俺より可愛い奴なんていません。3-8


「ちょ、ちょっとッ! た、立花(たちばな)君ッ!?」


二宮 紗枝(にのみや さえ)はかなり焦った様子で、顔を真っ赤に染め、動揺した声を上げていた。


「悪い、我慢してくれ……」


立花 葵(たちばな あおい)は、困惑する紗枝に我慢するように頼み込みながら、先程から紗枝に対して行っている行動を続けた。


「わ、分かってるけどぉ……、ほ、ホントにこれ、恥ずかしいょぉ……」


紗枝は恥ずかしさと緊張で最後の方は、聞き取れるか聞き取れないかぐらいの小声で答えていた。


しかし、葵はやめなかった。


葵は、机と椅子が一緒となった場所に紗枝を座らせると、その隣に椅子を設置し、自分が真隣に座った。


その状況になると、葵は紗枝に顔をよく見せろと言い、紗枝はそれに答え、葵と見つめ合っていた。


数分も経たずして紗枝には限界が訪れ、葵から視線を逸らしてしまい、少し下を俯く紗枝を葵は依然として、真剣な眼差しで凝視していた。


「悪い、もうちょっと顔を上げてくれないか?」


これからメイクをするために、どんどん真剣になって紗枝の顔を見つめる葵に対して、紗枝は恥ずかしさの余りどんどんと葵から顔を逸らしていっていた。


そんな紗枝に葵は頼むようにして、そう伝えた。


今は、葵がメイクをさせて貰う立場でもあったため、いつものような女子に対する冷たい態度なんかは絶対に取らず、あくまで終始下手に出ていた。


「え、えぇ〜!!」


紗枝は本当に参っているのか、驚いた声を上げていた。


「頼む」


葵の真剣な表情と真摯な思いに紗枝は折れ、恥ずかしいさは消えなかったが、葵の願いに応じるようにした。


「ありがとう」


紗枝が意を決した様子で、表情を少し緊張と恥ずかしさで強ばらせながら、真っ赤な顔を葵に見せた。


そんな紗枝に葵は短くお礼を返すと、再び集中した。


(まさか、二宮を任されるなんて思ってもなかったな。二宮は普通にしていてと美人だ。

正直、粧飾しなくてもミスコンの上位を狙いかねない程に……)


葵は、紗枝の顔を見ながら色んなことを考えていた。


(イメージも湧きやすい、何を着せても多分二宮なら着こなせるし、恐らく何を着せても正解だ……)


(だからこそ、迷う……何が1番いいんだ……?)


色んなイメージを湧かせては、迷いばかりが出てきてまともに決めることが出来なかった。


葵は、今度は立ち上がり紗枝から離れ始め、遠くから座る紗枝を見つめ始めた。


全体を見て、想像をし始めた。


葵の得意分野は、自分が男という事もあり、女装をする際はあまり露出をしたく無かったため、露出が少なめなファッションだった。


夏場は仕方なく、薄着な服をチョイスしていたが、それでもあまり露出はさせなかった。


どれだけイメージを出しても迷いばかりが出てきてしまうが、それでも葵は、これだと思えるイメージが出てくるまで必死に色んなアイデアを出し続けるしか無かった。


「なぁ、二宮。二宮の普段の私服はどんな感じなんだ?」


葵は、更にイメージを膨らませるために、紗枝と会話をし始めた。


「え? えぇ〜と、どんな感じと言われてもなぁ……」


紗枝は急な質問に困った様子で、反応していた。


「些細なことでも構わない。綺麗系とか可愛い系とかだけでもいい」


葵に追求されると、紗枝は「う〜ん」と唸りながら、思い出すようにして考え始め、ポツポツと話し始めた。


「多分、可愛い系が多いかな……でも服は色んなのを着てるよ?

