第29話 アジトにて
それから、4週間が経過した。
俺たちの事件は大々的に報道されたが、今回も1週間で報道は下火となり、その時にはほとんど報道されなくなっていた。
田上で俺が逢坂や寺田たちと戦った事件はライフリングが一致したことで今までの事件と関係があると分かって捜査が行われたが、何も俺たちと関係のあるものは出てこなかった。桜は万一に備えて田上の屋敷は別人の名義にしていたらしく、持ち主は在日朝鮮人で現在は行方不明だということが分かっただけで桜のことは全く取り上げられなかった。
俺が乗り捨てたアリオンは事件から3日後にようやく発見され、盗品で事件に使われたらしいことは分ったが、それ以上のことは何も分からなかった。ちなみに俺と沙織が隠れていた空き家は調べられることもなかった。もっとも、俺が指紋や髪の毛をすべて隠滅したから調べられても何も見つからないがな。
一方、勝吾たちの方は今までの事件とつながりがあると思われたが、ライフリングも一致しないので断言はできず、今までの事件と別の事件では?という見方が広まり、今までの事件と別な角度から捜査が行われているが、やはり、捜査は難航しているらしかった。
勝吾は中学卒業後に「俺は卓球で天下を取る」などと豪語して三条市のある高校に入学したらしかったが、勝吾よりうまい人は大勢いてわずか3カ月で挫折、すぐに退学し、キャバクラで働いていたらしかった。
ちなみに勝吾の働いていたキャバクラにはヤクザの息がかかっていたらしく、小島たちもそのヤクザ組織で働いているチンピラや娼婦だと分かり、暴力団同士の抗争事件では?という線で捜査が進んでいるらしいが、もちろん、証拠はなく、捜査は暗礁に乗り上げかけていた。俺は情報を仕入れながらほとぼりが冷めるのを待ち、ほとぼりが冷めた後、いよいよ桜の本陣に乗り込む作戦を実行に移すことにした。
俺と浩香、淳一たちは登山や昆虫採集にきた若者グループを装って五頭山を捜索した。
逢坂から大体の位置は聞き出していたので桜が隠れている家はすぐに見つかった。
桜の家は登山道から離れた林の中の空き地にあり、西洋風のおしゃれな豪華な家だった。
家の周りには40人ほどの部下が警備にあたっていた。
部下たちは何も持っていないようだったが、間違いなくどこかに拳銃を隠し持っていることはすぐに分かった。
桜の家は林の中に一軒だけ立っていて周りとは孤立しているように見えたが、家の裏に道があり、そこから離れた場所に駐車場があってそこに何台も車が停まっていてそこから、道が続いていて道路に出られるようになっていた。道路に続く道はこの1本しかないようで周りはすべて森と林で歩くのも困難なようだった。
「あそこが桜の家ね。かなり派手ね。」
浩香が双眼鏡で家を見張りながら言った。その日は俺と浩香が情報収集のため、桜の家から離れた林の中から桜の家を見ていた。桜の家より高い場所は多く、攻撃を仕掛けられそうな場所はかなりあった。
「ああ、そうだな。警備の連中は外に40人くらいだが、中にもいるはずだ。桜のボディガードやコックや家政婦もな。それを全部合わせたら60人くらいはいると思う」
俺も双眼鏡で家をくまなく観察しながら言った。中にも人の気配がしていたからかなりの人数がいるのがすぐに分かった。俺たちだけだと多勢に無勢になるかもしれない。
「ええ、そうね。だけど、聖夜が考えた作戦で行けば何とかなるはずよ。やつらは普段、拳銃しか身に着けてないみたいだし、ライフルやショットガンを封じれば手はあるわ」
浩香が俺が考えた作戦を思い浮かべながら言った。
「ああ、そうだな。よし、今日は戻ろう。支度を始めないとな」
「ええ」
俺たちはひとまず退散しようとした。しかし、その時、家の中から2人の女と1人の男が出てきたんだ。
「桜」
「厚」
「「由歩」」
俺たちは同時に口に出していた。
そう、出てきたのは桜と厚、そして、あの尾長由歩だった。由歩もこの家に来ていたんだ。
