第23話 ヒトラー
一方、その時、浩香は長岡市寺泊、かつては寺泊町と呼ばれていた場所に横田君と訪れていた。
横田君は浩香に寺泊に行くから一緒に来ないかと誘い、寺泊には水族館があり、その水族館に行ってみたいと浩香は思っていたのでその日は彼と寺泊にきていた。
2人は電車を乗り継いで最後はバスで寺泊に入り、よくテレビにも出る魚市場を歩きながら横田君は魚介類や練り物の串焼き、浩香は海産物はあまり好きではないので唐揚げやポテト、フランクフルトなどを食べて腹を満たし、ソフトクリームを食べ終えてから、バスに乗って「寺泊水族館」に向かった。
新潟県にはこの「寺泊水族館」を含め、3つの水族館があるが、浩香はあまり知られていないこの水族館がどんな水族館か気になっていていい機会だと思って行ってみることにしたんだ。
横田君も寺泊に水族館があるとはじめて知って気になったらしく、快く承諾してくれた。浩香は笑顔でお礼を言った。
「寺泊水族館」は中央区の「マリンピア日本海」や上越市の「うみがたり」と違って規模も小さく、古びた感じもしてマリンピアやうみがたりに行った人の中には物足りなく感じる人もいたかもしれない。
しかし、この水族館には「マリンピア」や「うみがたり」とは違った良さがあり、華やかさはなかったが、昔ながらの水族館といった感じで風情があり、展示されている生き物たちも浩香にとって興味深いものが多く、浩香は横田君を誘って熱心に生き物たちの説明をしていた。
2人は水族館を回って生き物を見て回ったが、二人が水族館を回っていた時、ふと見ると水槽を見ている一人の外国人男性が目についた。
彼は20代半ばくらいで長身、顔立ちはハンサムで金髪碧眼、浩香には彼がゲルマン系だと一瞬で分かった。
「ねえ、あの人」
「おう、珍しいな。こんなところに外人がいるなんて」
2人は気になって彼を見ていたが、彼も2人に気づいて笑顔で声をかけてきた。
「やあ、始めまして、僕は雑誌を読んでてこの水族館のことを知りまして、気になってきてみたんです。まあ、僕は上越市に住んでるんで近くにここよりも大きな水族館があるんですけど、ここは小さいですけど、上越市の水族館とは違った良さがありますね。お二人はどういう関係で?もしかして恋人同士ですか?」
「あ、いえ、僕たちは高校のクラスメートです。今日は夏休みになりましたし、僕が寺泊に行ってみようと思って彼女を誘ったんです。彼女、生き物好きでこの水族館に行ってみたいって言ったんで、来てみたんです。あ、まだ自己紹介がまだでしたね。僕は横田っていいます。彼女は片田さんです。どうも」
「はい、私、片田浩香と言います。よろしくお願いします。」
浩香がそう言って頭を下げた時、彼は何かに気づいて話し始めた。
「片田浩香さんですか?鴨下聖夜を知ってます?もしかして、聖夜の恋人の浩香さんですか?」
それを聞いて、浩香もこう答えた。
「鴨下聖夜、はい、知ってます。彼は私の恋人でして、彼、ドイツ人の友達がいるって話してくれたことがあったんですけど、あなただったんですか?」
浩香は驚きながら言った。
「おお、やはりそうでしたか、その通りです。僕が聖夜の友達のドイツ人です。偶然ですね。」
彼は驚きながらも笑顔で答えた。そう、彼は俺にベレッタをくれたあのドイツ人だったんだ。
「そうですか、鴨下君のご友人で奇遇ですね。彼とも仲良くさせてもらってます。あ、まだ、お名前を聞いてませんでしたね。なんていうお名前で」
横田君は気になって聞いた。
「ああ、そうでした。僕の名前はアドルフ、アドルフ・リュッツォーです。よろしくお願いします。」
彼、アドルフは明るく答えた。
「アドルフ?」
「リュッツォーさん?」
浩香と横田君は一瞬、言葉に詰まった。そう、彼の名前はあのアドルフ・ヒトラーと同じ名前だったからだ。ちなみに俺もアドルフから名前を教えてもらった時は「ヒトラーと同じ名前じゃないか」と思って少し驚いた。2人も俺と同じで驚いたんだが、アドルフは明るく穏やかな口調でこう続けた。
