俺より可愛い奴なんていません。3-5


立花 葵(たちばな あおい)と立花 蘭(たちばな らん)は、教室に着くなり、若い女性に話しかけられていた。


彼女は、身長が比較的低い方な葵と同じくらいの身長で、話しかけてきた様子から少し気の弱そうな印象があったが、その印象を吹き飛ばす程に、服装がオシャレな人だった。


葵は心の中で流石はプロのスタイリストとだと素直に感心した。


「ん? どしたの結(ゆい)ちゃん」


蘭は心配するように話しかけたが、蘭に結と呼ばれた彼女は「何を呑気な」といった様子で話し始めた。


「どしたの結ちゃんじゃないですよ〜、時間無いんですから蘭さん現場にいて指示してくれないと動けないじゃないですか〜」


結は泣き言をいうように蘭にそう告げた。


葵の目からは教室に入ってから明らかによく動けていると感心したぐらいだったが、やはりプロからしたらこれは当たり前の事なのだと自覚させられた。


葵が自分の浅はかさを悔やんでいると隣で蘭が思わぬ一言を答えた。


「えぇ〜? よく動けてたじゃない」


蘭の一言に葵はギョッとした表情で蘭へと視線を移し、ホントにこの姉貴は「大丈夫か?」と心配になった。


後輩がこれほど焦っているのにこの呑気っぷり、もういよいよ姉が図太いのかズボラなのかよく分からなくなってきていた。


「大変だったんですよ〜! ほら、ちょっとこっち来てください!!」


結はそういって、蘭の手を握り、引っ張った。


「あ、ちょッ、姉貴! これどうすりゃいい?」


葵はこのままでは蘭が連れていかれ、荷物の置き場に困ると思い、慌てて蘭に尋ねた。


「え? あぁ、あの辺にテキトーに置いといて!!」


葵が呼びかけたが結に引っ張られる蘭は止まらず、葵に離れていきながらも、場所を指さして教え、指示を出した。


葵は、1つため息をつき、蘭に指定された場所へと向かっていった。

蘭が指定した場所には、大きな鏡が壁際に置かれており、椅子とテーブルがセッティングされていた。


両隣には同じようにズラリとならんでセッティングされており、ここで一人一人化粧されていく事がわかった。


葵はそこに邪魔にならないようカバンを置いた。


カバンを置けたことで葵が一息着いていると、肩をツンツンと刺されるような感覚を感じ、刺されている肩の方向に振り返るとそこには1人の女性が立っていた。


その女性は、背の高い蘭と同じくらいに高く、髪は金に染められており、背中の辺りまでウェーブしながらそれは伸びており、耳には形は小さいがキラキラと存在感を放つイヤリングをぶら下げ、かなりの美人顔の女性だった。


