俺より可愛い奴なんていません。3-6
立花 葵(たちばな あおい)がつつかれた方向へと視線を向けるとそこには、橋本 美雪(はしもと みゆき)と二宮 紗枝(にのみや さえ)、加藤 綾(かとう あや)の姿があった。
綾は指をこちらに突き出していたため、葵の肩をつついたのは綾だという事は直ぐにわかった、しかし、葵はそれ以上に気になることがあった。
綾は葵の顔を見ながらニヤニヤとしており、美雪もニヤニヤとは少し違ったがやはりニッコリとこちらを見ており、紗枝も何処か葵に申し訳なさそうにしながらも、上目遣いで葵を見つめ、口元に手を添えていたが、口角が上がっていた事から笑っている事がわかった。
「な、なんだよ……」
葵は嫌な予感がしながらも、そちらに視線を移してしまった以上、無視するわけにはいかず、彼女達に話しかけた。
「プププッ……立花の姉ちゃん、凄い面白い!」
綾は笑いを堪えながら、葵の肩をバンバン叩きながらそういった。
葵はいてぇなと内心思ったが、やっぱりその話をされるかと、落胆する気持ちの方が大きく、綾に反抗はしなかった。
「何だか、立花さんはお姉さん相手だとあんな感じなんですね〜」
美雪も微笑ましいものを見たと言わんばかりの感想を述べていた。
「ふ、2人とも、そんな笑っちゃ…………」
紗枝は葵を庇おうと2人を注意していたが、確実に思い出し笑いしそうなのを必死に堪えている様子だった。
そんな状況に葵は、反論する事をもう諦めた。
「俺の姉はちょっと頭おかしいんだ。もう勘弁してくれ……」
葵はそう呟くように言うと、葵がそんな事を言うのが珍しく、再び笑いが再熱したのか、3人は笑っていた。
それから少しの間、笑っているとやっと治まり初めて来ていた。
「さんざん笑ってくれたな」
葵は彼女達3人が落ち着くまで、笑われるのを我慢し、やっと治まってきたところでようやく悪態をついた。
「いやぁ〜、あまりにも珍しくてね。お姉さんには頭上がらないんだね、立花」
「まぁ、ウチの稼ぎ頭だしな。尊敬はしてる」
綾は少し冗談っぽく言ったつもりだったが、葵は真面目に答え、てっきり「そんなわけないだろ」といつもの強気な感じで返されると3人は思っていたため、驚いていた。
「それよか、悪かったな。かなりの時間1日目は拘束されるから桜祭を回るのは午後からになる。その辺を考えずに誘って……」
葵は普段あまり口に出さないことを言って感覚が麻痺したのか、今この時は素直になれた。
ミスコンの1番の主役は、これから綺麗になる彼女達だったが、これはそもそも生徒会としての出し物で、何よりも彼女達には楽しんで貰わなければならなかった。
正直、朝からここまで出場のために拘束されていたら、ゲストなのかキャストなのか区別はつかなかった。
申し訳なさそうにする葵に、今度は美雪が声をかけた。
「立花さん、私達は確かに出るのを渋ってましたけど、今はちょっと楽しみですよ?
