故か「大丈夫だ」と、力強く答えられた気がして、紗枝は美雪達と同じくらいに葵に励まされた。


紗枝はそんな3人の反応を確認すると、最後にもう一度、今以上の笑顔を見せ、再び舞台に向かうため振り返り、今度こそ振り返ることは無かった。


「行っちゃいましたね…………」


紗枝の後ろ姿を見ながら、美雪は少し寂しそうに呟いた。


「うん……。でも、楽しそうに笑ってたし、大丈夫だね」


美雪の独り言のような大きさの声の呟きに、綾は反応し答え、そんな2人を横目で一瞥した後、葵は再び紗枝へと視線を移した。


(二宮、自信持ってやれよ……。俺がメイクしたんだ……絶対、失敗するような事にはならないんだから……。)


葵は真剣な眼差しのまま紗枝を見つめ、内心で紗枝を応援していた。


◇ ◇ ◇ ◇


ミスコンの司会、大貫(おおぬき)の高らかな紹介により、会場はザワザワと大きくザワめいていた。


それもそのはず、次に発表される出場者は学園のマドンナといっても過言では無いほどモテる、2-B組の二宮 紗枝(にのみや さえ)だった。


「な、なぁなぁ次、遂に来るぜ……二宮さん…………」


「あぁ、ヤバイよな……、正直言ってコレを見に来たってところまである」


「だよな〜。とゆうか、今までの女子達も凄かったし、一体どうなっちゃうんだよ…………」


会場で観覧する桜木高校の生徒達は、もちろん紗枝の事を知っていたため、大きく動揺していた。


そして、その生徒達の声が影響して、紗枝の存在を知らない者達まで、期待度を大きく上げていた。


「さっきから、ザワザワとうるさいね……、一体何なの……?」


大貫が次の出場者の名前を叫んだ途端に、会場がどよめき始めた事に、少々混乱しながらも、苛立った様子で同じく観覧していた立花 椿(たちばな つばき)が声を上げた。


「ん? あぁ、次の発表の娘、凄く可愛い娘だからじゃない? 私も見たけど、凄く可愛かったよぉ〜」


苛立ちを含み、不機嫌そうに言葉を発した椿に反応するようにして、隣で同じく観覧していた姉である蘭(らん)がそう答えた。


「あ、あぁ〜……あの娘ですか。確かに可愛かったですね」


蘭が答えると結も紗枝がどの娘だか分かったのか、スグに蘭の意見に賛同し、蘭も「ね〜!」と共感し合うようにして、言葉を発していた。


「へぇー……そんなに可愛いんだ…………。ま、あんまし、興味無いけど……」


「ふ〜ん……」


椿は少しわざとらしく、全く興味が無いと言った様子で答えると、隣にいた蘭は、今日何度目かももう分からない、あのイタズラっぽい、ニヤニヤとした表情を浮かべながら、茶化すようにして椿を観察するようにして見つめていた。


椿も蘭の反応に気づいたが、それを指摘しては負けだと、心で何度も呟き、極力気にしないよう、視線も逸らした。


少しの間、そうして舞台をじっと見るようにして、蘭を気にしないようにしていたが、見えていなくても隣であの憎たらしいニヤけた面をしている事は分かり、椿は耐えられなくなり、遂に聞いてしまった。


「これ聞いたらダメなの分かるけど…………なに?」


椿は、ますます不機嫌になりながら、若干蘭を睨むようにして尋ねた。


「ん? えぇ〜? いや、まぁなんでも無いよ? 相変わらず可愛い娘は嫌いなんだな〜って……」


「当たり前…………それも、兄さんが通う学校に…………」


「んん〜?? 何かな〜? お兄ちゃん取られちゃうよ〜〜って事かな??」


神経を逆撫でするような蘭の態度に、椿のイライラは最高潮まで上がり、最後の方には乙女らしからぬ、舌打ちまでしていた。


そして、今度は少し拗ねたように、気持ち沈んだような様子で椿は言葉を漏らした。


「取られないし…………。それに私よか、可愛い娘なんてそうそういないし………」


少し悲しそうに呟く椿に、蘭は「弄り過ぎちゃったかな?」と内心少し反省したが、拗ねたように呟く、可愛らしい椿が見れた事に何より満足してしまった。


「ホントに椿ちゃんは、お兄ちゃんっ子だね〜……。

お姉ちゃんとしては、もうそろそろお兄ちゃん離れして欲しいけど…………、可愛いから何でもいっかッ!!」


「いや、それで良いんですか…………」


蘭の短絡的思考に他人である結の方が、心配になってきていた。


結は蘭に呆れながら、再び舞台へと視線を移すと、舞台影から少し人影が見えた。


「あっ! せ、先輩ッ!! 来ますよ!」


椿を弄りすぎてしまった事で、椿は少し拗ねてしまい、蘭は「ごめん〜」と妹を愛でるようにして、抱き寄せている所に結は、ミスコンが再び動き出した事に、声を上げて伝えた。


結の呼びかけに、椿と蘭は反応し、椿は蘭にされるがまま、抱き寄せられたままで舞台へと視線を向け、蘭もそのまま舞台に視線を向けた。


舞台に観覧者達の視線が一斉に集まると、舞台から1人の女子生徒、二宮 紗枝が舞台へと出てきた。

紗枝の姿を見た瞬間に、椿は目を奪われた。


先程、拗ねたように呟いた自分より可愛い子がそうそういないという言葉は別にハッタリなんかでは無く、かなり本気で思っている事で、これはナルシストだからという事だけでは無く、事実、客観的に見たとしても、椿並の可愛い子はそうそういないだろうという答えがよくあがった。


しかし、そんな椿が紗枝を見て、一番最初に思った事は、ただ一つ、「可愛い」だった。


椿がそんな事を思っている中、隣にいた蘭と結もかなり驚いた表情で、ただ呆然と舞台を見つめていた。


「嘘…………」


結は驚きの余り、声を漏らした。


しかし、それは美しい、可愛いと思ったから自然と出た言葉ではなく、舞台にあがった紗枝が、自分の知っている紗枝とは全く違ったものだったために出た言葉だった。

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