俺より可愛い奴なんていません。1-6

「おぉ〜ッ!!やってくれるか?立花ッ!?ん?立花??」


山中(やまなか)は手を挙げた生徒に反応し、声色明るくパッと葵の方を見ながら喜んだが、途中で異変に気づいたのか、不思議なことが起こったかのような反応をした。


そして、山中だけでは無かったのか、クラスの誰もがこれを不思議に感じ、ざわざわとざわめいていた。


「や、やってくれるのは嬉しいんだが、珍しいなッ!?なんか、先生妙な気分だぞ?」


(クソ…山中め……、ただでさえ恥ずかしいのに……。)


山中は何故かニヤケながら葵にそう言い、女子が1人立候補していて、更に山中の口から同性でもいいぞと言われた後という最悪のタイミングで手を挙げ恥ずかしさMAXの葵はそういった山中の態度はイラつきを感じていた。


「なら、やめます。」


葵は自分がそういった状態だと嫌でも悟られたく無かったため、いつも以上に冷静に真顔で冷たく言い放った。


「ま、待った!待って!!やってくださいお願いします!!」


葵の真実味のある行動は大和を焦らせ、教員にあるまじき、生徒に敬語で謝罪し頼み込むという行動を取らせた。


「なんで?立花が……?」


「もしかして、橋本(はしもと)さんの事?」


「あぁ〜、立花みたいな男って意外とあぁゆうの大人しい系好きそうだもんね。」


葵が立候補したことにより、様々な私語が飛んでいたが特に葵はそういった根も葉もない噂みたいなのが大嫌いだった。


そして、葵はそんな話し声がした方に視線を軽く向けると、分かってはいたが案の定葵を嫌っている女性が明らかな悪気を持ってそういった話をしていた。


もちろん、腹はたったが、特に葵はアクションは起こさず、そんな事よりも早くこの恥ずかしい状況が終わって欲しいとそれしか考えられず、黙って目を閉じ、腕を組みながら時間が過ぎることを願った。


山中はこれ以上葵の癇に障るような事はせず、セカセカと実行委員を決める会議を閉めるように話し始めた。実行委員は一応、黒板に男子実行委員という文字の下に立花 葵の文字を書き入れ、山中に一言「席に着いていい」と指示を貰うと二人とも席に戻って行った。


「ど、どうした?葵……。好きなのか……?」


山中がクラスに向け軽く話す中、大和は葵の行動が気になって仕方なかったのか、自分から先程勧めておきながら、葵に小声で訪ねた。


「はぁ……、お前もか……。」


葵は目を開ける事は無く、ため息をひとつつき、依然としてふてぶてしいような態度で大和に呟くように答えた。


もちろんその質問はしたくて当然だとは思ったが、今はそっとしておいて欲しく、大和に聞かれるのは少し残念な気持ちがあった。


「そんなわけないだろ……。てゆうか、それがないのはお前がよく知ってるだろ?」


「だよな……。でも、だとしたらなんで?橋本さんと絡んだ事無いよな?」


葵からそう答えられ、確かに葵が恋愛感情で立候補したとは考えづらかったが、だとしたら何故、立候補したのか理由が分からなかった。


大和の知る限り、葵は面倒な事はやりたがらないし、それが自分にとってまるで興味の無いことだったらそれをやる事など有り得ないほどだった。


それ故に、大和は葵がなんで立候補したのか考えれば考えるほど分からなかった。


「まぁ……、気分だ……。後、それに……。」


葵は答えずはそうにしながら誤魔化して答えた後、声の音量を少し上げ、ある程度、クラスの人間に聞こえるような音量まであげ、大きく息を吸って続けて話し始めた。


「なんか、今回の実行委員は仕事的には楽らしいしな。

何やら、前回の実行委員で仕事量が多いことが問題に上がって、面倒な雑務は自分のクラスメイトにぶん投げられるらしいしな。」


葵の狙いは上手くいき、葵の声が聞こえた生徒は再びざわめき、葵の話題から実行委員の雑務の事の話題に逸らすことが出来た。


そして、生徒達は山中へと視線を向け、山中に視線が集まった。


「ん?あ、いや!待て!立花ッ!!」


山中はスグに異変に気づき、葵の発した言葉も聞こえていたため、自分に不利な状況になったとスグに理解した。


そして、葵に抗議しようと葵の名前を呼び、彼に視線を向けた。


山中に名前を呼ばれた葵は今まで瞑っていた目を開き、山中の事を真っ直ぐに見つめ、口パクでゆっくりと「やめる」と口を動かすと、山中はスグに態度を改め、抗議をすること無く大人しく意見を取り下げた。


「ま、まぁ……、やってくれるわけだろ?みんな協力してくれよ?」


「ふっざけんな、聞いてない!」


「立花が実行委員ってアイツ容赦なく雑務俺らに放るぞ?」


山中は宥めるように生徒に伝えたが、一気にクラスは騒ぎ始め、女子は文句を山中に言い始め、葵と交流のある男子は葵の事をよく知っているため、友達であろうと無かろうと容赦なく仕事を振ってくる事が容易に想像出来、明らかに焦っていた。