普段、女性に対して緊張したりはあまりしない葵だったが、その女性はちょっと別格で、少し緊張してきていた。


「ねぇねぇ、君が蘭の弟??」


その金髪の女性は、人差し指で葵を指し、尋ねてきた。


その時長い爪が見え、この爪で先程肩をつつかれたのかと葵は思った。


「はい」


葵は確実に『ミルジュ』の人だと思ったため、丁寧に接しようと心がけた。


「やっぱりねぇ〜、教室に入ってくるなり蘭と親しそうだったし!! 蘭とは違って意外とちっちゃいのね……でも、うん。

顔はやっぱり似てる」


葵が蘭の弟だと知ったその金髪の女性は少しテンションが上がったように、饒舌になり、葵の顔や体をジロジロと見ながらそう答えた。


「あの、何か……?」


葵はちっちゃいと言われたのが少しカンに障ったが、あくまで平静を装うように尋ねた。


「ん? あ、あぁ、ちょっと蘭の弟がどんなんなのな気になっただけよ。

蘭の弟だから、どうせ変人なんだろうと思ったけど意外と普通ね」


金髪の女性はそう答え、葵がその言葉を聞くと、もう最初に感じていた緊張は何処かに消えていった。


いちいち癇に障る彼女の言葉を聞いている内に葵は苛立ち、その辺の配慮をするのをやめた。


「姉が変人なのは生まれつきです。用がないなら自分は行きます」


葵はそういって捲し立てると、その場から離れようと振り返って歩きだそうとした。


「あ! まッ、待って!!」


葵がどこかへ行こうとその場から離れようとすると、何処へも行かないよう、その場に留まらせるように腕をグッと引っ張り、金髪の女性はそう言葉を発した。


「うおッ……」


思いのほか強い力に引っ張られた葵は、一瞬よろけ、体制を崩し、よろけた事で声を漏らしたが、何とか転倒はしなかった。


「な、なんですか?」


葵は引っ張られると思わなかったため、ちょっと焦った様子で尋ねると、金髪の女性は少し考えるような表情をした後、真顔で葵を見つめた。


正直、芸能人だと言われても疑わないほどの顔をしている美人の金髪の女性に真剣な表情で見つめられた事で、葵はまた妙か緊張感が出てきた。


しかし、金髪の女性の次の一言で葵の緊張感は再びどこかへ吹き飛んでいった。


「ねぇ、ミスコン終わったら時間ある? 良かったらさぁ、お姉さんとどっか遊びに行かない??」


金髪の女性は、ニッコリと微笑みながら葵を誘った。


一般的な男性ならこれだけでノックアウトなのかも知れなかったが、相手は基本的には女性が嫌いな葵だったため、そうは行かなかった。


「は?」


葵は敬語を忘れ、あまりの出来事に驚きつつ、意味がわからんといった表情で金髪の女性を見つめ、そう返した。


「え、えっとぉ……だから、これが終わったらお姉さんと遊んで欲しいなって」


葵の表情にはどこか嫌がっているようなそんな色も見えたが、金髪の女性は自分の勘違いだと思い込み、葵の耳に自分の言葉が上手く届かなかったのだと結論付け、同じような言葉を再び葵に発した。


2度もいえば確実に葵の耳に入ったはずだったが、葵の表情は依然として変わらなかった。


「あの、何を言ってるんですか? ちょっとワケが………」


葵が困惑した様子でそう話していると、その葵の言葉を遮るようにして女性の声が割り込んだ。


「こぉおらッ! 美希(みき)! 何あたしの弟口説いてんだ!!」


そういって、先程何処かに連れてかれたはずの蘭が葵と美希と呼ばれた金髪の女性の間でに割って入ってきた。


「大丈夫だったかぁ〜?

葵ぃ〜……ビッチが、可愛いまだまだウブで童貞な弟に近づくな!!」


蘭は葵に視線を移し、わざとらしく葵の頭を撫でながら、甘えた声で葵を心配するような事を言った後、再び美希の方へと視線を向けると、クッと睨むようにして美希に言い放った。


蘭からしたら助けに来たのかもしれないが、余計な事を、しかもそれなりに大きな声で言われた事で美希よりも蘭にイライラしていた。


「なぁ〜にぃ? 可愛い弟にちょっかい出されたからって……このブラコン」


「いいんだよ! 一方的な愛なら痛いけど、相思相愛だもん!!」


美希は蘭を呼び出すためにわざと葵を誘惑したのか、蘭が来た途端上機嫌になり、蘭をからかうのを楽しそうにして言い放っていた。


蘭も対抗するように、答えていたが、葵は気が気ではなかった。


(マジでやめてくれ、姉貴…………学校に行けなくなる……)


蘭と美希のやり取りを見ていたのか、この教室に集められたミスコンの参加者である生徒達の方でクスクスと笑い声が聞こえた。


「ホント、あんたイカれてるわね。こんなのが同じ職場なんて、ホントありえない」


美希は不敵な笑みを浮かべたまま、蘭にそう言葉を放った。


葵は美希の言葉には終始、悪意を感じており、美希が蘭の事をよく思っていないという事がわかった。


それによって美希が自分を誘うような態度を取ったことにも納得し、美希の目的も見えてきた。


だが、葵はそのやり方ではこの姉にはなんの意味も無いという事が分かっていた。


生まれた時からの付き合いで、長い時間蘭と過ごした葵も、姉とは喧嘩をした事が勿論あったが、姉にはこういった悪意は通じないのを知っていた。


「あの、俺抜きで話進めるのやめてくれないですか?