とゆうか、ちょっと前から楽しみでした。でなければ、生徒会と立花さんの間を取り持ったりしないです」
美雪は優しい声で、語りかけるように話、そんな事を言われると思っていなかった葵は驚いた表情で美雪を見つめた。
「そうだね。私も結果的に立花君がミスコンを引き受けてくれたから私なんかは当初の問題は無くなったし」
紗枝も笑顔で美雪の意見に賛同していた。
紗枝は本来、ミスコンにはあまり出たくなかったと言っており、何よりもミスコンのあの推薦ルールのせいで男子から無理に出てくれと迫られるのが嫌だと言っていた。
前者の願いは叶えてやれなかったが、後者の願いは葵がミスコンを引き受け、こんな推薦ルールは正直邪魔だと感じ、当初のチラシに書いてあった推薦ルールを撤廃した事で、問題そのものが無くなっていた。
「まぁ、立花のおかげで私も楽しみだよ。ミスコンに出るって伝えたら1日目のクラスでの仕事は免除されたしね〜。
午後からになったとしても3人で、充分桜祭を遊び倒せるしね〜」
綾も葵にミスコンが楽しみだと伝え、その後、紗枝や美雪に視線を移しながら同意を求めるように話していた。
紗枝と美雪も当初からその予定だったのか、ニコニコとしながらうんうんと首を縦に振り、頷いていた。
葵はこの瞬間に、何か大きな達成感を感じた。
ミスコンはまだ成功とは言えず、というよりもまだ始まってすらいなかったが、3人が笑って楽しみだと言ってくれた、それだけで何だか満足だった。
「それに、立花の面白い姉ちゃん見れたし」
「しつけぇよ」
綾が再び葵をからかうように話を蒸し返すと、葵は不機嫌そうに答えた。
「立花君、私達はこの後どうすればいいのかな?」
紗枝は不安そうに葵に尋ねた。
紗枝の質問は今ここにいる参加者全員が思っているであろう事で、葵にも現場の監督ややり方は全て『ミルジュ』に一任していたため、具体的に答える事は出来なかった。
それでも、白井(しらい)がここにいない以上、ミスコンを預かる身として何かしらの答えを提示しなければならなかった。
「この後は正直『ミルジュ』の人達、ここに集まってもらった業者の人達に一任しているから何とも言えないが、着替える教室はここも含めて、3つ用意してあるから、『ミルジュ』の人達の指示に従って、スタッフさんと行動する事になる。
他の部屋もここと同じようにセッティングはしてあるから、特に皆に何かをして貰ったりする事はない。
これから個人個人の、自分を担当してくれるスタッフが決まってくる。それが決まったらその人の指示に従ってくれ」
葵は自分で言っていながら何とも中身の無い指示だなと思いながらも、今分かっている事だけを伝えた。
ここの部屋は最後にセッティングする予定の部屋だった。
そのため、ここが終わっているということは他の2部屋もセッティングが終わっているという事だった。
「うん。それじゃあ、担当が決まるまではとりあえず、待ってればいいのね?」
「あぁ、頼む。具体的な指示じゃなくて悪いな。
でもあんまり心配しないでくれ、白井さんはかなり信頼出来る人だし、『ミルジュ』も会社を上げての仕事だから気合いも入ってる。
アンタらはゲストだ。お客様として堂々として貰えればいい」
紗枝の確認の質問に、葵は少しでも紗枝達の疑問や不安が軽くなるよう言葉を付け加え、そう答えた。
葵がそう答えると、ちょうど少し離れた所で集まって話し合いをしていた『ミルジュ』が話し合いを終えたのか、ぞろぞろとこちらに向かって歩いてきた。
『ミルジュ』が話し合いをしている間は、生徒達の間で雑談が繰り広げられ、ザワザワとざわたいていたが、『ミルジュ』のスタッフがこちらに近づいてくるのに気づくと、話し声は徐々に小さくなっていった。
そして、『ミルジュ』の人達はある程度近づくと足を止め、立ち止まり、生徒達と『ミルジュ』の人達を1つの線で区切るようにして対面で向き合った。
『ミルジュ』の人等の誰も笑っていない真剣な表情に、生徒達に緊張が走った。
少しの間、緊迫した食う気が流れたが、スグにその空気は1人の女性の声によって、かき消された。
