俺より可愛い奴なんていません。3-7
(引き受けたはいいものの……最悪だ…………なんでこんな事になった……)
立花 葵(たちばな あおい)は、1つの空き教室で項垂れていた。
(全部、順調だっただろ……? 大体、姉貴は何考えてんだよ…………)
葵はつい先程起こった出来事が上手く飲み込めず、ずっとその事について思考を巡らしていた。
「あ、あの……大丈夫? 立花君……」
葵がそんな事を考えていると同じ部屋にいる女性から声をかけられた。
声をかけたのは、二宮 紗枝(にのみや さえ)だった。
部屋に入るなり項垂たり、顔を上げたと思ったら終始難しい顔をしている葵を心配そうに見つめながら、紗枝は話しかけてきていた。
「ん、あ、あぁ、大丈夫。悪いな、二宮も巻き込んで」
葵はずっと1人で考え込んでいたためか、紗枝の存在を放って置いてしまっており、その事に気づいた葵は巻き込まれたかたちになっていた紗枝に謝罪した。
「い、いや、私は大丈夫ですよ!? で、でもど、どうしましょう……」
葵が気遣うように紗枝を扱うと、紗枝は勢いよく反応し、その後スグに不安そうな表情に戻り、呟くようにそう言った。
紗枝の言葉に葵は、姉が何を考えてあんな事を言い出したのかを考えるのをやめ、この状況をなんとかするため、ひとまず部屋を見渡した。
部屋には、他のミスコンの準備をする部屋と同じように、既存の学校にある机と椅子は教室の隅に纏められ、大きなスペースが出来ていた。
大きなスペースだったが、1つの大きな全身を映す鏡と、椅子と机がポツリと置いてあり、机の上にはズラリと化粧品が並んでいた。
この辺は先程見た、『ミルジュ』が用意した部屋と少し違っていた。
この明らかにおひとり様専用の化粧部屋に葵は疑問に思ったが、今はそれどころではないとスグに変な事を考えるのをやめ、部屋の観察に集中した。
「よし……、とりあえず物はあるな……」
葵は難しい表情でそう呟くと、教室の隅へと向かって歩き出した。
隅に集められていた既存の学校の椅子を葵は取ると、用意された机と椅子の隣にセットした。
そして、教室を出入りする扉の前で不安そうに葵を見つめる紗枝へと向き直った。
「二宮。俺で本当に悪いと思うが今は時間が無い。
全力でやるッ……任せてくれないか?」
「え、え……?」
葵は部屋を観察している時には既に腹を括っていたが、この問題は紗枝と二人三脚で解決しなければならない事は分かりきっており、紗枝の協力を得る為に、真剣な表情で気持ちを伝えた。
紗枝は、先程急遽決定した案件を本当に葵がやるのかと思い、完全に戸惑っていた。
そのまま少しの間、キョドっていたが、葵の真剣な表情が依然として変わらない事に気付き、紗枝は大きな不安を感じながらも葵に託すしかない事を察し始めてきた。
「ほ、ホントにやるんだよね? 立花君、出来るの?」
「人のをやったのは初めてじゃないから出来るとは思う。
確認するようだけど、二宮が嫌なら断ってもらっても構わない。
こればっかりはしょうがない」
紗枝の拭いきれない不安に、葵は真摯に向き合って答え、それでも拒絶された時には自分のミスコンの出場を諦め、『ミルジュ』の人達に頼み込む事まで考えていた。
葵の言葉を聞き、紗枝は考えるようにして少しの間黙った。
そして、考えが纏まったのか顔を上げ、葵を見つめ、ゆっくりと話し始めた。
「わ、分かった。立花君にお願いする」
葵の真剣な表情と声のトーンに、紗枝も遂に腹を括り、葵のメイクと葵の決めた衣装でミスコンに出場する事を決めた。
「はぁ〜……良かった…………それじゃあ、早速取り掛かろう」
葵はようやく安堵する事ができ、大きくため息を付き、肩を下ろした。
そのまま、時間も無かったため、葵が提案すると紗枝は葵の方へと歩み出した。
◇ ◇ ◇ ◇
時間は少し遡り、ミスコンの準備中。
立花 蘭(たちばな らん)の一言によって、教室の1部は静まり返っていた。
既に、『ミルジュ』のスタイリストとミスコンの参加者の生徒でペアになっている人達は、2人の世界観へと入り込み、ベラベラと話し合いながら出場のための準備をしていた。
それとは別に、まだペアになっていない『ミルジュ』のスタイリストとミスコンの参加者の生徒、そして、準備の邪魔となるため教室を出ていこうとした葵を含めた生徒会メンバーは完全に固まっていた。
