第七話 乱戦

 始まりはあらしごとく。

 かたなかたなのかち合う音は、地面を打ちつける雨のようで。

 思いさけび思いさけびが重なる声は、空を撃ち破るいかずちである。

「ぜぁあああああ!」

「ガァアアアアア!」

 まるでさかづきたされた水が、一滴いってきしずくこぼれ出るように。

 静謐せいひつよそおっていた戦意せんいが、怒濤どとうとなって広場に溢れかえる。

気栄キエェエエエヤ!」

 頭をげた男が、一刀斎いっとうさいせまる。

 真っ直ぐひたいに繰り出された剣撃けんげきわせ、刃挽はびきした刀を打ち下ろした。

 一刀斎の正しい剣筋けんすじは、そのしのぎで相手の打ちを外す。

 脳天のうてんを打ちかけたその瞬間、男が目を閉じたと同時に寸止め、腹を蹴り飛ばして半歩下がる。

 文字通り横槍を入れてきたみだがみの突きを避け、後頭部を柄で殴り鍔際つばぎわ近くで頭を打った。

 正面を見れば蹴り飛ばした坊主の男は、他の男に討ち取られていた。

 その討ち取った武芸者も、一刀斎にはもくれず背後に迫った者の斬撃に応対おうたいする。

 まさ混戦こんせん状態じょうたい。今の数瞬すうしゅんで、九人が落ちた。

 恐らくこれが、第一だいいちふるい。

ァァァァイ!」

ェェェェェ!」

 よりまされた気勢きせいがぶつかり合い、荒れ狂う竜巻たつまきと化す。

 打ち合う音もより重みを増し、その感覚も短くなった。

 だがしかし、は、がある。

シャァアア!」

セイッッッ!」

 剥き出しの殺意さついはただ鋭利えいりかわしにくい下腹部に初太刀しょだちはらわれる。

 しかし一刀斎は即座に刀をおさえ、擦り上げながら顎を叩き上げる。

 ガラ空きになった鼻のかしらに、上段じょうだんから打ち込んだ。見れば顔がととのった男である。――たった今、鼻をつぶしてしまったが。

 第二のふるいが掛けられた。たまさか生き残った五人が、今落ちた。

 残り六人。この残った六人は、紛うことなく、実力者。

「いざ……!」

 しかし残ったからといって、「用意なのり」も「始めかまえ」もあるわけでなし。

 真正面、目が合ったのは足元に武芸者を転がした髭面の男。腕は太く体躯はいわおのよう、眼差しは熊のようにくろく感情は窺えない。纏う気配はまるで剣山けんざんのようで、向かい合うだけで刺してくる。――上等!

ァアアアアアアア!!」

 大地を駆け出し、荒れた砂利じゃり蹴飛けとばす。

 一直線に男へと駆け出し、同時に袈裟切りを打ち放つ。しかし剣に力が乗り切る瞬間に片手で打ちを払われて、返す刀で首を狙われた。

ァアアアアアイ!」

フン!」

 一刀斎は地面を踏みしめ、紙一重かみひとえで剣をかいくぐると払われた太刀でガラ空きの胴を狙う。

 だが。

「ぬぅう!」

「なにっ……!」

 男が身をよじれば、鞘で横薙ぎが止められた。機転きてんく、さかしい!

怒羅ドルァア!!」

「ちぃっ……!」

 大振りに、しかしすきなく瞬くような速度で剣が放たれる。

 一刀斎は咄嗟に剣を離してやり過ごすと、その場に転がっていた脱落者が握っていた剣を引ったくり至近距離で眼球目掛け投げつける!

「ぬぐっ……!」

 さしもの男もその目ばかりは鍛えていない。悔しげに呻くと首をねじって投擲とうてきを避ける。だが、これで終わりではない!

