俺より可愛い奴なんていません。2-13
立花 蘭(たちばな らん)からの電話から数分が経ち、葵(あおい)は、あまりの衝撃に机に突っ伏し、完全に脱力していた。
(マジかよ……なんでこんなにデカい行事になってんだよ…………)
葵は、先程の実姉の蘭との会話を思い出しては、落ち込んでいた。
蘭との電話の内容はこうだった。
蘭が務めるプロのスタイリスト事務所『ミルジュ』の事務所が、葵の企画する桜祭(おうさい)のミスコンに、事務所を挙げ、全面協力するという話だった。
その際、ミルジュとしてはミスコンの様子や、プロのスタイリストの手によって変身を遂げた女子生徒達の姿などを写真に収め、今後の事務所の活動の広告として使いたいという事だった。
ミルジュの協力により、葵が今まで抱えていた参加者増加による、スタイリスト不足の問題は解消されたが、それとは別に再び、様々な問題が上がってきていた。
(完全に俺一人じゃ見れなくなるよな……規模がここまで大きいともうこれは、委員会とかクラスの出し物として組織的に進めないと絶対に手が回らない。
今までは男子生徒達に半ば無理やり協力させてたけど、それじゃもうボロが出るよな…………)
葵は、今まで騙し騙しにやってこれていたが、ミルジュの完全参戦により八方塞がりになってきていた。
(クッソ……姉貴の野郎…………。
軽く「後はよろしくね」ばりに俺に全部ぶん投げやがって……)
葵は先程受け取った姉からの電話で聞こえてきた、姉の楽観的な声から発せられた言葉を思い出しつつ、そんな姉を恨んだ。
「まずは、今までの参加者、一人一人に確認を取りに行かないとな……はぁ〜……憂鬱…………」
葵は落ち込むのをやめ、席から立ち上がり、ブツブツと小声でやるべき事を呟きつつ、大きなため息をつき、目的のため歩みだした。
ミルジュは今回のミスコンでの様子など撮った写真などを自社の公式サイトなどにも載せたいという事だったため、まず何より、今参加が決まっている女子生徒にその事を伝え、ネットに自身の写真が使われてもいいかの許可をまず取らなくてはいけなかった。
葵は、神崎 大和(かんざき やまと)達がまとめてくれた参加者リストの紙を手にし、教室から出ていった。
(さてっと……まずは、下の年代からいくか…………)
葵は、教室から出るなり、左右を見渡し、リストに視線を落としては、行く先を考え、答えが決まると再び歩き出した。
「こうゆうのってやっぱ断られんのかな…………ミルジュがここまで乗ってくれたからにはもう逆に参加者は減らしたくないんだよな〜……」
このミルジュの完全参戦が、ミスコンにとって吉と働くのかどうかは正直分からなかった。
「まぁ、でも基本どういつも自分のSNSの場で写真を晒してるんだろうし、今更か…………」
色々と女子の心情を考えつつ、答えを探したが、途中で馬鹿馬鹿しくなり、適当な理由で答えをこじつけ、考え事をこれ以上したくなかった葵は楽観的に考える事にした。
葵はそうして、長い廊下を歩いていった。
◇ ◇ ◇ ◇
昼休み。
橋本 美雪(はしもと みゆき)は加藤 綾(かとう あや)と共に、楽しく昼食を取っていた。
今まで昼休みとなれば、クラスに友達のいなかった美雪は亜紀(あき)や晴海(はるみ)の元へと逃げるようにして行っていたが、今では、ほぼ毎日、綾と二宮 紗枝(にのみや さえ)と3人で昼食を取ることが当たり前になってきていた。
今現在は、どこかに用事で出かけているのか紗枝の姿は無かったが、それでもスグにここの場所に戻ってくるだろうと2人は考えていた。
「ねぇ、山岸 穂波(やまぎし ほなみ)さんと一条(いちじょう)君が付き合った話知ってる??」
色々と話をする中で、綾は顔を少し赤らめ興奮した様子で美雪にこの話題を出した。
「え? 知らない……」
美雪は目を点にし、驚いた表情で、まるで知らなかったという様子で綾の質問に答えた。
美雪はその手の恋バナには、一般的な女子生徒並には興味があり、様々な話を友達としてきたが、その話はまるで初耳だった。
「やっぱりねッ! 最近付き合ったらしいよ〜」