桜と厚は家にこもりっきりで退屈なのか警備のやつらと話を始めた。警備の奴らは桜と厚に頭を下げ、由歩にも頭を下げた。どうやら厚はこの家では桜と同じくらい地位が高く、由歩もやはり、地位が上らしい。まあ、そうだろうな。由歩以外の桜の部下で強い奴は皆無なんだからな。
桜と厚はどうやら、俺たちの悪口を部下たちに言いまくっていたらしかった。2人が話している間、部下たちは「ごもっともです。」とバッタのようにうなづいていた。しばらくして気が済むと2人は中に入り、由歩だけが外に残った。
由歩はギターケースを手に持っていた。普通の人は分らなかったかもしれないが、俺にはギターケースにライフルやサブマシンガンを隠してあるのだとすぐに分かった。おそらく、敵が来た時、ギターケースから取り出して使うつもりなんだろう
「由歩ね。あいつもやっぱり、ここにいたのね。あいつだけは腕が立つから厄介よ。」
浩香が困った表情になって言った。
「ああ、しかし、俺たちは負けない。それに、俺には信頼できるパートナーもいるしな」
俺は浩香を見ながらいった。
「ええ、そうね。負けるのはあいつらよ。桜たちに思い知らせてやりましょう」
浩香も俺を見ながら言った。
「ああ」
俺は即答した。
俺たちはそのあと、浩香の家に戻り、淳一たちと話しながら作戦の準備を始めた。
その3日後、桜の家の大広間では大テーブルに桜と厚、それと桜の環境保護団体の幹部がつき、会議をしていた。
その時は昼食のあとで紅茶を飲みながら、桜たちは話をしていた。
「それで鴨川と中村たちのことはまだわからないの?」
桜はカピバラのような顔つきの男、名前は小倉幸夫に聞いた。
「ええ、全く手掛かりはありません。逢坂や寺田たちがやられた後、いろいろと調べてますが手掛かりはつかめません。鴨川たちにやられまくったせいで人員も不足してますし、もう、お手上げです。」
小倉は手を上げて言った。
「はい、新しい人員の補充を考えていますが、鴨川たちのせいで警察の目も光ってますし、うまくいきません。」
眼鏡をかけた高学歴そうな男、名前は武田昭が答えた。
「そうです。今はあらゆる意味で身動きが取れませんよ。今は守りに徹するしかないと思います。」
小太りな目が細い日本人的な顔立ちでない男、名前は尾花哲郎が言った。ちなみに尾花は分かる人もいるかもしれないが、在日朝鮮人だ。本名は権だ。
「ええ、本当にそうです。それにしても鴨川とかいう男、許せません。そいつのせいで私たちはこんなところに缶詰ですよ。」
髪が短いやたら明るい女、名前は鶴井清美が言った。ちなみに小倉、武田、尾花、清美が4トップだ。
「ああ、そうだよ。それに中村だ。あの野郎、寝ぼけた真似しやがって、それに絹子だ。あの女、許せねえ、絶対、とっ捕まえて痛めつけてやる。あの女の泣き顔見てやる。」
厚がメイドに持ってこさせたウイスキーコークを飲みながら絹子、つまり浩香への怒りをあらわにして言った。
「ええ、そうね。絹子とかいう女、相当ヤバイ女よ。鴨川や中村よりいかれてるわ、クソ、絶対、許さない」
桜がそう言って紅茶をがぶ飲みしてメイドに厚と同じウイスキーコークを持ってくるように言ったその時だった。
「あの、桜ちゃん、いいですか?」
外にいた部下が入ってきて言った。
「何よ?」
桜がウイスキーコークを飲みながら不機嫌そうに聞いた。
「あの、戻ってきたんです。あいつが」
「あいつ?誰よ」
「鷹森ですよ。鷹森沙織、あいつが戻ってきました。」
「はあ?鷹森が、あいつ、死んだんじゃなかったの?」
桜は驚いて聞いた。沙織も死んだとばかり思っていたんだ。
「はい、俺もそう思ってましたけど、本当です。鷹森本人です。間違いありません」
「そうか、よし、連れてこい」
小倉が言った。
「はい」
少しして沙織が入ってきた。
「すみません。桜さん、私だけ生き残っちゃいました。」
沙織は心の中で「何で私がこんなこと」と思いながらも手をついて謝罪した。
桜は「ふん」とでも言いたげな表情でこう答えた。
「そう、てっきり、あんたもやられたかと思ってたわ、どうやって助かったのよ」
