第10話-1 おさんぽ前半戦

(片付けも終わったし、例の滝でも行くか。その前にお手洗い行こう……)


 男女共用とはいえ、ウォシュレットがついているのはありがたい。非常に高得点である。

 中に入っても、しっかりと清潔感が保たれており、消臭も問題なかった。


「うわあ、すごい……」


 欲を言えばごみ箱に蓋がついていると更に良かったのだが、ここはホテルではなくキャンプ場なので、そこは目をつぶることにした。

 多分女子トイレには蓋つきのごみ箱があるのかもしれない。

 和式なので使う気にはなれないが。

 用を済ませて外に出ると、地面の黒い粒がいくつか目に入った。


(マジか……うひゃー)


 しかし空を見上げてみれば、まだ雲は厚いものの、本格的に降り出す気配はない。

 すぐに行って帰ってくるだけなら、滝を見に行くことくらいはできるだろう。


「あ、そうだ。写真でも送るか……」


 流石に地元が特定されると非常にまずいので、ネットの海に放流はせず、DMで一方的に送り付けてみる。

 相手は、言うまでもないだろう。

 とりあえず、川の写真をパノラマ風に。


『こっそりとお見せします(笑)』


 向こうは恐らく仕事中だというのに、数分程度で返信が来た。


『おお、川が綺麗だな。いいところだね』


 もしかして、暇なのだろうか。

 いや多分こっそりとやっているんだろうな。そういうことにしておこう。

 休みで単に家にいるだけかもしれないし。


『気がついたら管理人さんが消えちゃって、ほったらかしキャンプ場になっちゃってます(笑)』


 今度はキャンプ場の看板を添えてみた。


『ここか。チェックアウト時間が良い感じだから、うちも候補にしてたりするんだよね』

『来られたことってあります?』

『いや、ないw だからユッキー、レポートよろしくな(笑)』

『はーい。了解しました!(`・ω・´)ゞ』


 DMでのやり取りを終え、さっそくキャンプ場を発つ。

 地図の通りしたがって進むと、お手製の看板が見えた。


「滝はここを左!」


 ご丁寧に左向きの矢印つきである。


(なる、ここね。……って、えっ!?)


 その先には、道がなかった。

 正確には、小さな崖崩れがあった。

 足元はぽっかりと空いており、その向こうにやや古そうなトラロープが張られていた。


「ここ下れ、ってこと……? クライミングなんて初めてなんですけど……つーか今の恰好じゃ無理だよね……」


 しかしその先にめざすものがあるならば、どんな困難があっても立ち向かわねばならない。

 意を決して、私は跳んだ。

 身体が描く放物線が下向きになり始めたタイミングで、ロープに手を伸ばす。

 が、上手く掴めない。

 そればかりか斜面に墜落してしまい、その勢いで滑落してしまう。


(やばい!! これ死ぬ下手したら!!)


 必死にロープにしがみついて、なんとかあの世行きは避けられた。

 立ち上がるために、ロープを掴み直す。

 勢いをつけて立ち上がり、斜面と直角になる。

 安定したところで下方の安全を指差し確認。


「下方安全確認よし! 降下よし! 降下!」


 1人なので、つい口走ってしまった。

 良いじゃん別に誰もいないんだし似たような事自衛隊だってやってるでしょきっと!!

 ロープのはコブがあったので、それを目安にゆっくりと下っていく。

 降りた地面は、大小の岩が転がっていて非常に歩きづらい。

 聞かされたとおり涸れ川のような地形になっていた。


「これをさかのぼればいいんだっけ。私の足なら数分くらいかな?」


 記録を兼ねて、後ろを振り返り写真を撮る。

 そしてまたDMでししょーへ。


『滑り落ちて死にかけました(笑)』


 送り付けるだけ送り付けて、冒険を再開する。

 川幅は道路で言うと、片側1.5車線分くらいはありそうだった。

 蛇行に沿って進んでいくと、水の流れが見え始めた。


「キャンプ場前の川と、繋がってるやつだよね……」


 万が一水に落ちでもしたら色々と面倒なので、岩の上でバランスを取りつつ慎重に沢を進む。

 ようやく前が開けてくると、盛り上がった岩肌の上を水が流れていた。


(これ、滝……なん?)


 後日調べてみたら「滑滝なめたき」という正真正銘の滝だという事を知ったが、それはそれである。


「どうやって登るのこれ……? あっ」


 滝の右端部分に、さっきと同じようなトラロープが。


「またクライミングか」


 さっきと違うのは、川越えをしなければそもそもあのロープまでたどり着かないという事。

 もう1つは、川を越えるには器用に石を飛んでいかないと落ちるという事。

 どうせ誰もいないしここでタイツを脱いでも良いのだが、濡れた足を拭くためのタオルはない。精々ハンカチだけだ。

 私はもう一度覚悟を決めて、川の石に向かって跳んだ。


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