俺より可愛い奴なんていません。1-2
中鶴駅、大通り。
夜の10時ということもあり、まだまだ夜はこれからといった様子で人々が多く行き交い、大いに賑わっていた。
「はぁ、はぁ。こ、ここまで来ればもう……」
東堂(とうどう)らから立花 葵(たちばな あおい)を助け出し、この人通りの多い大通りまで逃げてきた橋本 美雪(はしもと みゆき)はかなり息が上がっているおり、両足をそれぞれ手で抑え、項垂れた様子で呟いた。
先程のいざこざがあった場所とはそこまで離れてはいないが、先程の場所とは違い、開けた場所で多くの人が行き交っていたため、流石の彼らもここでは襲えまいと美雪は考えここまで葵を連れてきていた。
「だ、大丈夫ですか?」
美雪は葵を気遣い、まだ息が上がっていたが葵に話しかけた。
「あ、はい、大丈夫です。助けて頂いてありがとうごさいます。」
葵は一応、いつも女装をして人を騙している時と同じように声を作り、お辞儀をしながら丁寧にお礼を伝えた。
葵のその凛としたただずまいは何処かのお嬢様かと思えるほど、品を感じられた。
「よ、良かったです、何もされなくて……」
美雪は葵を前に緊張している様子で会話をしていた。
「はい、本当に……。こちらこそ巻き込んでしまってすみません」
「あぁ、いえいえ、だ、大丈夫です」
葵がシュンとした様子で呟くように伝えると何故か美雪は悪い事をし
た気分が湧き上がり、スグに葵を気遣うように答えた。
「でも、ホントに良かったです……」
美雪は緊張が溶けたのか張っていた気が緩み、安心した様子で呟き、初めてそこで表情も緩んだ。
(やっぱり、怖かったよな……)
あの先程の状況で凛々しく振舞っているように見えた彼女が初めて見せる表情に葵はそこで初めて考えたら当たり前のような事を再確認していた。
そこまで怖い思いをしてまで助けてくれた彼女に葵はここで初めて、申し訳ないという気持ちと感謝の気持ちがふつふつと湧き上がっていた。
「あ、あの! もし、良かったらそのお礼を……させて欲しいんですが……」
(ッ!何言い出してんだ!?俺は…。)
美雪のホッとしたその表情を見た葵は何故か普段は絶対に女性にこんな事を言うことが無い言葉が自然に出てきていた。
葵自身もそんな事を口走る自分に驚きつつ、美雪の返事をジッと待った。
「え? いや、そこまでしてもらうほどの事では……」
美雪は一瞬驚いた表情を見せた後、謙遜した様子で両手を前に軽く突き出し、身振り手振り答えた。
(断ってくれたか……、てゆうか、さっきのアイツらとのやり取りで男だってバレてるだろうし…。そりゃあな……)
断りをいれようとしている美雪に言い出した葵は内心ホッとしていた。
「そうですか……、残念ですけど……ホントにありがとうごさいました」
葵は深々と頭を下げ、最後にもう一度感謝を伝えた。
「あ、いえいえ、大したことではありません」
そうして、葵はこれで彼女が帰れば自分も彼女と別れようなどと考えていると、美雪の方から再び話しかけられた。
「こんな事聞いたら失礼かと思うのですが、男の方……ですよね?」
美雪は聞きづらそうにしながら、葵に訪ねた。
葵は心の中でやっぱりなと思ったが素直に答えることにした。
「……やっぱりバレてるよな……。あぁ、男だ。」
葵はようやくそこでいつもの女装での接し方をやめ、男としての接し方で美雪に答えた。
「やっぱり気持ち悪いか? 男が女装なんて……。安心しろ、もう行くから……」
葵は少し残念に思いながらも、美雪の反応を見ること無く話続け、本当は彼女から離れるまで自分から別れを告げないと考えていたが、美雪に別れを告げ、この場から去ろうとした。
「あ、いえ! 気持ち悪いだなんて……、凄いステキです」
「は?」
「確かに珍しいですけど、綺麗ですよ?」
葵の予想していた言葉とは裏腹に、美雪は真顔で葵から目を離さすこと無く自分の気持ちを伝えた。
葵は今まで女装だと明かしてから褒められた事など無く、全く想像もしていなかった言葉をかけられ驚き、思わず声が漏れた。
葵は、雰囲気を悪くしないためのその場しのぎの気遣った言葉かと思ったが、美雪の表情と彼女の雰囲気からそうとは考えられなかった。
「普通は、気持ち悪がるぞ?」
「気持ち悪くないです。女装だと知ってもそれを忘れさすぐらいに綺
麗です。初めて見た時はホントに芸能人かと思いました」
美雪は先程の事件から間もないため、まだ興奮が冷めてないのかいつもの人見知りが見る影も無く、饒舌になっていた。
(変な奴……。)
葵は初めてのリアクションを受け、少し動揺しながら美雪の事を不思議に思いながらも、いつもの優越感とは違った嬉しさを感じた。
「まぁ、綺麗なのは知ってる、芸能人じゃ無いけど。ありがとな」
葵は何故か急に恥ずかしくなり、照れ隠しするように気取るように答えた。
「それじゃあ」
葵はそう言って今度こそ美雪にそう言って別れようとした。
美雪も首を軽く縦に振り短く返事をするとそれを見た葵は振り帰り歩き出した。
(なんか、久しぶりに男子と喋った気がするな……)
自分の帰る方向へ帰る葵の後ろ姿を美雪は見ていると、共学の学校に通っていたのにも関わらず、長い間男子と会話をしていなかった事に気がついた。
そして、ふと先程コンビニで読んだ雑誌の文字が頭に過ぎった。
(友達……)
美雪にその2文字の言葉が過ぎると美雪は自然と片手が上がり、葵に向けて言葉を発した。
「ちょっと待ってください」
美雪の呼びかけに葵は素直に応じ、美雪の方へと振り返る。
葵に振り返られると美雪はその後に何も考えいなかったため少し焦った。
そして、彼女は彼女の悩みの克服を兼ねて葵に話しかけた。
「あ……、えっと……、なまえ……名前教えてください!」
美雪は何か話しかけようと必死に考えた結果出てきた言葉はそれだった。
葵はもう二度と合うことも分からない相手の名前を何故知りたかったのか一瞬不思議に思ったが、美雪に教える事にさして抵抗もなかった。
「葵だ。立花 葵」
美雪は勢い余ってやっちまったと葵の顔も見れず、若干自己嫌悪に陥っていたが、素直に教えてくれた葵を嬉しく思い、顔をあげそこで初めて笑顔を浮かべ葵を見つめた。
「わ、私は橋本 美雪です!」
美雪は笑顔で葵に答えるとそれを見た葵もフッと軽く微笑み、「それじゃあ、今度こそ」と答えると再び振り返り、美雪のいる方向とは真逆の方向へと歩き出した。
「立花 葵……。フフフ、また会えると嬉しいな」
美雪は反対方向に歩き出した葵の後ろ姿を見ながらそう呟くと、自分も自分の家の方へと歩き出した。
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