俺より可愛い奴なんていません。1-4


立花 葵(たちばな あおい)は昨日の東堂(とうどう)等から襲われた事で今日はいつもよりも憂鬱に学校へと登校していた。


元々葵自体が朝が得意なわけでは無く、いつもテンションは低かったが、今日は機嫌も良くなかった。


教室に入るといつも通り朝ならではの騒がしさがあった。


葵は机に向かう途中、友達から挨拶をされたり、自分からしたりしながら歩いていった。


そうして、葵は自分の席につくと一息つき、カバンから次々に教材を出し、机の中へとしまっていった。


葵は眠気を感じ、半ばぼぉ〜っとしながら手を動かしているとふと前の席が目に入った。


「まだ、部活終わってねぇのか……」


葵は小声でそう呟き、友達である神崎 大和(かんざき やまと)の席を見て、彼の不在を確認した。


葵からしたら考えられない、いつも朝から元気に登校してくる彼が学

校を休む事はあまり無かったため、彼のバレー部の朝練が若干押しているんだなと簡単に推測を立て、葵はそれ以上考えるのをやめ、1限目の準備に取り掛かった。


「ん?」


葵がカバンに再び手を突っ込むと黒い中の見えないようになっているビニール袋が手に当たった。


(あぁ〜そういや、ちょうどいいか)


葵はそれに気づくとカバンからビニール袋を取り出し、前の席へと手を伸ばし、立ち上がること無くそれを大和の机の中へと押し込んだ。


(いい友人を持ったな、大和)


葵は心の中でそう呟くと大和の席から目線を逸らし、朝の準備に戻った。


葵が大和の机の中に入れたのは昨日コンビニで買ったかなりハード系なアダルト雑誌であり、処理困った葵の完全な押し付けだった。


葵がひと仕事終えたといったように達成感に浸っているとそんな彼にある声がかかった。


「立花君! おはよ」


葵はその女性の声に反応し、声のした方へと視線を向けた。

すると、そこには二宮 紗枝(にのみや さえ)の姿があった。


「あぁ、二宮か、おはよう」


二宮の明るい声とは裏腹に葵は低い声で挨拶を返した。


その声は受け取る相手にとっては冷たい挨拶に感じるようなそんな素っ気ないような雰囲気を纏っていた。


もちろん、二宮はそんな声から自分があまり歓迎されて無いと感じつつも葵に続けて話しかけた。


「あ、あのさ! 今日にね、ウチのクラスも修学旅行の実行委員を決めてくらしいんだけど、ウチのクラスからは是非とも男女1人ずつの立候補で決めて欲しいってウチの担任から言われてね……」


二宮は最初は元気よく話していったがどんどんと声もちっちゃくなり、自信なさげに葵に用事を伝えていった。


そんな二宮を見て、クラス委員だという理由だけで担任から雑用までも押し付けられ大変だなと人事のように思いつつ、二宮の話を聞いていた。


「も、もし良かったら、立花君にやってもらえないかな〜って……」


二宮はやっと葵に1番言いたい事を言え、最後の方は力が抜けたような様子で話し終えた。


そんな二宮を見て、葵はいつもなら女子を適当に冷たく足らっていたが、何故か今日はそんな二宮を不憫に思い、嫌いな女子だからといってそういった態度を取ることを躊躇った。


(可哀想に、ただ学級委員だからという理由で雑用押し付けられて、嫌な奴の俺になんかまで話しかけてくるなんて……)


葵はそう心の中で彼女を憐れんだ後、ゆっくりと答え始めた。


「悪いけど、俺は出来ない」


「え?あ、あぁ、そうだよね。ごめんね」


いつも不機嫌に嫌悪感を相手に与えるほど冷たく接しられる葵から素直に謝罪まで入れられ断りを入れられた事に二宮は一瞬驚いたが、スグに我に返り、葵に気を使うように答えた。


「それに、山中(やまなか)先生(葵や二宮達の男性の担任の先生)に男女で出して欲しいって言われたなら俺は立候補しない方がいい。

仮に先に女子が誰か立候補していたとしても多分その立候補を取り下げられる」


葵は自分の態度のせいで女子から良いように思われていないのは言われるまでもなくよく知っていたため、冷静に丁寧に二宮に伝えた。


「う…い、いや! そんなことッ……」


「やめた方がいい。他にも当たってない男子がいるならそっちを当たった方がいい」


二宮は葵の言ったことを社交辞令か本心かは分からないが否定しようとしたが、葵はそんな二宮を遮るようにして諭すようにしてそう言い放った。


「そっか。うん、わかった。ごめんね、ありがとう」


葵の言葉に二宮はこれ以上、この話を葵に進めることをやめ、素直に葵に従い、彼女はその場から離れていった。


葵はそんな彼女を見届けると、再び朝の準備へと戻っていった。


(悪い奴じゃないってのは分かってるんだけどなぁ……。)