「おはようございます、ミスコンに出るみなさん。それと、生徒会の皆さん」
声を上げた女性は、先程教室に入ってきた、見た目が20代後半くらいの綺麗なお姉さんだった。
透き通る綺麗な声で、優しく生徒達に語りかけた。
葵はその声に少しビックリした。
部屋に入ってきた瞬間に、空気をピリつかせ、あののほほんとした姉が真剣な表情で号令をかけたため、もっと怖くて堅い人なのだと思っていたため、その優しそうなギャップは意外だった。
「まずは、ミスコンに参加してくれてる皆さん、ありがとうごさいます。皆さんあってのイベントです、私達『ミルジュ』も誠心誠意、尽くさせて頂います。
それと、生徒会の皆様、今この場には全員揃っていないのですが、この場を借りて感謝の言葉を述べさせて頂きます。ありがとうごさいます。
生徒会の皆様のお力添えありきのイベントです、本当にありがとうごさいます。」
今この場で1番偉い『ミルジュ』の社員さんなのか、『ミルジュ』を代表するように、丁寧に感謝の言葉を述べた。
丁寧に、参加者である生徒と生徒会メンバーに分けて、2度も頭を下げた。
その行動だけで、この人の人となりが分かるようなそんな気がした。
「自己紹介がまだでしたね。私は安藤 静香(あんどう しずか)。
簡単に言うとここにいるスタイリスト達の監督みたいなものです」
安藤はゆったりとした口調で依然として優しい声で、分かりやすく自分のことを説明した。
「まず、皆さんにはこれからスタイリストさん達が一人一人にメイクをしていきます。
メイクが終わり次第、その人にあった衣装をスタッフが選び、それに着替えてもらい、ミスコンへと出てもらいます。
皆さんからして貰う事は特にございません。
スタッフが的確に指示を出しますので、それに従っていただきたいと思います。
この部屋で着替えも行いますが、これからは男子禁制となりますのでそこも安心してください」
安藤は伝えたい事を全て、生徒達に伝え終わったのか、今度はゆっくりと振り返り、スタッフの方を向いた。
そして、先程とは違った口調で、声色も先程の少しフワフワとした優しい声色ではなく、キリッとした緊張感を感じさせるような声色で話し始めた。
「それじゃあ、時間が無いから、手短にいくわよ。
1人4人はノルマ、結果発表もあるからそれの1位を目指すような気持ちで仕上げなさい。
勿論、出来の悪かった者にはそれなりペナルティもあるからそのように。
それじゃあ、イメージ固まった子からどんどん取り掛かりなさいッ」
安藤はそう言捨てると一気に空気がザワっと動き始めた。
スタイリストは難しい表情で、参加者の生徒達一人一人をしっかりと凝視した。
そんな空気になって間もなくだった、1人の女性が声をあげた。
「うん。決まった!
…………貴方は私が担当するわ!」
声をあげたのは先程、蘭と葵に絡んできた金髪の女性、美希(みき)だった。
美希はいきなり声を上げたと思ったら、ずんずんとある1人の女子生徒に近づいていき、1人の女性の手を取り、告白するように言葉を発した。
「え? え? あたし??」
手を取られた生徒はかなり困惑した様子で、辺りをキョロキョロと見ながら、声をあげた。
手を取られた女子生徒はあの葵とミスコンを開催する前に、教室でバドった佐々木 美穂(ささき みほ)だった。
佐々木は困惑した状況だったが、美希に手を引かれると、そのまま素直に美希の後についていった。
葵はそんな光景を見て、(ギャルがギャルに連れてかれた……)などとくだらない事を考えていた。
しかし、美希が1人決めると今度は一斉にスタッフが動き出した。
その光景は凄まじく、葵のそんなくだらない考えはスグに吹き飛んだ。
現場の緊迫した空気を感じ取り、これから女子生徒達が一人づつミスコンに向けて化粧をされていくのだと察すると、この部屋は男子禁制になる事を思い出した。
現場のプロの仕事を見たい心はあったが、ひとまずその気持ちは捨て、教室から出ていくことを決めた。
「それじゃあな、そろそろ俺は退散する。後は、頑張れよ?」
葵はそういって、隣にいた美雪達に別れを告げ、美雪達が真剣な表情で頷き、答えるのを確認すると、教室を出ていこうとした。