「はは、驚きましたか、聖夜も最初は信じられなかったみたいですけど、本当ですよ。僕の名前ですけど、今はまったく使われてませんけど、1945年以前はドイツやオーストリアで普通に使われている名前だったんです。それで両親が僕にもつけてくれたんです。まあ、でも、そのせいでドイツにいた時には仲間外れにされたり、突然、殴られたり、物を隠されたりと嫌がらせをされたこともあって嫌な思いをしたこともありましたけどね。だけど、今は両親に感謝してますよ。日本に来たのはあの人のことを詳しく知りたくなって調べてたら、当時のドイツと日本が組んでいて日本がどういう国か気になって詳しく調べたら日本がほかのどの国とも違う素晴らしい国だと思うようになりましてね。それで日本に渡ろうと思って来日したんです。日本にきて良かったと思ってますよ。」
「そうなんですか、ありがとうございます。ドイツとは第2次世界大戦の時以来、あまり深い交流はありませんけど、日本のことをよく思ってもらえてうれしいです。まあ、私は今の日本に生まれてよかったと思ったことはないんですけど、あ、そういえばアドルフさん、アドルフさんの姓はリュッツォーっていうんですよね。リュッツォーっていう巡洋戦艦とポケット戦艦、あ、ドイツでは大型巡洋艦って呼んでましたね。大型巡洋艦は知ってますか、私、昔のドイツ軍のことを調べたことがあってその時、彼女、いえ、ドイツの船だから彼ですか、彼のことを知って大好きになったんです。それでリュッツォーさんと聞いてそのことを思い出しまして、あ、すみません。何のことか分かりませんよね。」
浩香は済まなさそうにいったが、アドルフはすぐにこう答えた。
「おお、リュッツォーのことをご存知でしたか、ええ、知ってますよ。大型巡洋艦とポケット戦艦、両方です。ユトランド沖海戦のとき、リュッツォーがほかの4隻の大型巡洋艦を従えてイギリスの巡洋戦艦、いえ、イギリスでは戦闘巡洋艦ですか、戦闘巡洋艦を撃退していくシーンは素晴らしい。あの戦いではイギリスの戦闘巡洋艦が3隻も轟沈しましたし、あと3隻が深刻な被害を受けたんですよね。もっとも、ドイツの方もすべて満身創痍でリュッツォーも力尽きて沈んだんですが、それでも倍以上の敵を相手によくここまで奮闘したと思いますよ。それにあのウォースパイトにも深手を負わせてますしね。それとポケット戦艦の方のリュッツォーは大型巡洋艦と違ってあまり華々しい戦果はありませんし、ノルウェー攻略作戦の時に大損害を受けたり、同じポケット戦艦のシュペーやシェーアと違って通商破壊戦でも活躍できませんでしたけど、ポケット戦艦の中では最後まで生き残ってドイツのために戦い続けてくれたんです。僕にとってどちらも尊敬すべき船です。」
アドルフは何かをかみしめるように言った。
ちなみに浩香とアドルフが言っていたリュッツォーという船について説明すると、俺も浩香とアドルフから聞いて初めて知ったんだが、巡洋戦艦(ドイツでは大型巡洋艦と呼んでいたが、日本名の巡洋戦艦としておく、ちなみにこの巡洋戦艦という艦種は姿かたちは戦艦だが、防御力が巡洋艦レベルでスピードも巡洋艦並みに早い艦のことで戦艦ではなく巡洋艦の一種なんだ。まあ、日本はスピードの速い戦艦という認識だったみたいだがな)のリュッツォーはデアフリンガー級巡洋戦艦の2番艦で第1次世界大戦で生起したユトランド沖海戦では旗艦としてほかの4隻を率いてイギリスの巡洋戦艦と死闘を演じ、数では劣勢ながらイギリスの巡洋戦艦を3隻撃沈し、3隻を戦闘不能にするほどの戦果を挙げ、第2次世界大戦で最も働いた戦艦と称される。クイーンエリザベス級の2番艦、ウォースパイト(ちなみに浩香はこのウォースパイトのことは大嫌いらしい)の舵を破壊する戦果まで挙げた。リュッツォーはこの戦いで大破し、最後は救出不能になって自沈したんだが、たった5隻で倍以上の敵とここまで戦ったことは称賛されるべき戦果と言える。浩香もユトランド沖海戦でのリュッツォー以下、5隻の戦いをすごく評価していた。
一方、ポケット戦艦(ちなみにこの艦種は第1次世界大戦のあと、海軍艦艇の排水量が1万トン以下と制限されたドイツが少しでも強い艦をということでなんとか作り上げた艦種で1万トンの艦体に28センチ砲を6門搭載していた。)のリュッツォーの方はもともと、ドイッチェランドという名前で完成したポケット戦艦の1番艦で開戦後、リュッツォーと改名することになった。(理由はドイツの名前を冠した艦がやられたのではマズイとヒトラーが判断したかららしい)第2次世界大戦では通商破壊戦や陸上砲撃などを行い、ほかの2隻のポケット戦艦と比べて華やかな戦歴はないが、最も長く生き残り、地道に戦果を挙げてきた武勲艦と言っていい艦だ。浩香もリュッツォーが3隻のポケット戦艦の中で1番好きらしく、彼(船は女性とされているがドイツでは海軍艦艇だけは男とされていたという説があり、浩香はドイツ製だけは男性として扱い彼と呼んでいた。)のことをすごく買っていた。