「はい、私、外で見張りをしてて暑かったんで恥ずかしいですけど、裸になって濡らしたタオルで身体を拭いてたんです。そしたら後ろから中村に襲われて縛られてお尻を叩かれて痛くてたまらなくて泣きながら命ごいをしました。そしたらどういうわけか、中村は私を縛ったまま車のトランクに監禁したんです。逢坂さんたちや寺田さんを殺した後、中村はアジトに行ってそこで私、監禁されてたんです。中村は私を捕虜として利用しようとしてたみたいです。私は死にたくなくて中村の前で裸でダンスまで踊っちゃいました。本当に恥ずかしかったです。だけど、1週間前に仲間の1人のすきをついて逃げ出したんです。そいつが持ってた銃、まあ、私のワルサーだったんですけど、それを取り返して逃げ出しました。桜さんがどこにいるのか分からなかったんですけど、逢坂さんが阿賀野市のことをよく話してたんで阿賀野市のどこかにいるんじゃないかって思って山の中を探してようやくたどり着いたんです。」
沙織は事実の中にウソを混ぜてもっともらしく答えた。ちなみに沙織の話した内容は俺が考えた。
沙織が話し終えると、小倉がこう聞いてきた。
「そうか、中村たちは俺たちがここにいるって気づいてんのか?」
「いえ、中村たちが話してるのを聞いたんですけど、まだ、桜さんたちがここにいることは気づいてないみたいです。逢坂さんや寺田さんを拷問して聞き出そうとしたみたいですけど、みんな桜さんを裏切らなくて少しも桜さんに不利になることは言わなかったみたいです。中村たちは桜さんの居場所が分らなくて困惑しているみたいです。」
沙織は言った。実際は全員、自分の知っていることをぺらぺらと話しまくったし、俺たちは桜の居場所をとっくに把握してるけどな。
「そう、中村たちはまだ気づいてないのね。よかったわ、さすが逢坂さんに寺田さん、乾さんに倉山さん、馬淵さんね。それに引き換え、あんたは泣きながら命乞いした上に裸にまでなったなんて本当、みじめで恥ずかしい女ね。少しは見習いなさいよ。」
桜は逢坂や寺田を称賛しつつ、沙織を嘲りながら偉そうに言った。小倉たちも「まったく、その通りです。」といった顔をしていて沙織は怒りでどうにかなりそうになったが、それでは作戦がばれるので何とか怒りをこらえてこう続けた。
「はい、全くです。自分でもお恥ずかしい限りです。でも、中村たちが攻めてきたら必ずお返しをしてやります。」
沙織は腰からワルサーPPK/Sを抜いて言った。
「そうか、そういえばお前、銃の腕はいい方だったな。それ以外はなってないけど、まあ、頑張れ」
「ああ、そうだな。由歩さんが来るまではお前が一番の銃の使い手だったしな。お前はそれ以外取り柄はないんだ。当然そうしろ」
「ええ、そうね。」
武田と尾花、清美も偉そうにいった。
「はい、もちろんです。」
沙織は心の中では「撃ち殺してやりたい」と思いながらも笑顔で答えた。
「よし、いいわ、松浦、孝子、鷹森に部屋を用意してやって」
桜は部屋の隅にいた2人のボディガード、名前は松浦和則、田嶋孝子に命じた。
「はい、分かりました。」
ボディガードは答え、沙織を連れていった。
桜が用意したのは物置として使われている狭い部屋でがらくたばかりが置いてあった。沙織はもちろん、不満だったが、「ここですかはい」と明るく返事をした。
沙織はワルサーPPK/Sを持っていたが、もう1丁、拳銃が欲しかった。沙織は部屋の中を見渡すとクローゼットがあり、引き出しを開けると紙でできた箱があり、気になって開けるとそこには
「見つけたわ」
沙織は箱の中に入っていたものを手にして言った。
箱の中に入っていたのは拳銃でワルサーPPKの前に作られたワルサーPPというモデルだった。
この拳銃はどうやら、桜がロシアに行った時にロシア人からもらったものらしく、箱にはロシア語が書いてあった。沙織のワルサーPPK/Sと同じ380ACPを使用するバージョンで380ACP弾も30発ほど入っていた。ちなみに桜は俺や浩香と違ってドイツ製とアメリカ製、イタリア製、そしてもちろん日本製には全く興味がなく、もらった後、物置に置いたままほったらかしにしておいたらしい。しかし、沙織は外国の中ではドイツが一番好きでドイツ製はむしろいいと思っていたからありがたくいただくことにした。