 一刀斎はさっきまで己が握っていた刀を拾い直し、屈んだまま正眼せいがんに構える。

 その一瞬で、男も攻め気に戻っている。

ァアアアアア!」

ァアアアアアアアイ!」

 足から足首に、足首からはぎに、はぎから膝に、膝から太ももに――――いや、まだ、《区切れる》。

 肉の一筋ひとすじ一筋ひとすじから力をせ。ち上がる力だけでなく、この鍛えた身が持つ力をはなて。

 そして。

ばせ……!!)

 力を打ち付けるのではなく、相手へと打ち込む。それこそ最大限、力を活かすすべ

 剛力を誇る二人の剣撃が、共に威力ちからが最大乗った状態でかぶつかり合う。つばいか――否。

ァッッ!」

「んな……!」

 一刀斎の剣が、巌の男の剣を打ち弾く。一刀斎が打ち乗ったのは、男の刀の、物打ちの一寸いっすん未満みまん数分すうぶだけした。存分に力が込められた剣は相手の剛剣ごうけんを殺す。

 そして一刀斎の剣は、男のこめかみを打ち据える!!

「ご、ぁ……!」

 まことくま大岩おおいわかと称えたくなる男が、その場で倒れた。

 わずか数合いの攻防こうぼうだったが、間違いなくこの場にいた中では最上位さいじょういに位置した剣士だろう。

 さて、残るは――

「おや、そっちもわったかよ」

「む――――」

 なにを悠長ゆうちょうに話をしていると声をする方を振り向けば、そこにいたのは。

「お前は……」

「やっぱり残ったか、外他とだ一刀斎いっとうさいさんよ」

 開幕前、鳥居とりいの前でとなり同士どうしになった男。カモのくちばしのように、上下の唇が飛び出た棒使いの男。

 その足元には二人、少し離れた位置に一人、仰向けに倒れている。

「まさかお前、三人一度に」

「いいや、この二人は漁夫ぎょふだ。あっちの方は、とっととしまいにした」

 そういう男が構えたのは、出逢ったときと同じ棒。

 恐らく刃物はものではないからと、そのまま使うことが許されたのだろう。

 天秤棒のように肩に掛けられた、びょうも打たれていない六尺棒ろくしゃくぼうからは、強力な圧が発せられる。

 先の厳の如き男と比べれば体は細い。それにも関わらず、彼と比類ひるいするほどの意の重さがかってきた。

 立ち向かう一刀斎は、その意の圧に構うことなく。いな、その意の圧すら食らい込んで、刃挽きした刀を正眼せいがんに構えた。

 動じないと見るや否や、男はニタリと、にやけて鴨口を愉快な形にゆがませた。

「いやはや来てみるもんだな。まさか近江おうみ堅田かたた金剛こんごう自斎じさいのその弟子と、相対あいたいするとはよ」

「……俺の師を知っているのか」

「それどころか、お前自身も知ってる。――あんた、前原まえはら弥五郎やごろうだろう」

「っ」

 前原弥五郎。それは一刀斎のかつての名だ。師である印牧かねまき自斎じさいから「外他とだ一刀斎いっとうさい」の名を与えられて以来、その名を名乗ったことはない。

 それを、知っていると言うことは。

「お前は、近江おうみの男か」

「おうさ、湖北こほくにまであんたの名前は響いていたぜ。湖賊こぞく討ちの用心棒ようじんぼうふなわたりのくろ天狗てんぐ。……さて、自己紹介が遅れたな。ワイの名前は江浪えなみ由之丞ゆいのじょう。修めた技は、竹生島流ちくぶしまりゅう棒術ぼうじゅつ

