俺より可愛い奴なんていません。3-9


立花 蘭(たちばな らん)が、1人目の橋本 美雪(はしもと みゆき)の化粧を終えると、それを見計らったかのように安藤(あんどう)が蘭に話かけてきた。


「あ、安藤さん! どうなさったんですか?」


蘭は、急な安藤の呼びかけに、少し驚きつつも、要件を尋ねた。


安藤は、スタイリスト達を束ねるような現在は立ち位置で、今回の桜祭(おうさい)のミスコンでも、現場の『ミルジュ』のスタイリスト達を監督者として、束ねていた。


彼女は今は直接誰かのスタイリストとして、仕事をするという事はめっきり無くなっていたが、現役時代はかなりのやり手で、彼女を慕う者は多く、彼女の現役時代の仕事ぶりを一度見れば、忘れられないという噂すらもあった。


蘭もその1人で、初めて現場に出た際、まだ現役だった安藤の仕事ぶりを見ていたため、その凄まじさは身をもって知っていた。


安藤が前に来ると、どちらかと言うと鈍感な蘭でさえ、緊張を感じていた。


「いえ、ちょっと蘭に聞きたいことがあってね? 相変わらず1人目も素早いく終えていたから、時間もあると思って話しかけたの」


「い、いや、私はそんな速くないですよ…………」


蘭は自分の尊敬する安藤に褒められた気がして、嬉しくなり、少し気持ちが浮つきながらも、謙遜して答えた。


「いえ、速いわよ……。褒めてるんだから素直に喜びなさい」


「は、はい。 ありがとうございます」


安藤は諭すような口調で話し、蘭も安藤の言う通り素直を首を縦に振り、彼女のことばに答えた。


「それよりも、どうしてあんな事をしたの?」


安藤は不思議そうに蘭に訪ねた。


抽象的なその質問だったが、蘭は安藤が聞きたがっている内容がスグに理解出来た。


「弟の話ですよね?

そうですね……あのようにした方が、何となくいい気がしたと言いますかね…………。

正直、私もなんで葵を巻き込んだのか明確な理由は無かったりするんですよね。ただ、そうした方が面白いかな?って……」


蘭はそれらしい理由を考えてみたが結局大した理由は出てこず、初期衝動からずっとあった、こうした方が面白いという理由しか見当たらなかった。


蘭は話している途中で、確実に安藤に怒られるなと察しながらも、妙な理由を付けるのも、嘘を尊敬する彼女につくのも嫌だったため、素直に答えた。


「アナタねぇ…………、自分でも言ってたと思うけど、ここまでしている以上これは『ミルジュ』の、プロのイベントなのよ?」


安藤は分かりきってるであろう事だったが、あまりにも軽率な行動だった蘭には言わずにはいれなかった。


しかし、安藤の言葉を聞いてもなお蘭の表情は不安を一切感じさせず、真剣な眼差しで安藤を真っ直ぐに見つめており、その様子はまさしく自信満々といったような様子だった。


そんな蘭の様子に安藤は、一瞬たじろぎながらも、今度は確認するように続けて訪ねた。


「彼に任せても、大丈夫なの?」


「はい! きっと何とかしますよ! 葵なら……」


安藤の問いかけに蘭は、まるで自分の事のように自信満々でハッキリと言い切った。


普通なら、素人である葵に任せても、メイクや衣装合わせに圧倒的不安が出てくる状況であったが、蘭のあまりにも自信たっぷりな、その返事に安藤は少し乗せられ、信じでもいいようなそんな気もしてきていた。


それに、安藤はこの自信満々の蘭を何度か見ていたため知っていた。

この表情の時の蘭は、いつだって期待に応えてきていた。


蘭の腕をある程度認めていた事も相まってか、安藤はこれ以上この件に対して意見をするのはやめようと決めた。


「まぁ、蘭がそこまで言うならもう何も言わないわ……」


「ありがとうございますッ、それと、すいません!本当に勝手に……」


安藤の少し呆れが混じったような答えに、蘭はニコッと笑いながらお礼を述べた後、今度は申し訳なさそうにしながら、謝罪した。


「ホントよ……、監督なのに聞いてないわよ」


コロコロと目の前で表情を変える蘭にクスッと笑いながら安藤は答えた。


本来なら大問題であろうこの問題も、安藤にとっては取るに足らないのか、安藤の偉大さと器の大きさを蘭は改めて感じた。


「それより、彼……弟さんはどんな感じに仕上げてくるかしらね」


安藤は楽しそうにそう呟くと、安藤がそんな事を言われるとは思ってもいなかった蘭は、驚いた表情で安藤を凝視した。


安藤は、現役時代は特に堅い性格で、先程急遽決まったような事案を認めるような性格ではなかった。


監督に上がってくると、だんだんと丸くなっていき、ある程度の事は容認するようにはなってきていたが、完全なるトラブルなのに、特に心配するような様子は無く、楽しそうにしている安藤は珍しかった。


「え、あ、いやぁ、どう仕上げますかね……? 正直、姉である私も予想出来ないんですよね。」


「そうなの? なら尚更どうなるか楽しみねッ」


恐る恐る答える蘭に安藤は更に楽しそうにしながら、遂には「楽しみ」とまで口に出していた。


蘭はそんな安藤を不思議そうに見つめながら内心、「自分の出番であっても、そんな事言われたこと無いのに」と憧れの人である安藤から楽しみにされている葵に少し嫉妬した。


安藤は、蘭の不思議そうに自分を見つめてくる姿を見て、蘭の言いたいことがなんとなく分かっていた。


「珍しい? イベント事でトラブルとか予想外な事が起きる事が嫌いな私が楽しみにしてるの」


「いッ……やぁ〜、まぁ、見たことは無いですね」


安藤の問いかけに蘭は一瞬ドキッとしたように反応しながらも、素直に自分の考えを伝えた。


「でしょうね。私が現役だったらふざけんな〜ってなってるだろうし。

でもね、監督という立場になってからはね?