葵に続くように、部屋に入っていた生徒会メンバーは次々と教室を出る扉へと向かっていき、葵が教室を出ようと扉に手をかけたその時だった。
「ちょっと、葵ぃ〜……どこいくの〜??」
聞き覚えのあり過ぎる声が、葵を引き留めるように後ろから聞こえてきた。
葵は本格的に動き出してきた中で、まだ悪ふざけするのかと一瞬そんな考えが過ぎったが、恐らく呼び止めたのは自分の姉だろうと考えながら振り返った。
案の定、そこには葵の事を見つめる蘭の姿があった。
だが、蘭の表情は真面目な表情で、いつもふざける時に浮かべるニヤついた表情ではなかった。
「なんですか?」
葵は姉と現状では2人切りではなかったなく、他の人達の前でもあったため、わざと敬語を使い、よそよそしく尋ねた。
葵と蘭はザワつく教室の中でもそれなりに注目されており、この部屋を出ようとしていた生徒会メンバーはもちろん、まだ担当が決まっていなかった参加者も葵と蘭に注目していた。
その中に、先程話していた美雪と紗枝、綾も含まれており、不思議な表情でその光景を見つめていた。
こともあろうに、『ミルジュ』のスタッフも数人見つめており、監督をしている安藤ですら注目していた。
「なんで葵まで出ていこうとしてんの?」
蘭は「心底なんで?」といったような表情で、葵を見つめながら、まるで真面目な、至極真っ当な質問しているように振る舞いながら葵に尋ねた。
「は??」
葵は口を開け、間抜けな表情をしながら蘭を見つめ、声を漏らした。
葵の反応は当然の事で、恐らくその光景を見ていたほとんどの生徒が葵と同じ感想を持っていた。
「だって、あんたミスコン出るんでしょ〜? 部屋どうすんのよ」
蘭は真面目な様子で葵に訪ね、葵はようやく蘭の意図が掴め、そういう事かと納得し、答え始めた。
「別に、俺は道具は持ってきてるし、最悪鏡があればトイレでも問題ないけど……」
葵は女子が着替える部屋で自分もミスコンに出るために化粧や衣装に着替える事をさせて貰おうとは端から考えておらず、ましてや、自分のためだけに化粧部屋を1つ借りようなどとも、思いつきもしないほど考えていなかった。
「そんな、トイレとかでテキトーにやった状況で私らプロのやってる舞台に立とうとしてんの?」
蘭の言葉は少し冷たいような感じを漂わせ、葵は何か責められているような、怒られているようなそんな気すらした。
蘭の言ったことは確かにそうだった。
ミスコンはあくまでも生徒会の出し物として開催されているが、『ミルジュ』は会社を上げて、このイベントを支援しているため、もはやこのイベントは生徒会だけのものでは無かった。
『ミルジュ』も本気なのだ。
葵はそれを今になって実感した、それと同時に頭の中に辞退という2文字が過ぎった。
しかし、スグにその考えは捨てた。
当初から葵の目的は、圧倒的な自分の美しさを見せつけ、周りに有無を言わさず、そして、美雪にミスコンという舞台を持って、美しさで勝つ事が大前提としてあった。
そのため、例え姉に説教されようが引くわけにはいかなかった。
「参加を1番最後に回してくれるように頼んで、女子が終わり次第、部屋を1つ貸してもらう」
葵は、タダでさえ時間はパツパツで、もしかしたら押してしまうかもしれないと言うことを分かっていながらもその案を提案した。
蘭にそんな事を言われるとは思ってもみなかったため、葵は額に少し冷や汗を描きながら答えた。
「だめ、こっちもプロとして時間いっぱいまで使って、最後まで納得のいくよう1人ずつ仕上げるつもり、そんな事させなれない」
今日の蘭はいつになく厳しかった。
いつものほほんとしてぐーたらするイメージが先行していたが、たまにこういった事があるため、葵は姉をいい意味で侮れなかった。
「分かった、ならどうしたら貸してくれる?」
葵は緊張した面持ちで蘭に尋ねると、蘭はニヤリと微笑み、葵に言い放った。
「アンタも1人、面倒みなさい」
蘭がそう言った瞬間に、その場は時間が止まったように固まった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます