俺より可愛い奴なんていません。1-5


朝の会の暴動が起きてから数時間が経過し、1限目の数学が始まり修学旅行の実行委員を決め始めてから数十分が経過していた。


授業が始まるなり、担任の山中(やまなか)の一言により会議は開かれてたが男女両方ともまだ決まらず、遂には山中は司会進行をやめクラス委員を前に立たせ、委員に進行役を変わり、再び何も決まらない沈黙の会議を始めた。


「え、えっと……、やりたい人いないですか?」


クラス委員だったため、二宮 紗枝(にのみや さえ)は黒板の前に立たされてしまい、心細そうな様子でもう一度クラスに呼びかけた。


二宮の隣に立つもう1人のクラス委員である男子もまた、二宮と同様に心細そうな様子が滲み出ていた。


二宮のもうほとんど助けを求めるようなそんな声はクラスには届かず、誰も手を挙げ立候補をしたりするなんて事はなかった。


やはり、男女1人ずつを選出しないといけないという所がネックなのか、誰もやりたがらなかった。


「大和(やまと)、もうお前やれよ。お前の望みだった女子と二人きりのチャンスだぞ?」


立花 葵(たちばな あおい)は、何も決まらずこのまま流れていく時間に堪らず、前にいた友人である神崎 大和(かんざき やまと)に小声で話しかけ、提案した。


「お前、こないだと言ってる事違うぞ? もう面倒臭いから適当に俺に押し付けてんだろ」


大和は葵に話しかけられると葵の方へと振り返り、的確に葵の意図をしてきした。


葵は内心、アホな大和ならこれを言えば立候補してくれるかもしれないと八割方彼をバカにしながら提案したが上手く引っかかってはくれなかった。


しかし、葵は諦めること無くまだ大和に提案し続けていく。


「戸塚(とづか)にシメられるって話だろ? いいのか? そんな事でビビって……。一生彼女出来ないかもしれないぞ?」


「むッ! ……いや、でも戸塚怖い」


大和は一瞬「彼女出来ない」と言う言葉に引かれたがスグにバレー部の鬼顧問(戸塚)の事が頭に過ぎり、ビビってしまった。


(ダメだ、完全にビビってる……)

葵は自分が立候補しない結果でいち早くこのくだらない会議を終わらせたいと思っていたが、大和の戸塚に対する恐怖の根は深く、大和をその気にさせることを諦め始めた。


「誰かやってくれねぇかな……」

葵は思わず本音が零れてしまい、自分が思ったよりも声が大きかったのか隣の席に座る女子に聞かれ、グッとすごい剣幕で睨まれてしまった。


葵の他人にやらせようとする他人のごとのような態度が気に入らなかった様子だった。


入学当初から異性に対して冷たい態度を取り続けた葵にとっては当然な反応だったが、その敵意に気づいても葵は特に何をする訳でもなくなんの反応もせずに黒板の方を見続けた。


そんなふてぶてしい葵の態度に更に神経を逆なでされたのか彼女は明らかに怒った様子だった。


「お、おい……、葵。水島(みずしま)さんすげぇ睨んでたぞ? 何したんだよッ!」


大和も葵が睨まれていた事に気づいたのか、当人である葵以上に動揺していた。


そして、隣に聞こえないよう気を使い出来る限り小声で話していたが、明らかに力がこもった言い方で葵に訪ねた。


「知らねぇよ。ブスは視界に入らん」


大和に聞かれ、葵はわざと隣に聞こえくらいの声の大きさで嫌味をいった。


隣の席の水島は葵の呟きに体をピクリと動かし明らかに聞こえている様子だったが、この真面目な会議の中、大声をあげて葵に突っかかるような勇気はないのかフルフルと震え、怒りを必死に抑えている様子だった。


葵はもちろんそんな彼女に気づいており、睨んできたささやかなお返しが出来たようで少し気分が良かった。


「お前ッ! ヤバいって聞こえたらどうすんだよ! てゆうか、水島さんはかなりレベル高いだろッ!! 人気だそ?」


葵と水島のそんな些細なやり取りが分からなかったのか大和はまだ水島が気づいていないと思い、葵を必死に小声で警告していた。


「ふ〜ん……。そうなのか」


葵は普段から大和以外の男女とでも、クラスや同じ学年の女子の話題をあまりした事が無く、そういった人気に疎かった。


そして、大和の言葉で初めて水島がそれなりに男子の中で人気なのを知った。


葵は少し興味が湧き、水島に気づかれないよう軽く視線を向けた。しかし、一瞬視線をやっただけで葵は興味が失せ、またすぐに前を向いた。


(あれぐらいなら俺の方が断然綺麗だな)