葵は自分の事で全ての異性に嫌悪感や嫌な態度を取ってしまう自分をその時だけは少し嫌に感じた。


◇ ◇ ◇


二宮との一件が終わり、その後にスグに「ヤバいヤバい」と呟きながらダッシュで教室で駆け込んできた大和と少し話すと、担任である山中が今日室へと入ってきた。


担任が入ってきたと同時に教室で立ち話なんかをしていた生徒はそそくさと自分の席につき、全員が席につくとその流れのまま朝の会が開かれていった。


いつも通りに号令がかかり挨拶をし、出席をとり、朝の連絡事項を山中は伝えていった。


山中は生徒の半数がおそらくどうでもいいと感じるような連絡事項を伝え終えた後、今度は誰もが関係する連絡事項を伝えた。


「えぇ〜と、知ってる奴もいると思うが今日の放課後までにこのクラスから2人、修学旅行の実行委員を決めてもらう」


山中の言葉に教室はざわつき、落ち着きのない雰囲気が流れた。


「他のクラスで聞いた奴もいるだろうが、今回の実行委員は別に男女1人ずつって訳じゃないんだ。

立候補せいにして前年度決まるのが遅くていろいろ予定を押した事も考慮して、今回は男子2人や女子2人でもいい事になってる」


山中の言葉に更に教室はざわつき、今度は静かに聞いていた葵にも


「やっぱり」だの「最高だね」という声が聞こえてきた。


「はいはい!落ち着け〜。それで今回はどのクラスも同性で実行委員になるクラスがほとんどだ」


(同性ありなら二宮の話断んなくても良かったな…………ん? でも二宮は山中が男女でって……)


山中の話を聴きながら葵はそんなことを考えていると山中は続けて話した。


「だが! 今回、ウチのクラスではそれは認めない。男女できちんと1人ずつ上げてもらう」


「えぇ〜!? なんで〜?」

「他のクラスはいいじゃん!」


山中の言葉に生徒達はいち早く反応し、友達とやろうと思っていた者達は次々と文句を言い始めた。


「なんでもクソもあるか。本来そうあるべきなんだ、とゆうか、菅生(すごう)先生を見返したい!」


「知らね〜よ!!」

「先生の単なる個人的理由じゃん!!」


山中の本音に生徒達の不満は更に高まり、大ブーイングが起こった。


山中と2年生の学年主任を務める女子教員の菅生は反りが合わず、山中が反対意見を唱えても、基本的に優れている菅生に負ける事が多かった。


その事から何かとあると山中は反発し、強い敵対心を持っていた。


そして、どこか頼りなく隙だらけな山中はそういった教員同士の裏事情を駄々漏れにし、生徒にまでそれは認知されていた。


(めちゃくちゃだな、山中……)


生徒達のブーイングを受けても尚気にせず、フツフツと何か菅生に対する闘争心を燃やしている様子の山中を見て、葵は呆れた言葉しか出てこなかった。


「まぁ! とにかく!! ウチのクラスには頑張って貰いたい! 先生、出来るって知ってる!! 男女の中もウチはいい方だと思う!」


「無理だよ! 他のクラスだけズルいよ〜」


山中のまだこのクラスをもって1ヶ月と経ってもいないのに出てくる謎の自信にクラスはテンションが明らかに下がった様子で答えた。


すると、1人の生徒は悪知恵を働かせ、ある作戦を提案し始めた。


「実行委員ズルズル決めずに決めなきゃいけない予定日までいっちゃけば諦めるんじゃね?」


「おぉ〜!」

「いいねぇ!!」


「おい! ちょっと、待て!! 駄目! それはそれでクラスから実行委員2人決めることも出来ないんですか? って嫌味言われる!!」


悪い作戦を提案し、再び湧き上がるクラスに今度は山中が必死になってそれを阻止しようとし始めた。


「ちなみにお前ら、決まらなかったら俺が請け負ってる数学の時間にもこの話をするぞ〜。

授業そっちのけでまずはそれを決める。幸いな事に今日の1限目は数学だしな」


山中は授業放棄だと言われても逃れられないような事を言い出したが、生徒達はそれを別に自分達にとって悪い事だとは思わなかった。


「え? なら、授業も潰れてラッキーじゃん!? 益々ズルズル引き伸ばせば、数学何時間か潰れるし」


生徒達はさらなる悪知恵を働かせ授業を何時間か潰せる事に喜んだが、そんな生徒達を憐れむように見ながら、何処かこのくだらない口論に勝ち誇った表情を浮かべ山中は呟いた


「ほぉ〜ん。いいのか? そんなことして……。ウチのクラスの一学期の数学は赤点続出だな。テストの範囲は変更しないからな〜」


「汚ねぇぞ!! 補講するか、テスト簡単にしろ!!」

「そうだ! そうだ!」


山中のあまりの横暴さに遂に生徒は暴徒化し、大反抗を起こした。


(学級崩壊じゃねぇか………)


そんな地獄絵図のような様子を他人事のように傍観しながら、葵は心の中で呟いた。


「ともかく! 今日の1限目で決めよう! お互いのために! とりあえず、解散!! 朝の会終わり!」


山中は騒ぎ立つクラスに大声で全員に聞こえるよう言い放つと一方的に朝の会を閉め、山中が1度教材を取りに職員室に戻るため、逃げるように教室から出たことでひとまずその場は収まった。


しかし、不満はまだ溜まっている様子なのかチラホラと愚痴をこぼす生徒達が多く見つけられた。


「はぁ〜、やべぇな葵」


朝の会が終わり10分程度の休憩時間になると前の席にいた大和が体を後ろに向け話しかけてきた。


「まぁ、別に俺はどうでも……」


「葵はいいよな、頭悪くねぇし……。俺は赤点なんて取った日には戸塚(とづか)先生(大和が所属するバレー部顧問)に殺される」


「あぁ、部活出れなくなるからな」


桜木高校は、赤点を取ったものは放課後に補講があったため、部活に出ている者は必然的に練習に出れなくなってしまっていた。


「とゆうか、山中はアレでよく教員になれたよな。訴えられたら100%負けるぞ?」


葵は呆れながら呟くと流石の大和も何も言えず苦笑しかできなかった

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