俺より可愛い奴なんていません。2-11
葵(あおい)が重い口を開き、言葉を発したことで美雪(みゆき)と現在2人しかいないこの教室に、静かな時間が流れていた。
美雪は葵から放たれた低く暗いトーンで話された言葉に何も答えることが出来ず、黙っている事しか出なかった。
葵はそんな美雪に気を使わせないよう、話の続きをする事を決め、再び話し始めた。
「まぁ、正直さ、何も知らなかったんだ……なんであいつが転校したのかも分からなかったし、当時の俺は、転校するなら転校するで、どうして俺になにも言ってくれなかったのかって事しか、考えが浮かばなくて、苛立ってすらいた……」
葵は淡々と話していたが、どこか悲しそうな雰囲気を漂わせていた。
「段々と時が経つにつれ考えなくなってた……そこから、結局真実を知るのは1年経ったぐらいだった」
「たまたまだった……ホントにたまたま……教室で女子達が話している会話が不意に聞こえた事があったんだ。
その時の女子は小学校が同じ奴でたまたま、中学時代の話をしてた」
「最初は楽しいそうに、色んな思い出話をしてた。あの頃はどうだった〜とか、あの時実はあの子はあの子が好きだったんだよ〜とか、俺もそれを聞きながら、昔を思い出して少し懐かしく思ったりもしてた。
そしたら、1人の女子が急に当時、いじめられていた子についての話題をあげた。
俺は、それを他人事のように自分の学校でもそんな事あったんだな〜とか、知らなかったな〜程度にしか考えずに聞き流してたんだ」
葵は表面上は淡々と話していたが、話す内に気持ちが乗ってきたのか、どんどんと暗い雰囲気を漂わせ、美雪には葵が苛立ちを感じているようにも見えていた。
それが葵自身に向けてなのか、その時集団で会話していた女子達に向けてなのか、誰に対するものなのか分からなかったが、話を止める事は無く、黙って静かに葵の話を聞いた。
「そこからの会話は今でも覚えてる。最悪の会話だった。
いじめの内容なんかを楽しそうに語らい、そのいじめがかなりの人間に、特に女子生徒達には、ほんとんど周知されていた事。それでいて誰も助けなかった事…………彼女達は本当に楽しそうに話してた」
美雪も葵の話で、その状況を想像したが、やっぱり傍から見ても気持ちのいいものでは無いというのは、考えなくとも理解出来た。
「当時の俺もその会話にはドン引きしたし、正直、女子って怖いとすら思った。
正直これ以上、その会話を聞きたくも無かったから席を立って移動しようとしたその時、最悪の一言が聞こえた」
葵の最後に発した言葉に美雪は反応し、話の流れから大体何が言いたいのか分かっていたが、それでも美雪の体に緊張感が走った。
「その会話に参加していた1人の女子が不意にそのいじめられていた子の名前をこぼしたんだ、俺は自分の耳を疑った。
一瞬何が起きたのか分からなくなって頭が真っ白になってた……」
「名前を出した事でまたその女子の集団はケラケラと笑い声をあげて、再び会話が盛り上がってた。
楽しそうに、最初に話していた楽しい思い出話を話すようにその事を話してた…………」
美雪は葵の言葉から、それほどまでに転校してしまった友人が葵にとって大事な存在だったのだと感じた。
そして、葵は今まで淡々と、なんて事の無い過去の話に聞こえるよう、もうとっくに乗り越えた過去だと聞こえるように話していた。
しかしこの話をしている内に、この思い出は葵にとっては無視できない問題なのか、気持ちが乗り、体中から熱を感じていた。
「俺はそんな会話を楽しむ奴らに激しく嫌悪感を抱いた。
とゆうより、アイツを追いやって、転校までさせてしまったかもしれないのに、それをまるで楽しい思い出のように語らう彼女たちがまるで理解できなかった。
心底、女子ってものが恐ろしく感じたし、本当に憎かった……」
葵は、当時の感じた気持ちを嘘偽り無く話、美雪もその葵の話し方からそれが嘘なんかではなく、彼の本音なのだという事は簡単に理解出来た。
「そして何より、当時いじめられていた、1番辛い時期のあいつを救えなかった事が悔しかったし、何も知らなかった自分に無性に腹が立った……」
葵の話から、ようやく葵の行動理念のようなものが分かり、今まで取っていた葵の行動と照らし合わせて、全てが繋がったような、そんな感覚を美雪は感じていた。
「そんな事が…………」
思わず、今まで黙っていた美雪は声を漏らした。
テレビのニュースなんかで取り上げているような話をこんなに身近な人間から聞かされてるのは、とても衝撃的な事だった。
「まぁ、転校したアイツから直接聞いたわけでも無いしな、正直なところそれが理由だったのか、それとも他に理由があったのかもよく分からない……」
「はぃ…………」
葵の話に美雪は、なんて答えていいのか分からず、頷く事しかできなかった。
葵は自分で話すうちに、ある事に気がついてしまった。
今までそれは、当然だと思い、その行動は正しいと思って行動してきていた、しかし、それは単なる八つ当たりでありでしか無いのでだと。
そして、それは美雪と知り合ってからそれは薄々感じてきているものでもあった。
葵はその感覚を思わず声に出して、話した。
「これが、俺が女子を嫌いな理由…………笑っちゃうだろ?