こういうのも別に悪くないかなって思い始めて、まぁ、ただ単に自分が現役じゃ無くなったからなんだけどね?

苦労するの私じゃないし……」


安藤はニコニコと微笑みながら蘭にそう答えた。


蘭はそう答える安藤に何処か少し寂しさを感じつつも、私的過ぎる理由に少し呆れた。


それでも、恐らく本当にとんでもないトラブルであれば、安藤も放って置くことは無いし、これぐらいのトラブルならと、任せれているようなそんな気も同時に感じていた。


蘭は葵との1件を許してくれて、見逃してくれたと安堵しているとそれが分かっているかのように、続けて安藤は話し始めた。


「でも、何かしらのペナルティは必要よね〜」


「え…………?」


安藤の言葉に蘭はヒヤリとさせられ、思わず声も漏れていた。


「だって、これが原因で1人の女の子が悲惨な結果になってしまうかもしれないじゃない?

そんなのスタイリストとして失格だし、三部屋を使わなくても、7人で17人の面倒を見ることは簡単よね?

スタイリスト一人一人の面倒を見る人数を減らすために、イベントを潰したら元も子もないでしょ?」


「そ、それは…………」


安藤の言葉に、蘭は必死にか細い声を上げなら反論しようとしたが、言い訳のしようがない程に理詰めで話す安藤に返す言葉が見当たらず、安藤はそんな蘭に畳み掛けるように話し続けた。


「確かに、スタイリスト1人にかかる負担は減ったかもしれないわね。それによって余裕も少しできるし、より良い結果を残せる事にも繋がるわ。

アナタはなんで弟君に頼んだか分からないって言っていたけど、恐らく直感でその方が良いと判断したはずよ。

リーダーとして周りもよく見えてた判断だと思うわ」


安藤のここまでの言葉で、ここまでの評価を受けていて何故、自分が無意識に取った行動を攻めているような口調で話しているのかが分からなかった。


しかし、そんな蘭の考えも次の瞬間、スグに消え失せた。


「でも、このイベントで私たちは1人、いや2人、面倒を見れなかった。

どんなに好都合な、効率的な判断を下したのだとしても、これだけは無視出来ないわ」


安藤の言葉は蘭の胸に深々と突き刺さった。


安藤の高いプロ意識から来る言葉と、それを聞いた蘭は今まで、弟がどんな風に託した彼女(二宮 紗枝(にのみや さえ))を仕上げるのか、それだけが楽しみであったが、それとは別に、物凄く悔しい思いが浮き上がってきていた。


「蘭、アナタの腕はよく知っているし、信頼しているわ。

そんなアナタがあそこまで勧めるんだもの、不安は感じていないわ。

むしろ最初に言ったように、アナタが1から教えた弟の仕上がりを楽しみにしてる……。

こうなってくれて良かったとすら思うわ。でも、1人のスタイリストとして評価した時、素直に褒められるものではないわよ」


安藤は説教っぽくなく、あくまで諭すように蘭に伝え終えた。


安藤の言いたいこと、伝えたい事は上手く伝わったのか、安藤の目の前に経つ1人のプロのスタイリストからフツフツと情熱のようなものが、湧き上がってきているのがよく分かった。


「今回、上位4人までは表彰みたいよ?

素人との力差、見せた方がいいんじゃない??」


安藤はトドメと言わんばかりに、蘭を焚きつけるように話すと、安藤の言葉を聞いている最中から何かを考え込むように少し俯いていた蘭が、バァッと勢いよく顔を上げた。


蘭の顔は真剣な表情で、いかにもやる気に満ち溢れているような、そんな雰囲気すらも漂わせていた。


安藤の思惑通りだった

実は、蘭の腕には波があった。


基本的には上手く仕上げるが、やはり気持ちが乗っている時と、出来上がりの差は全くちがった。


「安藤さん。私、余裕無くなったので、これで失礼します」


蘭の声は冷たく、鋭く、先程の少し抜けたような、のほほんとした雰囲気は微塵も感じられなかった。


「頑張りなさい」


安藤は今の蘭にもうこれ以上何も伝えることは無かった。


「すいません。ありがとうございます」


蘭はそう言ってお礼を告げると、安藤に一礼すると振り返った。


そして、大きく息を吸った後、教室の隅まで届くような声を上げた。


「美雪ちゃ〜ん! ごめ〜ん。 もう1回確認させて!!」


蘭の声色は普段のそれに戻っており、いつもの優しい口調で美雪に手を振りながら、美雪を呼んだ。


先程、終了だと言われて美雪はキョトンとした表情で、蘭を見つめていたが、特に拒むような理由もなく、スグに蘭の元へと駆け寄っていた。


「ふぅ〜……さてっと……これで面白いものが2つも見れるわね。

『ミルジュ』の宣伝として使う写真も凄いものが取れそうだし……、私的にも仕事的にも万々歳ね」


声色は普段のソレだが、確かに感じる蘭の熱意を彼女の背中から感じつつ、安藤は安心したようにため息を付いたあと、言葉を漏らした。


「はぁ〜、監督ってホントに楽しッ!!」


安藤は大きく伸びをし、今度は違うスタイリストの元へと向かっていった。

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