強いて言うならスカートの時が多いかな?」


「なるほどな…………」


紗枝は葵の質問に頑張って答えてくれ、それを聞いた葵は再び、難しい表情を浮かべながら、考え込んでいた。


そして、葵はそのまま『ミルジュ』が用意した衣装のカタログを手に取った。


このカタログは今回ミスコンのために、用意した衣装が写真で貼られて資料になっており、今朝の搬入したバンにこの衣装が用意されているという事だった。


カタログから衣装を選び、外の『ミルジュ』のスタッフがそれを配達するというシステムだった。


服もかなりの数があり、カタログも分厚く、本当に辞書並の厚さはあった。


そのため、教室に全ての衣装を持ってくるのは困難であり、この配達のシステムが取られていた。


葵はカタログと紗枝を交互に見比べては、ページをめくる行為を何度も繰り返した。


カタログの衣装は、様々でドレスのようなものから、ストリートファッションのような物、コスプレで着られるような衣装も存在した。


(やっぱり、こんだけあると最初にカタログ見るより、ある程度イメージをして、方向性を決めてからカタログを見た方がブレないよな……)


葵は、カタログの異常さに関心しながら、自分が取った行動が正しかった事を実感した。


これは、姉である蘭(らん)から教わったやり方だった。


イメージがある程度固まってから出ないと、カタログを見ても余計にブレるだけで、時間もかかる上に、出来も無難な物しか出来ないと蘭は過去に言っていた。


「え、えっとぉ……、それが今回用意された衣装の資料だよね?

