第十四話 閉ざされた鍵。開かれた門
ここらは雨に恵まれたのか。太い竹は
竹の葉の散った地面は踏んで心地いい。
……ただ、
「む……」
バサリと、竹が倒れ込んだ。うっかり斬り倒してしまったらしい。これで四本目である。
竹の
いっそのことすべて斬り倒すかと思ったとき、ふとつい先日に、
あの時は問題なく対処できたが……。
「ふむ……」
柄を握る手を
一刀斎は優れた
頭に浮かべるのは新当流の達者であるあの男。あの
自分が教わった剣技とは
「フッッ!」
剣にではなく、己の体に
自身の
「よお、
「おおう……?」
一方
いきなり路地の影からぬるりと姿を表した千治に、古谷屋は目を見開いた。
変わり無いか。それはもちろん皮肉である。
だが──。
「ああ、千治じゃあないか! なんだ、
「……うん?」
盗みに入られたというのに、当の本人は昨日となんら変わった様子はなく。というよりむしろ、
それになんと言えばよいのだろうか。千治を見る目には、やたらと
「ああ……なんてこった、旦那、あんたとうとう気が触れちまったのか……。職人に逃げられてまでせびって貯めた銭を盗まれて……まあ自業自得だけどよ」
「はっはっは、構いやしないよあんな金は。影縫といったか? あんなコソ泥にしてやられてたまるかってんだよ! いやあ、
「はあ?」
わざわざ貯めていた金を盗まれて、構わないと
その様子に、今度は古谷屋が首をかしげた。だがすぐに、見当がついたかのように「ああ」と
「……おう、なにか言いたいんなら言えよ?」
「いやいや、草間屋の旦那様も
「俺が
しかし、面と向かって言われるのは腹が立つ。
しかもその面が、腹立たしいほどに厭らしい顔つきならなおのこと。
「まあ、いずれお前にも言われるだろう。そうだ、
「俺と草間屋を同じに見るんじゃねえぞ。そもそも
「なんだ、本当に知らないのか?」
もしかしたら千治に継がせないつもりじゃなかろうか、いやそれもありえるな。そんなことをぶつくさと呟く古谷屋。思わず十手を使いたくなったが──。
「なら、教えてやろう。千治、お前の親父さんは────」
古谷屋が
ただ千治の耳を通して、心の臓を、叩きつけた。
「ぬ」
刃の先が、また竹に触れた。
相変わらず、やたらと切れ味のいい刀である。師である自斎が、「これでは
ふと、一刀斎は斬り倒した竹を拾った。
節が二十は
「……ふむ」
何を思ったのか。一刀斎は甕割でもって手に持った竹を切り分けた。
およそ
そういえば、
「フッ!」
今一度、竹を振る。
節目が、力を
「これは……」
先ほどまで、自分の内に生じる力の流れを意識していたからだろうか。一刀斎の目には、力の流れが見えていた。
力が、
竹を置き、
体の中の節目を意識し、振り下ろす。
しなる姿を思い起こして、体の中に節を作る。節ごとに力が生じるのを想像してもう一度剣を振り下ろした。
体の中の節を増やす。
「なるほど……」
体を「使う」とは、こういうことか。
ただ流すでなく、繋げて、流す。
ならば。
一刀斎は先ほどと同じように。細かく、最小の動きで剣を振るう。体内に力の
振るわれた甕割は、
力の流れをより速く。流れる力をより強く。
心の速度に、
松軒の見せた、攻め気を感じた瞬間に放たれる剣の正体がこれかは分からぬが、もし異なっていても問題はない。己で探し当てた、
とは言え、理合だけを知れても意味がない。それを
そして、染み込ませる手段と言えば。
「
──ひたすら、
「
そして父が詰める部屋にいけば、父はちょうど仕事をしていた。仕入れる品と売る店をそれぞれ書いた
何をいくら仕入れるか、どれにどれだけ注ぎ込むか。
「なんだ。千治」
「もうひとつの仕事って、なんなんだよ!」
ピタリと、筆を持つ手が止まった。
どこで知ったと
「…………知ったなら、隠しておく必要もないな。ついてこい、千治」
立ち上がった父は、千治を連れだって屋敷の側にある
父が案内したのは、一番奥の倉。奥にあるというだけで、他の倉となんの変わりもない。してある
しかし、中に入ってみれば。
そこには
「ついさっき、古谷屋に「返した」からひとつ減っている」
返した。その一言で思わず千治は己の父に掴み掛かった。だが父は決して
それが当然と言わんばかりに受けきった。
「これ、全部そうか……」
心の奥底で、
心の奥底から、絞り出した声で。
「これ全部、隠し金か! 悪徳商売人共が巻き上げた、汚い金か!」
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