「な、なぁ、葵。俺は部活あるから……さ?」


騒ぎ立つクラスの中、大和はいち早く行動し、葵に遠回しに仕事を振らない事をお願いした。


しかし、そんな大和に他の男子はスグに気づき声を上げた。


「あ!ズリぃぞ!大和!!立花、俺もバイトあるから、ね?」


「あ、あぁ!俺も、俺も!他校の彼女がさ、放課後は勘弁してくれよ?」


大和に便乗し、葵の近くの席にいた男子は次々と葵に情けを求め、葵の性格上、一切関わりを持たない女子は山中に文句を言いつつ、横目でその光景を観察していた。


「無理だな。立候補しなかったお前らが悪い……。それに根元(ねもと)、お前の彼女違う男とこないだ歩いてたぞ?」


「え……?」


葵は懇願するように情けを求めてきた彼らにキッパリと言い放った後、彼女自慢を含み懇願してきた根元には辛い真実を突きつけた。


根元は葵の言葉に衝撃を受け、声を零したまま固まってしまった。


「あ、ごめん。それ、俺も見た。」


「わり、俺も……。」


葵の言葉に大和も反応し、謝罪しながら根元に伝え、もう1人の男子も見かけた事があり、申し訳無さそうに伝えた。


根元は彼女自慢をしたつもりが思わぬ形で衝撃な事実を聞き、完全に項垂れ、ショックを隠しきれない様子だった。


「と、とにかく。お前ら!実行委員の指示に従って、橋本も立花も頑張ってくれ!はい、それじゃあこの話終わりッ!!」


葵達が別の話題で話していると、山中はうるさくなったクラスを力づくで沈めるように大きな声でクラスを制し、無理やりこの会議を終了させた。


山中の強引さに生徒はブーブーと愚痴を呟いていたが、山中は教材を開き授業に入ったため、生徒もこれ以上不満をぶつける事が出来ず、仕方なく授業を受けていった。


だんだんと静かになっていくクラスの中、葵はどうしても1人の人が気になっていた。


その人は同じ実行委員になった美雪(みゆき)であり、美雪に視線を振ると、偶然か美雪も葵の事を見ており目が合ってしまった。


葵は目が合った事に気づき、勢いよく目を逸らし、教材を開き誤魔化した。


(ッ!なんで俺がこんな恋愛初心者のウブな少年みたいな態度取らなきゃいけないんだッ!!)


葵は先に目を逸らした事に敗北感を感じながら、自分の情けなさを悔やんだ。


◇ ◇ ◇


山中が授業を始め、今まで騒いでいた生徒も1人ずつ授業に集中していく中、1人、勉強をする姿勢を保ちながらもまるで集中出来ない人が1人いた。


それは、先程女子の修学旅行の実行委員に決まった橋本 美雪(はしもと みゆき)だった。


(なんで……、立花(たちばな)君が立候補してくれたんでしょう……。)


美雪はずっとどうして葵が立候補をしてくれたのか分からず、疑問に思い、考えても考えても答えは出ず、自然と葵の方へと視線を向けた。


すると、葵もこちらに視線を送っており、偶然に視線が合った。


しかし、目線が合うと葵は何故か、スグに視線を外されてしまった。


(あ……、逸らされてしまった……。)


美雪は少しガッカリしながらも、観察しようと彼を見ても何も分からなかった。


すると朝、登校時に言われた友達の晴海(はるみ)の言葉が頭に過ぎった。


「もしかしたら男子が立候補しちゃうかもよッ!?っか……。いやいや、まさかね〜……。」


美雪は晴海の言葉を否定しながらも、ニヤニヤとしながら思わず独り言を呟いた。


美雪は思わず授業にニヤケてしまった事に気づくと、パッと口に手を当て、一息つくと再び黒板の方へと視線を向けようとすると、今度は違う人と目が合った。


それは、美雪の左斜め前の席に座る二宮 紗枝(にのみや さえ)だった。


美雪は一瞬ニヤケていた所を見られたと思い、一気に恥ずかしくなり、何故か軽くお辞儀をし今度は自分が目を背けたくなったが、紗枝は別に美雪に引いている様子や変な人を見るような視線ではなかったため、美雪も恥ずかしい思いは薄れていった。


そして、紗枝は話したい事があるのか、席も近いこともあって美雪に話しかけていた。


「あの、橋本さん。えっと、後でお話したい事があるんですが、次の休み時間、いいですか?」


「あ、え、はい。大丈夫です。」


美雪はまさか話しかけられるとは思っておらず、クラスでの友達を切望している彼女にとっては体が浮き上がるほど嬉しく、思わず声もうわずってしまった。


おそらく、実行委員についての話だとは分かってはいたそれでも、美雪にとっては貴重なクラスメイトとの会話だった。

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