 一刀斎がちらりと、この場の仕合を取り持つ竹中たけなかなにがしの方へと視線を向ける。

 名乗り上げに対しなにか言いたげな様子はなく、むしろ満面の笑みを浮かべていた。……なるほど、戦もきわまれば一騎いっきちに至るもの。

 名乗りを上げての立ち合いは、疎むことでもないと言うことか。

「……改めて名乗るぞ、江浪由之丞。外他とだ一刀斎いっとうさい景久かげひさ流名りゅうめいは――」

 印牧かねまきりゅうと言いかけて、言いよどむ。

 その師は言っていた。流派りゅうは流儀りゅうぎは人によって変わるもの。堅田を離れ三年、磨き上げた武術を、印牧かねまきりゅうと呼ぶのは違う気がした。

「――流名は、外他とだりゅう

 だから、己ので呼んだ。

 由之丞は聞き慣れぬ流名を聞いても動じることなく、半身になり、担いだ棒のはしを一刀斎の眉間に付ける。

 今まで通り、はじめの合図あいずなど存在しない。この一騎討ちは、とうに始まっている――!

ッッ!」

 まず動いたのは一刀斎。二間にけんなかば離れた距離を、呼気こきと共に飛び込んだ。

ェエヤ!」

 袈裟――半身の胸めがけ剣を振った瞬間に、由之丞は棒を振るうとともに棒を刀のように構え直し、一刀斎の打撃だげきを払う。

 一刀斎はサッとその一撃をつばふせいだが、重く鋭い衝撃はつかを通して手に響き、鍔も今の一撃でくだけ割れた。

 ヒュン、と風が鳴る。一刀斎の目の前から既に棒は立ち消えて、手元へと戻っていた。そして。

シュッ!」

 足元に棒が振るわれ、即座に半歩はんぽ退しりぞいてかわす。寄せては返す波のように、寸分の隙もない。

 一歩踏み込んできた由之丞は手首を巧みに廻転かいてんさせて、一刀斎の首へと狙いを付けて突きを放った。

「我ァアア!」

 しかし一刀斎は鍔の刀を振り下ろし、しのぎもってその棒を受け流す。

 由之丞はまたも棒を手繰たぐせ、さっきまで掴んでいたで薙ぎ払ってきた。すかさず受け止めた一刀斎だが棒は鋭く反転はんてんし、ガラ空きになった逆頬ぎゃくほおを狙う。

 後ろに飛び退きギリギリで避けた一刀斎は、今度はこちらの番だと由之丞へと石火せっかの足運びで接近せっきんを試みる。

 だが。

「ぐっ……!」

ェイ!」

 懸けようとした真正面に、棒が差し出されていた。小賢こざかしいと棒を払おうとしたが、渦を描くかのように旋転せんてんして、刀を打ち据えた。

 その端は、一刀斎の喉を狙っている……!

ァアア!」

 短い咆吼ほうこう質量しつりょうを持ったかのよう。突き出された喉の一撃を、一刀斎はすんでの所で回避し、大きく後ろへ飛びもどる。

 由之丞は深追いせず、二人の距離はまたもや離れた。

 悠々ゆうゆうと円を描くその棒は、まるで水がその形を成しているかのようになめらかに動く。

 脇構えのような形を取った手は、棒の中程なかほどに置かれた。

 一刀斎は歯噛みした。あれでは突きが来るか、あるいは袈裟打ちが飛んでくるかの予測は不可むりに近い。

 文字通り、変幻自在へんげんじざい。流水をえがくかのような打撃の軌道は、美しく鋭敏えいびん一個いっこ一個いっこの技同士の連携れんけいはまるで隙を見せない。

 棒を使う者は数度すうど相対したことはあるが、これほどの練度を誇る武芸者はいなかった。

 さっき由之丞が参加して良かったと言っていたが、――全くもってその通り。

 由之丞ほどの技のつかが、在野ざいや放浪ほうろうしている。

 その在野の武芸者達を、この熱田神社は引き寄せてくれた。

 心の臓が火山のように脈動みゃくどうし、白熱し溶けた鉄のような血を全身に押し流す。

 燃える活力ねつ身体にくを滾らせ、燃える血が末端まったんまで行き渡る分脳漿のうしょうは冴え渡る。

「竹生島流……打ちやぶる!」 

「さあさあ来なよ一刀斎。この棒に、あんたの血と汗を吸わせてやるからよぉ!」

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