葵は内心でそう結論を出すとこれ以上水島に興味を持つことは無かった。


「なぁ、葵……、実行委員やらないか?」


ただ前を見る葵に大和は縋るような声で葵に話をもちかけた。


しかし、葵は朝からそうだったが1つ不思議でしょうがない事があった。


「お前もか……。あのさ、俺がやると思うか? それに務まらないだろ、女子と中も悪いから相方とも連携は取れないし」


葵にとってそれは言うほどの事では無く、自分に勧めても意味が無いと思っていた。


そしてそれは、大和にもクラス全員に認知されている事だと思っていた。


「まぁ、確かにお前の事嫌いな女子はいるけど、お前それほど嫌われてないぞ?」


「は?」


大和の言葉に葵は目を見開き、点にさせ、明らかに驚いた表情で大和を見つめ、葵は驚きのあまり思わず声を漏らした。


「いや、葵はそもそも仲良くしないだろ? 話すらしてるとこ見たことないぞ? だから知らないんだよ。」


葵は否定しようと言葉を発したが、大和はそれを制し、葵に自分の知る真実を話し始めた。


「葵と俺は比較的仲がいいからたまに女子とかにお前の事聞かれるけど、嫌ってる様子は無いぞ?

むしろ好意的だし、この前俺と話してた子はお前の事知りたいって言ってたぞ?」


葵は女装をして、女、男関係なく虜にする程だったため、確かに顔は美形ではあったがそれでもそれを差し引いても、彼の態度からマイナスなイメージが強いとそう信じていた。


葵は益々訳が分からなくなり、大和が何を言っているのかまるで理解できなかった。


「その子とお前に何があったか知らないけど、ほら、お前シャイだろ?強がってるのか知らないけど、悪い人ぶっても根がいいやつだからな〜お前。

いざという時はやっぱり出ちゃうんだろ? なんかそうゆうとこ」


大和は葵のこのような明らかに動揺した状況を見たことがなかったため、いつも葵に遊ばれてる事もあり調子に乗り始め、そんな葵を見ながらヘラヘラと笑いながらおちょくるようにそう言った。


「殺す……」


葵は珍しく大和に自分が弄られた事が不快で、明らかに不機嫌になり、大和を睨みつけながら低い声で脅すように発した。


大和はそんな葵に怯え、逃げるようにして体を翻し、前の黒板を見る体制に戻った。


(そんな事ありえない……。こんだけ嫌な奴の態度をしていて、そんな事言う奴なんて言うわけない……。

もし仮にあったとしても外見? 男の俺に需要なんかあんのか?)


