仁科君09
佐多さんに言われてから、色々考えたけど、やっぱり怖くて、鈴木のところに行けない。無理。もう素直に嫌ってくれてたほうが安心する。なんていうか、今までふんわりと信じていた「ともだち」みたいな共通の認識をぶち壊された感じがして、今となっては自分たちの関係がなんだったのかすらわからない。どんな顔をして鈴木に会えばいいかすら、よくわからなくなってしまった。自分はけっこう、鈴木のことをいい友達だと思っていた。でも向こうは友達とは思っていなかったのかもしれない。そう思うと、なんか怖いなぁって。正直けっこう、落ち込んだ。
ぼくは友達を作るのが得意じゃない。自分から、すでにある輪の中に飛び込んで行くことができない。いつも周りの反応を伺いすぎて、考えすぎて、自然な行動ができない。でも鈴木は、そんなぼくに話しかけてくれて、普通に接してくれた。そのことが嬉しかった。正直部活でうまく行かなくなってから、みんなに微妙に避けられている気がして、怖かったのだ。
いじめとかではない。ただ、友達とか、仲間、の文脈の外の人。というレッテルを貼られた感じがした。積極的に外されたり、からかわれたり、バカにされたりするわけではない。外部の人。と固定化されてしまった気がして、そのことが却って辛かった時期もあった。
だから、友達ができたと思ったこと。正直、嬉しかった。誇らしかった。ありがたかった。あいつのおかげで、佐多さんに話しかけに行く勇気も出た。きっかけをもらった。今のぼくがあるのは、ほとんど鈴木のおかげなのだ。なのに。今のぼくは、もしかするとあいつにとって友達ですらないかもしれなくて。ほとんど無価値な、他人なのかもしれなくて。
その可能性を考えただけで、心臓がずく、と痛んだ。以前は教室の中に一人でいることもそれほど苦痛ではなかったけど、今はなぜか、痛い。
昼休み、教室に鈴木が来た。佐多さんがぼくに目配せする。え、なにこれ。
「昼、一緒に食おう」
手を強引に引かれて、教室から連れ出された。一瞬恥ずかしかったけど、クラス内の誰も、ぼくたちのことなんか気にしてないように見えた。
「なに、こないだは無視したくせに」
「そうだっけ?」
そうだっけ? という言葉がほんとうに悪気なさそうで、自然なので、そうなのかな、無視されたことなんかなかったんだっけ、と思ってしまいそうになる。鈴木はどんどん階段を上って、廃校舎の屋上に通じる踊り場にぼくを連れて行った。さぞ埃っぽいだろう、と思ったら、意外ときっちり掃除されていて、きれいだった。なんでか枯れた花がたくさん放置されている。
そこに放置されているぼろぼろの机の上に、鈴木は弁当の包みを広げて見せた。おにぎりと、からあげと、ポテトサラダ。
「食え」
食べる? とか、食べよう、とかではなく、食え。だった。
え? と思ったけど、結局ぼくは自分が手にしていた母お手製の弁当を鈴木に手渡して、鈴木の弁当を食べた。普通にうまかった。ただちょっと明らかに量が多くて、全部は食べきれないかもしれない。
「その弁当どう」
沈黙に耐え切れなくなって、ぼくは鈴木に聞いた。
「ふつう」
だよな。ぼくもそう思う。母さんの弁当は、普通にうまい。
「仁科は? うまかった?」
「うまかったよ。このからあげ好き」
鈴木はそれを聞いた途端、眉根をぴしっと寄せて、複雑そうな顔をした。
「あのー、」
ぼくの声に、鈴木がぴく、と薄い耳を動かした。
「もしかしてこの弁当、こないだの詫びとかそういうのだったりする?」
「こないだって」
「首締めの件と、無視の件」
鈴木の表情はあんまり動かない。でも普段からこういうやつだから、いまいち表情で感情が読めないんだよな。よくわからないやつ。ぼくは気にしないことにして、言葉を続ける。
「お前がクラスにこなくなって、おれ、またひとりになって、そのときに色々考えたんだけど、けっきょく色々行動的になれたの、全部お前のおかげだったなぁって。お前はどうかわからないけど、おれはお前のこと、すごくいい友達だと思ってた」
屋上に通じるドアはガチガチに施錠してあって、でもそのドアにはめられたガラスから、温かい日差しが射しこんできて、宙を舞った埃がキラキラと輝いていた。
「鈴木はそうは思ってなかったかもしれないけど」
日差しが制服に直に当たって、温める。熱された肩のところの布地に触れる。学生服の硬くて重い生地。楽しかったのって、嬉しかったのって、自分だけだったのかな。ひとりよがりだったのかな。という可能性を考えると、自分の核が揺らぐみたいで、怖くなる。細かな血管が収縮して、体が冷える。
「お前は鈍いから」
鈴木が言った。
「なんも考えてなさそうでいいな、って思うこともある。いいなっていうのは、いい気なもんだなっていう意味と、普通に印象として、いいやつだなって。二つの意味があって、両方」
「ごめんな、おれ確かに昔から、すごい鈍くて、それで何回もトラブルになったことがある。あんまり得意じゃない。人間関係。こないだ鈴木と佐多さんに言われて、思い出した」
「そうやってすぐ謝るとことか、偽善ぶっててうざいけど、俺は好き」
ぽろって。ぼくの箸の先から、からあげが地面に転げ落ちた。衣が薄くて味がしっかりついてて、しょうがの効いた、塩からあげ。色が薄くて食べやすくて、おいしいからあげ。
鈴木は不機嫌そうに眉根をよせて、「なんだよ」とぼくの顔を見た。
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