綾は美雪が知らない事を知ると、得意げにニヤニヤし話、依然として興奮した様子で話を続けた。
「はぁ〜……一条君と山岸さんかぁ〜………なんか良いね! 」
「確かに、一条さんと山岸さんちょっと雰囲気似てますしね。二人とも真面目な感じで、それに……二人とも生徒会…………」
「そうッ!! 生徒会カップル!! 憧れるよね〜」
思いふけるようにして呟く綾に、美雪は少し恋愛漫画や小説に似たような、そしてそんなシチュエーションに憧れるような様子で呟くと綾にもその気持ちが届いたのか、全てを言い終える前に、全力の同意が返ってきていた。
「生徒会カップル……なんか響きだけで良いですね」
美雪はどんどんと恋愛脳にシフトしていき、2人の中に乙女チックな空気が流れた。
「山岸さんから告白したらしいよ〜」
「えぇッ!? あの山岸さんがッ!?」
綾の言葉に先程よりも大きく声を出し驚き、二人の会話益々弾んだ。
「意外だよね〜……山岸さんって、ホントに大人しいし、真面目な感じなのに……」
「やっぱり、恋するとなんか変わるんですかね? ちょっと羨ましいなぁ〜……」
美雪の言葉に綾も同意し、「いいな〜、いいな〜」と感想を零しては、自分もそんな乙女チックな恋愛を夢見ていた。
2人がそんな話題に花を咲かせていると、先程まで一緒に昼食を取っていた者が、用事を済ませたのか不意に戻ってきた。
「何の話〜??」
美雪と綾はこのする方へと視線を戻すと、楽しそうに話す2人を微笑むようにして、紗枝が話しかけてきた。
紗枝は、当然のように、3人向かい合って仲良く並べられた机に、セットで置いてある椅子の1つに腰掛けた。
先程、共に昼食を取っていた事もあり、紗枝の座った椅子の前にある机には、昼食で使ったであろうお弁当箱と、可愛らしい花柄が散りばめら、全体的に薄いピンク色をした、お弁当箱を入れるための巾着袋が置いてあった。
それはどちらも紗枝の持ち物であり、紗枝は軽い用事を済ませるだけだったため、そのまま置いていった物だった。
「紗枝〜、おかえり〜。あのね! なんとね、あの山岸さんも一条君が付き合ったんだよ〜!!
生徒会の2人!!」
「え!? そうなの!? あぁ〜……だから山岸さん朝から女子に群がられてたのね……」
綾の言葉に驚きつつ、紗枝は今日の朝に見かけた異様な光景にガッテンがいき、謎が解けたといった様子で呟いた。
「いいよね〜……羨ましいな〜…………。
あ、そういえば、紗枝は何しにいってたの?」
綾は唐突に思い出したかのように話題を変えた。
綾の話題の変わりようは普通なら少し変に思ったり、気になったりするのだが、付き合いの長い紗枝は今に始まったことではなかったため、いつものようにすんなりと答え始めた。
「クラス委員で桜祭(おうさい)について、ちょっと話し合いたくてね……。
クラスの出し物とか、そろそろ決め始めようかなと……」
美雪は、先程そのままにしていったお弁当箱を片付けながら、素直に先程済ませてきた用事について話した。
「あぁ〜そうだよね〜……立花なんかもミスコンとかの準備してるし、そんな時期だよね……」
「うん。それで、まぁ……山口(やまぐち)先生とかに頼んで、授業の時間を少し借りて、クラスで話し合いなんかして、何やるか決めようかって…………」
紗枝の話を聞き、綾は「うえぇ〜……」と嫌そうな声を出しながら面倒くさそうにしていた。
美雪は、不意に綾から立花という言葉が出た事で、今現在葵がどんな様子なのか気になり、教室を見渡したが、彼の姿は無かった。
いつもなら男子と集まって楽しそうに話しながら、昼休みを過ごしているのに、それが出来ないほど、ミスコンの企画が大変なんだなと、何となくそうゆう事なんだなと理解した。
「でも、今回困ったことに出し物でも鉄板物がいくつか使えないんだよね……」
紗枝は少し困った様子で呟き、綾と美雪は不思議そうに紗枝を見つめ、なんでそんな事になっているのか、思いつかないといった様子だった。
そんな、2人に紗枝は気づき、再び話を続けた。
「えっとね……立花君がミスコンを、しかも大きなイベントとしてやってしまうじゃない??