まあ、話はそれたが、浩香はアドルフがリュッツォーのことを知っていてうれしかった。横田君もアドルフとは話が合いそうだと思ったのでこう答えた。
「そうでしたか、詳しいですね。あ、そうだ。僕たちとお話しませんか、僕も昔のドイツ軍のファンですし」
「そうですか、じゃあ、ご一緒に」
アドルフは笑顔で答えた。
それから3人は一緒に水族館を回り、1時間ほどしてからアドルフの車で三条市に戻ることにした。
アドルフの車はもちろん、ドイツ製で黒のBMWだった。BMWを始めとするドイツ製の車は日本でもよく走っていて新潟でもよく見かける。浩香は
「さすが、ドイツ製だわ、頑丈そうで力強い感じね。」
と思っていた。
BMWを走らせて三条市に戻る前、浩香たちは魚市場に寄り、菓子類や練り物のような土産を買った。土産物屋には三条市で作られた刃物を売る店もあり、アドルフはそこで包丁を買った。
アドルフは料理が好きで家で様々な料理を作っているらしく、浩香と一緒に刃物コーナーを見に行った時、素晴らしい切れ味だと思って購入することにしたらしい。
3人はそのあと、三条市に戻り、8号線沿いの喫茶店で3人はコーヒーを頼んで話をした。
横田君は第2次世界大戦の時のドイツ軍の活躍を熱心に語り、ドイツが電撃的に次々と敵を打倒していくシーンは非常に素晴らしく、もし、アメリカが連合国を支援しなかったり、ドイツが当初の予定通り、5月にバルバロッサ作戦を決行できていれば負けることもなかったのにと残念そうに語った。
浩香もそうでドイツに当時の日本と同程度の海軍があればイギリス海軍に負けることはなかったはずでそれなら確実にゼーレーべ作戦が成功してイギリスの負けが決まったはずだし、それとゾルゲとあの新聞記者のコンビがもっと早く捕まっていたらソ連は日本が北進しないことに気づかずにシベリアの精鋭部隊を送れなくてギリギリでモスクワを落とせたかもしれなかったのにと残念がっていた。
アドルフも2人の話を聞いて答え、同じようなことを何度も考えたことを話した。ドイツもそうだったが、日本にもミッドウェー海戦で起きたまるで架空戦記のワンシーンではないかと思えるような信じれない不運が何度も襲い掛かり、結局うまくいかなかったことが多く、まるでドイツと日本が負けるように仕向けられていたように思えて何とも言えない気分になったことが何度もあると話した。
浩香もそうで、もし、日本、そしてドイツが勝つかもっとマシな負け方だったら別な未来があったのにと答え、実は様々な不運がなければ少なくても日本とドイツが負けることはなかったと話し、アドルフと横田君が気になって聞くと浩香が何でそう思ったのか、2人に熱心に説明した。
アドルフは浩香の話を熱心に聞き、「確かに」と相槌をうった。横田君もドイツはともかく、日本が勝てるわけはないと思っていたが、浩香の話を聞いて考えを改めた。浩香の考えは少しも荒唐無稽ではなく、現実的にあり得る内容だったんだ。
まあ、ともかく、そんなことを話しているうちに時刻は5時を過ぎたのでアドルフと浩香たちは店を出て帰ることにした。
「じゃあ、浩香、横田君、またね。」
アドルフはBMWに乗り込むと笑顔で手を振った。
「ええ、アドルフさん。また会いましょう」
「今度は上越に行きますんで」
浩香と横田君も笑顔で答えた。
「うん、じゃあ」
そういうとアドルフはBMWを発進させた。
「じゃあ、片田、またな。今日は楽しかった」
「ええ、そうね。また、遊びに行きましょうね。」
横田君と浩香もそこで別れ、横田君はバスに乗って家まで帰り、浩香も8号線沿いのバス停で南区行きのバスを待つことにした。
浩香はバックから本を取り出して読みながらバスを待つことにした。
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