『ミルジュ』のスタイリストは、スグにでもイメージを固め、作業に取り掛からなければならない状況だったが、自分の思考を止め、驚いた様子で葵と蘭のやり取りに注目していた。
生徒達も勿論、生徒会メンバーと共に驚いた表情で蘭と葵のやり取りをただ呆然と見つめていた。
そんな止まったように静かな時間を動かすようにして、葵が話し始めた。
「は、はぁッ!? 意味が分からない」
葵は完全に動揺している様子で、蘭に向かって答えた。
葵の意見は至極真っ当な意見で、葵だけでなく、蘭の発言を聞いた全ての人間が同じことを思っていた。
「だから、化粧部屋を1つ貸す代わりに葵が1人、参加者の面倒をみなさいって事」
蘭は先程よりは少し具体的にしながらも、同じ言葉を再び葵にぶつけた。
正直、葵は蘭が何を言っているのか分かっていた。
面倒をみなさいとは、ミスコンに参加する生徒達の1人の化粧や衣装決めを葵が行い、本来『ミルジュ』のスタイリストが行うことと同じ事をしろという事だった。
それに付け加え、蘭は先程、プロの舞台、『ミルジュ』の舞台というものにこだわっている節が見受けられていた。
恐らく、ただ仕上げたようなそんな生半可な完成度では、絶対に許されないということは、考えるまでもなかった。
「俺は素人だぞ?
姉貴が望んでいるプロの仕事みたいな事は出来ない。
周りが凄ければ凄い程、悪目立ちして、最悪イベントを台無しにしかねない」
葵は女装を自分でこなすぶん、技術はあり自分の腕には自信はあった、それに葵の技術のほとんどが姉である蘭から教わった技術だった。
だか、それでも葵の腕は素人の域を出ない、運良く技術以上のものが今回は出来たとしても、プロには絶対に適わない、葵はそれがよく分かっていた。
「じゃあ、出場を諦める?」
蘭は表情を一つ変えずに葵に冷たく問いかける。
蘭のその言葉に葵は、一気に惑わされた。
どう頑張ったって、葵の技術では『ミルジュ』の人達が全身全霊を持って仕上げる中でやっていけない事は分かっていた、だが、葵はミスコンという舞台で美雪に勝つためだけに、ここまで頑張ってきた、そう簡単には諦められなかった。
そして、とうとう葵は1人で結論が出せなかった。
「なぁ、姉貴……俺に出来ると思うか……?」
葵はこんな聞き方したくは無かったが、圧倒的不安の中、どうしても答えが欲しかった。
葵がそう言葉を放つと、蘭はゆっくりと口を開け答えようとした、その時だった。
「大丈夫です! 立花さんなら出来ますよ!!」
蘭が言葉を放つ前に、ミスコンの参加者達が集まる方から、明るい女性の声が葵に向かって放たれた。
突然の出来事に葵は、声のした方へと視線を向け、蘭も反応するようにそちらに視線を向けた。
葵と蘭の一部始終を見ていた者達も次々とその声のした方へと、視線を向けると、そこには橋本 美雪(はしもと みゆき)の姿があった。
美雪は、言葉を放った最初は大勢の前で声を荒らげたためか、目を閉じ、少し顔が強ばっていたが、自分が注目され始めている事に気付き初めてからは、恥ずかしそうにしながら顔を赤く染めていた。
葵は自信満々で応援するようにしてから、自分がしでかした行動に恥ずかしそうにしている美雪を見て、自分が思い詰めている事がなんだか馬鹿らしいく思えてきた。
(アイツ……目立つの苦手な癖に、なんなんだよ…………。
でも、アイツは俺の女装を知ってんだよな……)
クスリと頬んだ後、彼女にはなんだかんだいつも大事なところで助けられているようなそうな気もした。
腹を括った表情で葵は再び蘭へと視線を戻した。
自分の実力を知る美雪からの言葉は、何よりも自信が持てた。
「分かった……やるよ、俺が……」
葵は先程の不安が嘘のように全て無くなり、清々しいような気持ちで言葉も自然と口から出てきていた。
葵の言葉を聞き、蘭はニヤリと頬んだ。
「よし、それでこそ我が弟よ!!
それじゃあ、葵には誰をやってもらおっかな〜」
蘭は明るく楽しげな声で、自分が誰を化粧するかよりも葵に誰を任せるかを考え始めた。
「いや、姉貴が決めんのかよ!」
「えぇ〜、アンタに私たちみたいに沢山の選択肢の中から上手くイメージ固められんの?
それとも何かな〜? やりたい女の子でも居るのかな〜??