葵は自分の男としての顔は別に醜いなど思ったり、嫌ったりはしてはいなかったがどう頑張っても平凡は超えないと思っていた。


それは、彼の女装のレベルが高すぎるのが原因の1つであり、女装をしている時こそ自分が1番輝いていると疑っていないのが1番の理由だった。


葵が激しく混乱しているところで、山中は口を開き、クラス中に聞こえるように大声で呼びかけ始めた。


「分かった! なら、女子同士でも男子同士でも構わん! これでどうだ!?」


山中は痺れを切らしたのか、ようやく他のクラスと同じ条件を提案し

始め、そしてそれと同時にクラスはざわめき始めた。


しかし、山中の思惑とクラスのざわめきとは裏腹にクラスは私語が増えただけで、誰一人として手を上げる人は出てこなかった。


「いや、お前ら……、手を上げろよ……」


山中は完全に動揺しており、男女で実行委員を決めるどころか2人実行委員を出すことすら危ういのでは無いかと、最悪な考えが一瞬よぎり始めていた。


「男子は男子同士、女子は女子同士だぞッ!? お前らの望んでいた状況だぞ!?」


山中の必死の訴えと虚しく、響き渡るだけで誰の心にも届いている様子は無く、立候補は出なかった。


その光景を見て、山中の嫌な予感は確信へと変わり、いよいよ彼も焦り始めた。


「なんでッ!? 最高の思い出になるぞ!?」


「いやぁ、だって大変そうじゃん?」


山中の声にやっと反応した生徒の声はやる気のない否定的な発言だった。


「待て待て! お前らさっきの反抗的な態度はなんだ? やる気に満ち溢れてたろ!?」


「う〜ん…………ノリ?」


明らかに焦った山中に調子の良い1人の男子はテキトーに答え、彼の言葉に反応し、クラス中の生徒のわらいをさらった。


自分のクラスの生徒のやる気の無さに山中はガッカリし、俯き明らかに落胆した様子だった。


クラス中は一気に実行委員などに興味を持たなくなり、山中が妥協する前よりも状況は悪化した。


「だ、誰か助けて……」


落ち込む山中の呟きに葵は気づいたが、自業自得だなとしか思えてこず、葵も1限目の授業を諦める、机から紙を1枚取り出し、四時限目の授業の宿題をやり始めた。


葵がペンを持ち、宿題をやり始めようとすると急に周りがざわめき始めた。葵はスグにそれに気づき、顔を上げるとクラス中の生徒は廊下の方の席をほぼ全員が注目していた。


葵も遅れながら、みんなの視線の先を追いそちらへと視線をやると、


そこには手を上げる1人の女子生徒の姿があった。


葵はキリッとした様子で手を挙げている彼女が気になり、凝視すると微かに小刻みに手を震わせていた。


そして葵はそんな姿に何故か見覚えがり、気になってしょうがなかった。


「おぉッ!! 橋本(はしもと)ッ!! やってくれかッ!?」


山中も手を挙げている彼女に気づき、彼女の名前を呼び上げた。そして、葵は「橋本」という言葉に聞き覚えがあり、もしやと思い黒板へと視線を移した。


すると、実行委員の女子と書かれた文字と下に書記兼司会を務めていた実行委員である二宮が、黒板に橋本 美雪(はしもと みゆき)としっかり記していた。


(はしもと……みゆき………)


葵は嫌な予感しかしなかった。


昨日、助けて貰った大人びた彼女の顔がチラついてしか無かった。


葵は再び、美雪に視線を向け、今度はよく凝視したが、どうしても前日にあった彼女に見えなかった。


(確かに身長は同じくらいで、髪も今は地味にまとめてるけど、解けば昨日の女性と同じくらいの長さにはなるようなそんな気が……。)


葵は観察すれば観察するほど教室にいる彼女が昨日の彼女に見えて仕方なかった。


しかし、それでも決定的に違うところがあった。


(地味過ぎる……。認めたく無いが昨日のあの女子は綺麗だった。俺には負けるがいい所いってた……。ない、ないな……)


葵は昨日の女性が同じクラスにいるのを認めたくないのと、クラスにいる彼女と昨日の彼女があまりにもかけ離れている事からそんな奇跡のような事は無いと強く思い込んだが、それでも「こんな身近に同姓同名の人なんているか?」などの事が過ぎった。


結果、葵は思い違いだと強く信じ込み、自分を言い聞かせるようにしてそれ以上の事を考えるのはやめた。


「よぉ〜し!! 女子1人上がったぞ!! これで立候補しやすくなったろ?女子上げろ〜、男子でもいいぞ〜」


山中は美雪の挙手に大喜びし、クラスを煽り、もうこの会議は終わった気でいるようだった。


しかし、山中の呼びかけも虚しく、先程ざわついていたクラスも何故か静まり返り、誰も手を挙げる者はいなかった。


(なんだこれ……)


葵は美雪が手を挙げてからのクラスの雰囲気に違和感を感じた。美雪の方に視線を向けると、美雪は何処か気まずそうにあの昨日の堂々とした姿は見る影もなく葵には弱々しく見えた。


そして、そんな中葵はクラスの女子のヒソヒソとした話し声が耳に入ってきた。


「ねぇ……どうする?」


「う〜ん、やりたかったけど、もう橋本さん上げちゃったしな〜。あの人、暗いイメージだからちょっと苦手でさ。アンタとならやっても良かったけど……」


「だよね。だからといって立候補取り下げてなんて言えないしね」


葵のたまたま近くにいた女子の話し声を耳にし、葵はようやく事情を把握した。


元々クラスの女子に興味がまるで無い葵は美雪の存在すらもあまり記憶に無く、美雪の置かれている事情など知る由もなかった。


そして、何故か葵はそんな女子達の小話にイラつきを感じた。


「誰か、立候補お願いします」


クラスの妙な雰囲気に気づいたのか、気の回る、周りに気を使う二宮は声を出し、再び呼びかけた。


しかし、二宮の気の効かせ方はあまりいい方向には働かず、再びのクラスの沈黙に美雪の迫害のような状況を明確にしてしまった。


(ッ! 知らない相手だッ! 知らない相手ッ!! 昨日助けられたアイツとも限らない。アイツなわけが無い)


クラスの雰囲気に葵は何故か追い込まれ、自分を言い聞かせるようにして、呪文のように自分に唱えた。


しかし、美雪の様子が気になり、どうしても美雪に視線がいってしまう。すると、そこで1人の女子の声が上がった。


「だ、誰もやらないなら私が……」


そう言って、クラス委員も引き受けている二宮 紗枝(にのみや さえ)が声を上げ、チョークを持ち自分の名前を書こうとした。


しかし、そこで山中の声が彼女の行動を邪魔した。


「いいや、不味い。クラス委員と実行委員を牽引は。今回の実行委員の仕事は大変だ、とてもじゃないが2つ同時は無理だ……」


山中の珍しく真剣な制しに二宮は行動を止め、名前を書くことを辞めた。


「誰か、やってくれないか?」


山中は二宮が書き込む事をやめたのを見届けると再びクラスに呼びかけた。


すると、山中の最後の呼びかけに1人の生徒が答えた。


(クッッソッ!!)


葵は痺れを切らし、自分でも何故か分からず手を上げていた。葵は絶対に後に、なんなら数分後、数秒後には後悔すると分かっていながらも、手が伸びていた。

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