未だに根に持って関係ない奴らにまで、ただ当たり散らしてるだけなんだからさ……」
葵は、美雪に苦笑いしながら同意を求めるように、彼にとっては大事な話なのに、まるで笑い話にするかのようにそう美雪に言った。
それは、葵の優しさでもあった。
重い話を聞かせてしまった美雪に対しての気遣いであったが、美雪にとっては、そんな態度をとって欲しくはなかった。
辛い思い出であっても、それは今の彼を形成する大事な思い出であり、いつも凛々しく、誰に対しても上から目線で、プライドの高い彼を美雪は嫌いなんかではなく、憧れている部分も多くあった。
彼がそんなふうに、その思い出を話してしまうと今の彼を否定するような、そんな感覚が芽生え、美雪は思わず声を上げた。
「そんな事無いですッ!!」
美雪は大声で叫ぶようにして、まるで彼が美雪に見せた彼の弱々しさを吹き飛ばすように、言い放った。
今まで静かにして、頷く事しか無かった美雪が初めて出した大声に葵は驚いた表情で美雪を見つめた。
「決して笑い話になんか出来ないです。立花君は否定するかも知れませんが、その辛い思い出も今の立花君を形成する大切な思い出だと思います。
少なくとも、今のどんな相手にも凛々しくて……、凛々し過ぎてプライドが高すぎるのがたまに傷ですけど……、それでも自分の趣味をあそこまで堂々と行える、立花君は私の憧れであったりもするんです。
それに……」
美雪は、最後に何かを言いかけたところで1度言葉を止め、今まで必死な表情で自分の考えを伝えていたが、ゆっくりと表情が変わっていき、優しく微笑みかけ、再び話を続けた。
「それに、少なくとも今は、変わっていると思います。
私と話しをする今、この瞬間は…………」
美雪のその優しく微笑む表情は、葵が何度も見た表情だった。
美雪のその笑顔を見ると何故か葵は、何も思考停止したように何も考えられなくなり、思わず見とれてしまっていた。
少しの間、2人に静かな時間が流れると、葵はふと、我に返ったように、恥ずかしそうに言葉を発した。
「ま、まぁ……そうかもな…………。さッ! 重い話はここまでにしよう。そんなこんなで、いじめをしていた彼女等に仕返ししようと女装をする話がここに付随してくるわけだッ! 以上ッ!! 終わりッ」
葵は自分でも驚くほどに何故だか小っ恥ずかしいなってしまい、早くこの会話を終わらしたくなっていた。
「えぇ〜、ここまできてそれなんですか〜? もっと聞きたいですよぉ!」
美雪はそんな葵を少しからかうようにして、ニコニコしながらこの会話を楽しむように葵に問いかけた。
「ダメだッ……もう終わり! 俺も自分の事をこんなベラベラと話すキャラじゃ無かった。とゆうか、お前、敬語ッ! また戻ってるじゃねぇかッ」
「あ、すいません。やっぱりまだ慣れなくて……エヘヘッ……」
葵は無理やり話題を変え、妙なところにかんずき、美雪を指摘すると、美雪は悪びれるようにしながら、以前として笑顔を絶やさず答えた。
2人が話していると、不意に教室の扉が開いた。
ガラガラと音を立て開く教室の扉に2人は反応し、扉へと視線を向けると、そこには実行委員として、教室に入ってきた美雪の親友、亜紀(あき)と晴海(はるみ)だった。
「あっ! みゆっち〜!!」
晴海は美雪の姿を見るなり、嬉しそうに手をパタパタと振りながら、再会を喜んだ。
美雪もそれに答えるようにして、笑顔で晴海に答え、亜紀はというとそれどころではなかった。
教室に入るなり、美雪を初めに見つけたのか、晴海同様に笑顔だったが、隣に座る葵を見るなり笑顔は一瞬にして消え去り、葵を露骨に睨み付け、教室に入るなり、ズカズカと葵に歩み寄ってきた。
「アンタッ……美雪に妙な事してないでしょうねぇ! とゆうか、近づくなって言ったでしょッ!」
亜紀のいつもの文句に葵はやれやれと内心感じつつ、何故か今日は気分が良かったため、彼女の文句に付き合う余裕もあった。
(こうゆうのも悪くないのかも知れないな……)
葵はいつもならウザったく感じる関係を、初めて心地よく感じた。
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