そっちの理由ならお姉ちゃん考慮してもいいよ〜??」
葵は自分が決めるのかと思い込んでいたため、蘭に勝手に決められる事に驚き、反論した。
葵の反論に蘭は、プロなりの意見を葵に真面目な表情で突きつけた。
ニヤニヤとよく葵をからかう時に見せる笑みを浮かべながら、述べた後者の理窟はまだしも、前者の理窟には葵もぐうの音も出なかった。
蘭の言った通り、葵には他の『ミルジュ』のスタイリストのように、沢山の女性を視界に入れ、様々な選択肢から最適なものを選ぶよりも、誰か1人に搾って貰い、その人に合う最良のものを、イメージする方が楽だった。
「わ、分かった……姉貴に任せる…………」
葵は、今は蘭が言ったことに従い、渋い表情を浮かべながら、そう言って承諾した。
「よろしい。んじゃね〜……え〜と、どうしよっかな〜」
蘭はこれが最初からやりたかったんじゃないかと葵に思わせる程に楽しそうにしながら、葵の相手を選んでいた。
蘭の事だから、流石に葵に合わないような女性でなく、葵がいつもやっている女装のメイクや衣装合わせの技術の延長線上で、応用を上手く効かせて出来るような、そんな女性を選んでくれるとそう思っていた。
「うん。決めた、君にしよう!!」
蘭はスグに葵に合いそうな女性を見つけ出し、その女性の元へと歩いていった。
蘭が歩く方向を葵は見つめると、嫌な予感が走った。
蘭が向かっていった方向は、先程声を上げた美雪の方向だった。
そして、蘭は迷うことなく美雪のいる方向へと一直線で歩いていった。
「ごめんね、葵で心細いと思うけど、受けてくれるかな?」
蘭はそう言って申し訳なさそうにしながら、ある1人の女性の肩に手を置いた。
蘭の謝罪は当然だった、何よりもこの話、1番リスクのあるのは葵の腕で仕上げられる事になる女性だった。
素人に、それも歳もそこまで変わらない男性にされるのは、誰だって不安であり、嫌な女性は沢山いるはずだった。
「え、えッ!? わ、私ッ!?」
蘭に手を置かれた女性は、完全にキョドっており、動揺した様子で声を上げていた。
その女性は、橋本 美雪ではなく、その隣に立っていた二宮 紗枝だった。
葵は紗枝を見た瞬間に少しホッとしたような気持ちと何故か少し残念な感情が浮かんだ。
その感情を不審に思ったが、今はそれどころでなく、その感情に考えることは無かった。
「いいかな? 綺麗になれることは、『ミルジュ』のエースであり、リーダーである私が保証するから!」
蘭はそう言って、紗枝を説得した。
葵はその言葉に一瞬驚いたが、それよりも紗枝の反応が気になり、紗枝の事を凝視した。
「え、え〜と……、私は大丈夫です」
紗枝は少し考え込む様子で小さく唸った後、小声のまま少し不安を抱えたような様子で答えた。
紗枝の答えを聞いた瞬間に蘭の表情は、パァっと明るくなり、すかさず紗枝の両手を握った。
「ありがとうッ!! 気に入らないメイクしたら何回もやり直しさせていいからねッ!?
後、変な事されたらスグに警察呼んでいいからッ!!」
蘭は紗枝の手を握ったまま、満面の笑みを浮かべながら、紗枝に感謝した。
蘭の最後の言葉に葵は内心「洒落にならん事を言うなよ」と思ったが、それよりも紗枝の許可が取れたことが意外だった。
「よし! それじゃあ、葵!! 失敗したら許さないからね」
蘭は再び葵に向き直り、笑顔で念を押すように葵に伝えた。
ペアが出来た事に、蘭は自分の事のように喜んでいるのが葵は気がかったが、特に追求することなく、紗枝の方に視線を向けた。
紗枝は葵の視線に気づいたのか、目が合うと慌てて視線を逸らし、照れているのか少し頬が赤かった。
「これで一件落着……、私もとっととペア決めよ〜。
……と言ってももう決まってるんだけどね〜……」
蘭は紗枝と葵をほぼ無理やりペアで組ませ、これからが2人にとって波乱だったのだが、そんなものは知らないといった様子で楽しそうに独り言を呟いていた。
そして、蘭が続けた独り言に葵は再び、言葉を失った。
「ねぇ、アナタ! えっと橋本ちゃんだよね!?
さっきはナイス鼓舞だったよ〜。私にスタイリスト任せてくれないかな??」
葵は驚き、その光景をただ呆然と見ていた。
そして、この瞬間にミスコンの順位が決まった気がした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます