閑話 ある夏の日のこと

おんなむねたい!!」

「なにいきなり叫んでいるんだ。信太しんた

 おかげいとをつついていたさかなげた。

 真夏まなつ天日てんじつもっとつよ地上ちじょううまこく午前ごぜん勉学べんがくえた弥五郎やごろうは、出仕しゅっしむら少年しょうねん三人さんにんりをしていた。

「これは心の叫びだよ、弥五郎!」

 信太は三島みしま神社じんじゃ出仕しゅっしだが、今の心の叫びとやらの通り、気質きしつがそのしろ装束しょうぞくとはほどとおい。ただ、助平すけべえだがわるやつではない。

「そうだぞ、信太。胸が見たいってなんだ」

 村の名主なぬし三男さんなんである利市りいちが、はらって信太を半眼はんがんた。利市はこの四人の中では、冷静れいせい沈着ちんちゃく真面目まじめな少年である。

「女の素晴らしい部位は、脚だぞ脚」

 真面目に、変なことをくちばしやつだった。

 お陰で魚が岩影いわかげかくれてしまい、弥五郎はしぶい顔をする。

「二人とも落ち着けって~」

 のんびりと、おだやかに二人をたしなめるのは大助だいすけだ。言葉の調子ちょうしどおり、気質きしつがのんびりとした奴で、動きものろい。魚もよく大助の竿さおをつつくが、引くのが遅くてただのえさりとなっている。

 魚もそれが分かっているようで、大助の竿ばかりついて弥五郎の方には滅多めったに来ない。

「女の子はさあ、耳朶みみたぶが良いんだって~」

「お前もか、大助」

 最後の最後でえらく局所きょくしょてきなものが出て来た。

 もう釣りはめるかと、弥五郎はゴロンと寝転がる。魚はもういないし、暑いし、そもそも二人は釣りをしていない。

 くされたかおりがはなをくすぐる。夏はしがえるようにあついのが難点なんてんだが、草花くさばなきとしているのはこのましい。たまに吹くえたかぜも、心地ここちよい。

「で、弥五郎は?」

「なにが「で、」なんだ?」

「とぼけるなって、お前はおんなのなにが好きなんだよ、弥五郎!」

 バシバシと、遠慮えんりょなく頭をたたいてくる信太。

 弥五郎はまったかいさず、「女ねえ……」とそら見上みあげる。輪郭りんかくをはっきりさせたおおきなくもが、太陽たいようからげるようにうごいていた。どうやらくもあついらしい。

「そう言われてもな、かんがえたことがない」

単純たんじゅんはなしだぜ弥五郎、女のどんなところにを感じるかだ!」

「それを言うなら、だろ」

 バッサリと訂正ていせいされても信太はいたくもかゆくもないといった様子ようすで、それどころかかたをすくめて「やれやれ、分かってないな……」とおお袈裟げさくびってためいきまでいた。

「色気よりもエロ気の方がこう、下半身かはんしんにズッとくるんだよ、ズッと。分かるか?」

「いや、さっぱりわからないんだが」

「信太の言うことは、よく分かる」

「そうだね~。むねたかぶるひびきだよね~」

「だよな、しっくりくるよな! もしかしたらエロ気という言葉ことばはどこかに実在るのかも知れないな!」

 なんで利市たちは分かるんだ。幼馴染おさななじみこうなのか。なら出会であって一年いちねんのおれに分かるわけないかと、弥五郎は雲を目でった。

 ノリについていけないこともあるが、わるやつらではないし付き合ってて心地ここちい。なにより、まと気配けはいからして愉快ゆかい連中れんちゅうだ。

 しまでは友人ゆうじんもおらず、だれかとともごすことにれていない弥五郎だったが、信太たちはそんなことおかまいなしにせっしてきて、とも一人ひとりかぞえてくれた。

 それがとても、ありがたい。

「それじゃあ弥五郎、神社の巫女みこだれ一番いちばんこのみなんだ?」

 利市が質問しつもんえてきた。三島神社にはとじを含めて何人なんにんか巫女がいて、中には弥五郎らと同年代の者もいる。村の男たちいわく「将来しょうらいたのしみなベッピンばっか」だそうだ。

