第11話 温泉へ、行く。

 往復1時間の冒険から帰ると、ちょうど時刻は午後5時になっていた。


「温泉、行くどー!」 


 スマホでナビを設定し(車のは地図が古すぎて当てにならなかった)、早速車に乗り込んだ。




 ******



 

 キャンプ場から温泉までは、山道をアップダウンしながら車で20分ほど。

 平日にも関わらず、駐車場はかなり埋まっていた。

 温泉の利用料は券売機で支払う方式で、受付に渡せばいいという。


(市民割は、っと……あった、これか)


 昼間用のチケットは売り切れランプがついていたので、買い間違いの心配もなさそうだ。

 財布にチケットをしまうと、早速「ゆ」の暖簾をくぐる。

 脱衣場のロッカーは全て鍵がついていた。

 硬貨を入れる必要もないのが、なかなかありがたい。

 朝からずっと束ねていた髪を解くと、少しすっきりした気分になる。

 服を脱ぎ、タオルを取り出そうとして気づいた。


(替えの下着、車に忘れた……!)


 トートバッグの中には、タオル類を入れていた袋と、洗濯物を入れる袋しかない。

 出発直前にしていた荷物あさりで、出しっぱなしにしていたのを失念していた。


(重量で気づく……わけないもんね……はぁ……仕方ないか……)


 いまから取りに戻りたくもないので、諦めてロッカーに鍵をかけた。




 ******




 外観でもなんとなく察してはいたが、あまり浴場も広くはない。

 ただし、露天も内風呂も人は多くなく、くつろぐことはできそうだった。

 なんとなく奥側のシャワーに陣取り、体を洗う。


(うひょー……お湯、いい……おゆ、きもちいい)


 シャンプーとリンスは椿のエッセンス入り。

 やわらかい花の香りが、泡を立てるたびに鼻をくすぐる。


(んー……いいわぁ……売ってたらほしいくらいねん)


 ちょっと20代半ばくらいのグラマラスなお姉さん的なノリになってしまったが、ここまでずっと砂や岩と戯れていればおかしくもなる。

 だって、いい匂いするんだもん……!

 体の泡を洗い流し、髪を軽く絞って束ねる。

 家なら適当にまとめたり、最悪タオルを使うのだがここは温泉。

 そこは多少気を使わねばというか、人目をむしろ気にする。

 ちょっと時間をかけてお団子ヘアにしてみた。

 少し不格好かもしれないが、これで良いやと席を立つ。

 行き先は露天風呂だ。




 ******




 白く湯気が立ち上り、竹垣の向こうには山々の連なりが見える。

 さらにその後ろから、夕日が別れを告げようとしていた。


(いい眺め……)


 このまま湯船に入らず眺めていたくなったが、あいにく今は裸である。

 男子ならともかく、突っ立っていたらどう考えても風邪一直線だ。

 早速湯船に入りつつ、景色を拝む。


(はひゅるほひー……)


 うっかりすれば本当にこんなことを口走ってしまいそうなほど、体も心も弛緩していた。

 だんだん眠くなってきて、頭が少し下を向いた。

 妹より少し大きい程度の、平均よりも小さな自分の胸がいやでも目に入る。

 せめてもうちょっと育ってほしいなと、目立たないようにマッサージをしていたのは、ここだけの秘密である。



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