そうすると、男装喫茶とかコスプレ喫茶とか女装喫茶とかそういった物って凄いやりづらい出し物になってくるんだ」
「あッ……なるほど………」
紗枝の答えに察しのいい美雪はスグに何が言いたいのか分かり、納得いった様子で呟いたが、綾は全く察しがついていない様子でポカンとしていた。
美雪には理解してもらった様子だったため、ここで話を区切るつもりだったが、綾に説明する事も兼ね、紗枝は最後まで話を続けた。
「つまりね、立花君がやってくれるミスコンっていうのは、プロの方によるおめかしだから、ウチら素人がやる、学生がやってしまうコスプレやらなんやらっていうのがちょっと陳腐に見えてしまう可能性があるわけ……。
まぁ、多分あっちの出来が良すぎるから、コスプレやら男装やらの違うジャンルであったとしても、比べられてしまう可能性があるわけ」
「あぁ〜あ!! 確かに!!」
紗枝は、丁寧に綾に教えた事で、綾にも理解が出来、やっと話が見えたところで綾は少し大きな声で納得の意を示した。
「比べるつもりが無くともやっぱり完成度が高いだろうから余計悪目立ちしますね……」
美雪も想像してみても、紗枝が考えるような結果になるのが見え見えで、やっぱりそうなると、定番であるコスプレ喫茶やらなんやらは出来ないのだろうと考えた。
「でもさ、それならどうするの?? ほとんどのクラスが被るんじゃないの? 出し物がさぁ……」
「そうなんだよね〜……はぁ……どうするか…………」
綾の適切な指摘に打開策が浮かんでいない紗枝は、大きくため息をつき、困っている様子だった。
美雪は出来るだけ、文化祭の出し物と言われて考えてみたが、挙がってもジャンルでいうと4つぐらいで、後は屋台やるなら、その売り物で個性を出したり、劇にするならば、なるべく他と被らない、例えば英語劇にしてしまうなど、内容で個性を出していくしか無いのではと考えついた。
「やっぱりやるからには個性を! このクラスの色を出したいよね!!」
綾は、困り果てている紗枝に追い打ちをかけるようにして、意気込んだ。
そして、やはり綾のように考える生徒が出てくる以上、なんとか特殊な物を考えるしかないかと、紗枝は感じた。
「あぁ……後、凄く個人的な事なんだけどね…………」
紗枝は思い出したように、先程用事を済ませる過程で感じた事を2人に相談したくなり、本当は言うつもりは無かったが、つい口をついて言葉が出てきた。
紗枝の言葉に2人は反応し、紗枝の次の言葉を待ったが、中々次に続く言葉は出ず、何故か紗枝は恥ずかしそうに、モジモジとした様子で何かを言い淀んでいた。
「ど、どうしたん? トイレ?」
「違うよッ!」
綾は心配で思わず、デリカシー無く尋ねたが、紗枝はすぐさま勢いよく否定した。
そして、少し俯くようにして、ゆっくりと話し始めた。
「ちょっとさ……立花君の方も手伝ったりしたいかな……ってさ…………。
ほらッ! 忙しそうだしさ! それに……借りを返す意味でもさ…………」
紗枝は珍しく、照れたような様子で、最後の方はあまりにもごにょごにょと小声で話していたため、2人の耳にはその声は届いていなかった。
紗枝のその様子をみて、綾はニヤニヤとし始め、意地悪な笑みを浮かべたまま、紗枝に話しかけた。
「ふぅ〜ん……手伝いたいねぇ〜……山岸さんと一条君の話に触発されたかね??」