 とは言え、女を見分みわけるのうがない弥五郎にはよくわからない感覚かんかくである。

 やはりわからん、とこたえようとしたのだが。

「止めろよ利市、お前は分かっちゃねえ。あいつらはむらおもわれてるようないい女じゃあねえぞ」

 信太が、思わぬたすやりを入れてきた。利市と大助は「へえ?」とひらいて、弥五郎もこした。

 弥五郎も一年いちねんほど三島神社でごしている。巫女みこたちともはなしたことはあるし、みなわるいようにはおもえなかったが、どうやららぬ一面いちめんがあるらしい。

「さほりさんは? 楚々そそとしていて挨拶あいさつするとはにかんでちいさくかえす、きよらかなかただが」

 信太が、大きく首を振る。

「さほりはあれ、ただずかしがり屋でひと見知みしりするだけだ。れたやつには結構けっこう辛辣しんらつだからな、あさ二度寝にどねしてたら布団ふとんひっくりかえしてくんだぞあいつ。ああ見えて怪力かいりきなんだよ!」

「ゆずさんは~? いっつもニッコリ笑ってて愛らしい人だけど~」

 信太が、顔の前で手を振った。

「ゆずはもっとダメだな。生意気なまいき自信じしん満々まんまん自分じぶん美人びじんだと知っててそれをはなにかけてやがる。俺にはワガママ言いたい放題ほうだいさからおうものなら俺のガキの頃の秘密ひみつを言いふらすってんだぞ!」

「……しの、というのがいなかったか? 立ち姿が凛々りりしい」

 信太は、カッと目を見開いて弥五郎に顔をずいと近づけた。

「しの!? あれはさらにいかんぞ。なにしろとじさまうつし、いやわけみたまってもいい。あたまはいいが生真面目きまじめひとかたちしてやがる。俺がなにかするとしかりつけてきやがるんだぜ!?」

 そういえば信太はおさなころから出仕として三島神社にいるらしい。今げた巫女達とも、それなりにながい付き合いなのだろう。

 次々つぎつぎ巫女に対してダメ出ししているが、巫女の情報じょうほう以外いがいにも「信太がだらしない」ということが同時どうじつたわってくる。

 利市たちも同じようで、信太をあわれむようななまあたたかいで見つめていた。

「お前ら、俺の話、信じてねえな? ならあいつらのけのかわがれたところを見せてやる。付いてこい!」

 信太がいきおいよく立ち上がり、ずいずいと神社の方に戻っていく。いったいなんだと置いていかれぬように、弥五郎たちも立ち上がった。

 並んでみれば分かるが、やはり弥五郎は一段いちだんたかかった。

「化けの皮が剥がれたところ、って、剥がしてやる。じゃあないのか」

「いいや、もう奴らは剥いでる。まるはだかだ」

 意味いみありげにふくわらいをかべる信太を見て、弥五郎たちは「はて」とおたがいに顔を見合みあわせた。丸裸、とはいったい。

「あいつらは今……みそぎ最中さいちゅうだ」


「よし、この林を抜ければ神社のいずみだ。もうすこしだぜ。へっへっへ」

 みみませば、たしかにわかおんなこえがかすかにこえる。

 はなしたばした信太いわく、近々ちかぢかまつりがあるらしく、巫女たちは身をきよめるため泉にはいるらしい。その順番じゅんばん年齢としじゅんで、そろそろさっきげた三人のばんになるそうだ。