姉貴もこれ以上、何も喋るな。タダでさえ女子から嫌われてるんだからますます居場所が無くなる。後……」


葵は自分を除け者にどんどんと会話をエスカレートさせていく2人に進言するようにして、声をあげ話をした後、美希の方に視線を向け、真顔で続けて話した。


「俺はアナタよりも全然可愛いので、正直一緒にこの後遊びに行くのは遠慮します。

高校生に手を出すくらい男いないなら、女に常に飢えてる男を2人知ってるんで紹介したあげましょうか??」


葵は最後にはニヤリと悪意の篭った笑顔で美希に言い放った。


葵の見え見えの悪意を感じたのか、自分が馬鹿にされた事で美希は一気に顔を赤く染めていった。


「あんたらやっぱり姉弟ね! そっくり!!」


美希はそういって、明らかに怒った様子でそれだけ言い残して、振り返りこの場から去っていった。


「あぁ、美希……、これから私と葵がどれほど愛し合ってるか話そうとしたのに…………」


この場から離れていく美希に何故だか蘭は悲しげにそう呟いた。

蘭はこういう人間だった。


悪意に晒されていたとしても本人はまるでへでもない、葵はいつもこの姉は感覚がおかしいのか、超人かと思っていた。


本当に裏、表の無い人間だった、馬鹿だとも思うが、このような姉を尊敬するのも確かだった。


「完全に嫌われてるじゃん、姉貴」


「あはは…………だね」


悲しげに美希の後ろ姿を見つめる葵は蘭にそう話しかけると、蘭は苦笑いした後、悲しげな表情でニコリと微笑んだ。


(こりゃ根が深そうだ……)


葵は蘭の表情で何となく事情を察し、心の中でそう呟いた。


蘭と葵が話していると、一際大きくガラリと音を立てて、20代後半くらいの見た目の綺麗な女性が入ってきた。


その女性が入ってきた瞬間、一気に空気がピリついた。


葵がこの感覚に気づくと、その瞬間、隣の姉が大声を上げた。


「整列ッ!!」


葵はその声に驚き、隣を見ると、先程までコロコロと表情を変えていた姉が真面目な表情でそう発していた。


蘭の言葉で、『ミルジュ』のスタッフはその教室に入ってきた女性の元へと集まり、横並びに整列していた。


その光景はさながら強豪校の部活のような、何処かの統率の取れた軍隊のようにも見えた。


蘭の整列という言葉で、桜木高校の生徒達はどうしていいか分からず、おどおどとしていた。


しかし、何となく集まって固まっていた方がいいと皆が共通認識したのか、おどおどとしながら元々橋に集められていた参加者達の方へと、手伝いで入った生徒会メンバーは集まっていった。


葵もその光景を見て、自分だけが変なところで孤立するのもおかしいと思い、生徒会メンバーのように参加者達の方へと近寄っておいた。


『ミルジュ』の人達は、しばらく何かを確認している様子で話していた。


葵はそれを、ただ呆然と見つめていた。


すると、肩の辺りをツンツンと指でつつかれる感覚があり、今日はやけに肩をつつかれるなと変な事を考えながら、つつかれた方向を見ると、参加者として集められた橋本 美雪(はしもと みゆき)と二宮 紗枝(にのみや さえ)、加藤 綾(かとう あや)の姿があった。

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