「いやッ! そ、そんなんじゃなくてさ!! ミスコン! 大変そうだし……ホントそれだけで…………」
紗枝はからかってくる綾に対し、必死にそっちの色恋沙汰に捉えられないよう弁明し、かつて1年生の頃、彼に助けられた事もあり、その恩返しとして助けたかったのは本心だった。
「へぇ〜、ほぉ〜ん。 何だか桜祭は波乱が起きそうだねぇ〜……」
「あ〜〜や〜〜〜!!」
未だにからかってくる綾に、遂に紗枝の堪忍袋の緒が切れ、怒るようにして綾に呼びかけたが、綾はそんな紗枝すらもニコニコしながら、からかっていた。
「手伝うですか……確かに、私も立花さんとは知らない仲じゃ無いですし……助けたいのは山々なんですけど、私たちだけでなにが出来るか。
それに、二宮さんはタダでさえクラス委員で忙しいですし、あッ! クラスの出し物としてミスコンをやるのはどうなんですかね??」
美雪は話しながらも思考を巡らせ必死に考え、なんとか案を出して見てみた。
綾の反応は「おぉ〜ッ」と驚きと称賛の声が上がったが、紗枝の様子は芳しくは無かった。
「う〜ん……私もね? 同じこと言ったんだけど……このクラスには少なくとも4人は出場者がいるわけで、その4人にミスコンの準備まで手伝わせるのは気が引けるって、断られちゃって…………」
紗枝は難しい表情を浮かべながら、先程あった出来事を伝えた。
「そうだったんですか…………ホント、変なところ頑固者とゆうかなんとゆうか……」
美雪的には、それぐらい迷惑でもなんでも無かったが、葵の立場的には、それは譲れなかったんだろうと、無理やり納得し、この案は諦めた。
「はぁ〜……そうすると立花1人かぁ〜…………キツそうだなぁ。
立花も一条君みたいに彼女がいたりすれば、少しは手伝って貰えたりしたかもね」
綾は冗談っぽく、ニヤニヤと笑いながらそう言い、ふと、紗枝と美雪はあの性格で頑固な葵が彼女が出来、そんな頼る彼を想像して見たが、全く想像出来ず、そもそも彼にくっつく彼女がまるで浮かばず、綾の言葉に何か返そうとしたが、失礼な言葉しか浮かんでこず、返事をするように苦笑いで2人は返した。
そして、3人はこの件が自分たちでは為す術が無いと結論付けようとしたその時、美雪の頭にある言葉が引っかかった。
「一条さん…………そういえば、今年の生徒会って…………」
美雪がポロリと言葉を零すと、紗枝はグルりと美雪に一気に視線を持っていき、何かに気づいた表情で、美雪を見つめ、綾は再びピンと来ていない様子だった。
「多分、何も決まってないよ……」
「じゃあ、多分」
「うん! いけるよ!! 掛け合ってみよう!!」
紗枝と美雪は二人の中で通じ合い、断片的な会話でどんどんと盛り上がり、ついていけていない綾はなんの話かさっぱりといった様子で、視線を美雪と紗枝の間で右往左往させていた。
「え? え? どゆうこと??」
綾はついに我慢できず、2人に尋ねると2人は綾に視線を向け、笑顔で答えた。
「生徒会の出し物として手伝って貰うんです!!」
「生徒会の出し物として手伝って貰うんだよ!!」
美雪と紗枝の希望に満ちたような様子で断言される中で、綾はキョトンとしたまま2人を見つめた。
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