仁科君


 二年一学期、美術の主な課題は立体パズルだった。これが結構難しい。あんまり単純すぎてもすぐに終わってしまうし、かといって難しそうなのは完成する気がしない。ぼくはスヌーピーが家の上に寝ころんでいるところに、チャーリーブラウンが何か話しかけたそうにしている図案をパズルにすることにした。



「あと一回でこの課題は終わりだけど、作業が間に合わなさそうな人、今日の昼休み美術室開放するから使ってもいいよ」


 美術講師の鎌田が言った。こういう副教科の担任は、非常勤なんだっけ。先生同士にも力関係とかあるのかな。そのとき、ぼくの脳裏に素敵なアイデアがひらめいた。



 佐多さんは几帳面だから作業が遅い。もしかすると昼休み行ったら会えるんじゃないか。大して作業に後れを感じていないけど、ぼくも美術室に行けば、あわよくば佐多さんと。ふたりきりはないにしても、ゆっくり話せるかも。昼食もそこそこに、ぼくは美術室に向かうことにした。




 ぼくの読みは完璧だった。まぁクラスのほとんどが居残ったから、そら当たるだろうなって。馬鹿みたいだな。



 黙々とベニヤ板を切っている佐多さんに思い切って話しかけてみた。

「何作ってるの?」

「地球」

 地球。球体とかたぶんめちゃくちゃ難しい。なんでそんな難しいことをしようと思ったんだろう。勇気あるな。かっこいい。佐多さんがあまりに真剣なので、ぼくはそれ以上話しかけられなかった。



 そっと佐多さんから離れて、鎌田の近くに群がっている一軍に目をやる。鎌田は狐みたいな顔をしていて、どう見てもイケメンからは程遠いと思うんだけど、妙に生徒に人気があった。最近の先生はすぐに生徒を甘やかすから、とかって年配の先生に嫌味を言われているのを聞いたことがある。実際鎌田が誰かを怒っているところ見たことはなかった。


 なんか人気取りに必死って感じで、嫌な感じだ。




 ぬ、ってぼくの隣にいつの間にか誰か座っていた。見たことない奴、他のクラスのやつかな。黒くてまっすぐな髪。髪が妙に長くて女みたいだと一瞬思った。でも姿勢が悪いだけでがっちりしてる。


「お前もあいつ嫌いなの? 気が合うじゃん」

 野菜ジュースのパックを振りながら言った。

「俺もあいつのこと死ぬほど嫌い」

 え、とぼくの喉から間の抜けた声が漏れた。

「誰?」

「仁科って言うんだ。へー、」

 ぼくの質問には答えず、名札を勝手に読まれてすこし腹が立った。そのうえこいつは名札をつけていない。イライラが加速する。

「お前名札は?」

「わからん。どっか行った」

「どっかって」

「仁科は佐多のことが好きなの?」


 心臓が凍り付くかと思った。



「え、なんで」

「気持ち悪い視線をずっと送ってたから。その感じだと佐多も気づいてるんじゃない?」


 気持ち悪い、と言われたあたりからあんまり記憶がない。


「おもしろいね、仁科」


 に、と笑ったそいつの唇が妙に赤くて、やだなぁって思った。

 今思うとトマトジュースの色だったんだろうなー。

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