ワルサーPPをスカートに差した沙織は桜の部下に挨拶をしながら桜の家の間取りを見て回った。すると、玄関から入った広間の中央部に金庫のようなロッカーが3つ設置されているのが見えた。
「あの、これって何なんですか?」
沙織は松浦に聞いた。
「ああ、これはガンロッカーだ桜ちゃんが手に入れてきたライフルやショットガンが入ってる。外にいるやつらや俺や孝子がもしもの時は取り出して使うことになってる。もし、鴨川や中村たちが来ても1発よ。」
松浦は得意げに言った。
「そうですか、ライフルが入ってるんですか、心強いですね。あの、カギはどなたが?」
「ああ、桜ちゃんと俺と孝子と由歩さんが持ってる。」
「由歩さん?もしかしてあのハーフのきれいな方ですか?あの人は見るからに強そうですね。」
「ああ、そうよ。由歩さんは強い、鴨川だけじゃなくて中村とも戦って帰ってきた。もし、鴨川や中村が襲ってきても今度は勝てるはずだ。こっちは人数も多いし、地の利があるんだからな。」
「そうですね。」
沙織は内心「それはどうかしら?」と思いながら言った。
そのあと、孝子にも聞いた。
「あの、孝子さん、少し聞きたいんですけど」
「うん?何よ」
「はい、敵が襲ってきたら外にいた人たちや松浦さんや孝子さん、それに私も戦いますけど、敵の攻撃を防げない場合もありますよね。その時はどうするんです?」
「うん、その時、そうね。その時は裏口から脱出して林の中の駐車場に止めてある車で逃げることになってるわ、そういえば、桜ちゃんはこの家に今まで稼いだお金をしまってあるの、桜ちゃんの部屋にある金庫に現金でしまってあるわ、全部で6億よ。あと、厚ってやつのお母さんが稼いだお金も取り出してきてしまってあるとか、全部で2億よ。だから合計8億円ね。万一に備えてバックに小分けして入れてあるから万一の時はすぐに持ち出せるわ、ここを出てからの逃げ込み先は確か新発田市のロシア人の屋敷よ。その人は桜ちゃんがロシアに行った時に知り合ったみたいで日本で水産物を扱うビジネスをやって成功したらしいわ、桜ちゃんの考えに共感してくれてるから私たちが逃げてきてもかくまってくれるはずよ。」
「そうなんですか、分かりました。」
沙織はそう答えながら桜が8億の現金を隠してあると聞いて
「すごいわ、お金は全部いただくわよ」
と思っていた。
沙織は桜から雑用兼警備の仕事を押し付けられた。警備の時は外に出てほかの連中と話すこともあったが、全員、敵が攻めてくることはないだろうと思って油断しているらしく、もし、敵が攻めてきても地の利があるし、人数も多いし、由歩がついているのだから大丈夫に違いないと信じ切っていた。
実際、由歩だけはほかの奴と違ってものすごいオーラがあり、沙織から見ても凄腕なのがすぐに分かった。
沙織は「ええ、そうですよね。」と答えながら
「大丈夫かしら?中村さんたち」
と思っていた。
沙織は次の日、「服や下着を買ってきます。」と言って桜の屋敷を出停めておいたホンダ・Nワゴンに乗って東区の安価な服を売っている店で服や下着を買い込み、そのあと、中央区の俺がアドルフと出会ったデパートに入った。
沙織はレストランで待っていた俺とアドルフのところにきた。
「お待たせしました。」
沙織は席に着いた。
「ああ、どうだ。」
俺は頼んでおいたコーヒーを飲みながら聞いた。
「バッチリです。桜たちは気づいてないみたいです。」
「そうか、じゃあ、後は俺に任せてくれ」
アドルフは笑顔で言った。沙織の手引きでこれからアドルフは桜の家に潜り込むことになっている。アドルフは桜の家を攻撃するための準備をする予定だ。
「ああ、頼んだぞ、カール」
俺はアドルフが名乗っている偽名を使って言った。
「おう」
アドルフは即答した。
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