凄い量だね……」


先程まで、会話をしていたが、葵がカタログを取ってからめっきり静かになってしまい、気まずくなったのか紗枝は葵に話しかけた。


「確かに、凄い量。このカタログだけでも『ミルジュ』の本気が分かる……」


「わ、私も見てもいいかな?」


紗枝は自分とカタログを見合わせて、衣装を葵が選んでいたため、断られると感じながらも、葵に恐る恐る頼んでみた。


「え? まぁ、大丈夫だけど……」


葵はそんな事を言われるとは思ってもなかったため、驚いた表情で紗枝を見つめつつも、断る理由は特に見当たらなかったため、それを承諾した。


「ほ、ホントにッ!? ありがとッ!」


不安そうに訪ねてきていた紗枝の表情は、パァっと明るくなり、嬉しそうに葵の隣に駆け寄ってきた。


最初は、立ちながら2人でカタログを見ていたが、葵もこれでは紗枝が見ずらいと思い、机に置き、2人で見下ろすようにして見る形を取った。


「ホントに凄いね……これは迷う」


カタログを見ながら、紗枝は感心しながらもそう呟いた。


「なんか、意見があればどんどん言って欲しい。あんだけ自信満々に任せてくれって宣言しておいて、情けない話なんだけどな……」


「い、いやぁッ! そんな事ないよ!!」


葵はやはり大変なのか、かなり思い詰めた様子で紗枝を頼るようにそう言ったが、紗枝はカタログを見てその大変さの片鱗が見え、スグに葵の意見を否定した。


「これは大変だよ……、いつもやってるのであれば苦では無いのかもしれないけど…………素人だもん……」


紗枝もこの膨大な量の衣装の中から、選ぶ事は出来ないと感じ、葵に少し同情しながら、そう答えた。


「一通り試すか……今、サラッと流して見てみて、何点か試してみたいのがあるんだ。

本来ならここであらかた決まるんだろうけど、俺は現物を見てからじゃないと、どうも方向性が見えてこない。

何度も着替える事になるが、いいか?」


「うん。もちろん協力するよ!」


葵の問いかけにも、紗枝は素直に答えてくれ、葵はこんな無茶な状況だというのに文句も言わずに付き合ってくれる紗枝に感謝した。


「悪い、ありがとうな」


葵のお礼の言葉に紗枝は一瞬驚いた表情を浮かべ後、照れ臭そうにしながらも微笑んでいた。


◇ ◇ ◇ ◇


ミスコンの準備はかなり激しいものだった。


スタッフは絶えず動き回り、パートナーを組んだスタイリスト達は、自分の担当する生徒と会話をしつつ、化粧を仕上げていっていた。


ミスコンの参加者は葵を含め、全部で18人、それに対して、『ミルジュ』のスタイリストは7人だった。


ノルマとして、1人が2人をかまったとしても、4人があまり、誰かが3人担当するなどしなければならなかった。


葵が減り、紗枝を葵が面倒を見ることにより、4だった端数が2に変わり、少し仕事量は減ったものの、それでもミスコンに間に合わせるにはかなり厳しいものがあった。


スケジュールはキツキツで、『ミルジュ』のスタイリスト達は急いではいたが、焦ることはなかった。


生徒達と会話を交わしながらも、手際は恐ろしほど早く、どんどんと仕上げていっていた。


「はい。美雪ちゃんはこれで終了! ありがとね? メイク中もいろいろ話せて楽しかったよ!」


スタイリストと桜木高校の女生徒達がペアになり、様々組み合わせがいる中で、立花 蘭(たちばな らん)は自分と組んでここまで言うことを聞いてくれた橋本 美雪に笑顔でそう伝えた。


蘭は美雪と話すうちにどんどんと打ち解けあっていき、最後の方にもなると、蘭は美雪の事を下の名前で呼ぶほど親しくなっていた。


「い、いえ! 私の方こそこんなに可愛くしてもらって……こんな事しか言えないですけど、ホントに私じゃないみたいです…………」


美雪は未だに信じられないといった様子で、鏡に映る自分を見ながら、プロのスタイリストの凄さに驚いていた。


「いやいやぁ〜、美雪ちゃんの元が物凄く良いからだよ〜。美雪ちゃんをやっててホントに楽しかったもん!!」


謙虚にお礼を述べている美雪に蘭は、2人の時間を心の底から楽しめ、満面の笑みで美雪にそう答えた。


蘭の清々しい程の笑顔を見せつけられ、美雪は蘭の言葉が本心なのだろうと分かり、嬉しくなり、力強く首を縦に振って、美雪も笑顔で答えた。


美雪はそうして、次は選んでもらった衣装を試着しに行くため、立ち上がろうとし、そこであることを思い出した。


「あ、あの〜、蘭さん……さっきの弟さんのお話は、本人には〜…………」


美雪も蘭と会話を交わす際、最初は「立花さん」と呼んでいたが、それでは葵と混同してしまうと言われ、途中から「蘭さん」と呼ぶようになっていた。


美雪は気まずそうに、言いづらい事を蘭にほんのりと伝わるように話し、蘭は最初、美雪の言いたいことがピンと来ていないようなそんな表情で不思議そうに美雪を見つめていた。


しかし、スグに察したのか、笑顔で親指を受けに向け立て、グッドポーズを取った。


「おっけー!! 大丈夫! 葵にはなんも言わないよ〜。 こっちも葵の恥ずかしさ満点の話聞けたしね〜。女の子同士の秘密だねッ!」


美雪はその美しい容姿で、子供のようにニカッと笑いながら美雪に答えた。


蘭のその笑顔を見た美雪は、最後に一言「それでは」と言いながらお辞儀をすると、その場から離れ、衣装合わせをしている所へと向かっていった。


「うんうん! 美雪ちゃん……いいねぇ〜!! この仕事やってて良かった〜!!」


蘭は美雪の後ろ姿を見ながら、小さくガッツポーズをしながら、自分が望んでいた可愛い女子高校の化粧をするという当初の目的が果たせた事に喜んでいた。


(あんだけ可愛い子と知り合いなんて、葵もホントに恵まれてるわね〜……。

それなのに、まるでそうゆう事に興味無いみたいな態度とって、絶対損してるよ〜…………)


蘭は自分なら毎日天国だと感じるほどの境遇にいながら、冷めた態度の葵の行動が理解出来ず、内心呟いていた。


蘭がこのミスコンを引き受けた理由は、スタイリストとして花のJKをおめかし出来るという点だけだった。


それほどまでに、蘭は可愛い子には目がなく、興味津々だった。


しばらく余韻に浸るようにして、ホクホクした様子で、美雪をメイクした時に使った机の上を整理していると蘭は不意に後ろから声かけられた。


「蘭。ちょっといい?」


冷たく大人っぽい、その声に導かれるようにして、蘭が振り向くとそこには、今回のミスコンで『ミルジュ』こ監督を務めている安藤(あんどう)の姿があった。

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