 いったいどこでそんな情報を手に入れたのかと弥五郎は思ったが、えて聞かず、わりに大きく溜息を吐いた。

「なんで、おれまで付き合わないといけないんだ……」

 ついさっき、「なぜわざわざのぞかにゃいかん」とあきれて部屋へやもどろうと思ったが、えりそですそつかまれ、仕方しかたなしに三人さんにんに付き合うことになった。

 信太のあしりはかるく、利市も大助も、鼻息はないきあらい。いまつかればこいつらとひとくくりにされるのだなと思うと、弥五郎はぎゃくからだおもくなった。

「弥五郎、これはお前のためでもあるんだぞ。お前にはあいつらを見て、女のどの部位ぶいこのみなのかを答えてもらうからな!」

「その話まだ終わってなかったのか」

 一部が好きになれば全体好きになるものではないのだろうか。

 なぜ、一部だけにこだわるのだろうか。

 むねおおきかろうがあしながかろうが、ながだろうがかみながかろうが、特に関係ないと思うのだが。

「あと、みそぎの泉ってたかかこいがあってよ。弥五郎に肩車かたぐるましてもらわねえと見えねえんだ」

「明らかにそれがおれをれた一番いちばん理由りゆうだろ。かえる」

 土台どだいなどにされたら完全かんぜん共犯きょうはんになる。一刻いっこくはやく、こいつらからはなれなければならない。

 きびすかえそうとしたが、またも三人に襟と袖と裾を掴まれた。

「女の体なんてそうそう見れるもんじゃあねえぞ弥五郎! ここで引いていいのか!?」

「今を逃せば、きっと後悔こうかいするぞ!」

「そうだよ~! 人は行く道しかないんだよ~! 過去には戻れないんだよ~!」

 いきばしった目でる三人の迫力はくりょくは、そのからだを弥五郎より大きく見せた。思わず、身がこわばってしまう

 いったい何がこの三人をここまでてるのか。そのたましいあつやすのか。ここまで来るとぎゃくに気になってくる。

 女体にょたいというのは、それほどまでにこころうばわれるものなのか。おとこ狂気きょうきとすたからなのか。

 弥五郎のこころって、らぬほのおいてしまった。

「……わかった、最後さいごまで付き合う」

 弥五郎のその言葉に、信太たちは諸手もろてをあげて飛び上がる。かたみ、こぶしを突き上げ、一足ひとあしはやまつりのようなさわぎである。

「お前なら、そう言ってくれると信じてたぜ!!」

「ああ、行こう弥五郎、ゆめに!」

理想郷りそうきょうはすぐそこだ~!」

「どこだというんです、理想郷は」

「だからすぐそこ、巫女達の禊の……場?」

 ──点いた炎が、さっとえた。

 空にはまだ天日てんじつかがやいているというのに、ふゆ凍空いてぞらの下、はだかでいるかのごと身体からだふるえる。

 凛冽りんれつとしたその気配けはい冷然れいぜんとしたその声音こわね清涼せいりょうなこのかおり。からだずいまで凍結とおけつするような、吹雪ふぶき怒気どき

 弥五郎たちの首は、まるであまりのさむさにこおりきったようにぎこちなく、こえあるじほういた。

 その、こおり気配けはいまとうのは────。

「ほう……では、くわしくはなしを聞きましょうか?」

 三島神社のかげぬし巫女みこまも氷柱つららのようにまなこするどひからせた、とじであった。


「まったく、弥五郎がいながらなにを許しているのですか」

「すまない、三人の迫力にやられた」

意義いぎあり! 最後さいごは弥五郎もやるしたぞ!」

 神社じんじゃ石畳いしだたみの上で、弥五郎ら四人は正座せいざをさせられていた。

 午前ごぜんをたっぷりびた石畳いしだたみは、それはあつい。ちたあせがあっというえるほど。

 だが目の前に立つとじは、汗ひとつかいていない。弥五郎もとじを見れば背筋せすじえて、身体中の毛穴けあなじた。

「さほりたちになにやらさわがしいと言われ見に行ってみれば、まさかのぞきをしようとは。信太、あなたはいずれこの三島神社をささえるものでしょう。利市、あなたも村の名主の一族いちぞくならば家の名をけがさぬように。大助、あなたはむら一番いちばんを持つ家の子なのです。真面目まじめになりなさい。そして弥五郎、はじを知りなさい」

 一言ひとことを、グサリとこころしてきた。織部おりべからけん一年いちねんまなんだが、言葉という利剣りけんの前ではかたななど通用しない。

 だが、とじにしかられれている信太はれない。

「いや、とじ様。これは弥五郎にとっても大事な《だいじ》ことなんだ。弥五郎は女のエロ気にまったく気付いてない。そんなことじゃあいけないと、俺は弥五郎の将来を思って」

だまりなさい」

「すいませんっした!!」

 すぐれた。平伏へいふくしきってひたいうでを石畳にさらしている。信太からジュウジュウと音がしている気がするが、きっと気のせいだ。

「そもそも、なんですかエロ気とは。言葉ことばただしく分かるように使いなさい」

「いやいや、とじ様、エロ気ってのは色気よりもこうガツンと心に来る言葉なんだ! エロってなんかしっくりくるんだよ。この胸におこる気持ちを現わすのに丁度ちょうど言葉ことばなんだよ! きっとどこか、うみそと使つかわれているかもしれない!!」

 信太はふたたがる。こころ再生さいせいりょくだけは大したものだが、さっきは「下半身にズッと来る」と言ってなかったか。とくちしかけたがんだ。

 とじのまと気配けはいが、より冷たくなったから。

「いいですか信太。言葉ことば相手あいてつたえるためのものです。ただしく意味いみし、相手あいてもその言葉ことば認識にんしきしていなければ言葉ことば意味いみくします。ただ無駄むだしたうごかしているだけです。うみそとにあるかもしれない? ならばそれはとおくに言葉ことばです。この国の者に伝わりますか? かさねて言います。言葉ことばつたえるものです。相手あいてからなければ言葉ことば意味いみはありません。それは意思いし疎通そつう放棄ほうきしているだけです。なげかわしい」

 冷酷れいこくに、完膚かんぷきまでコテンパンになじられた信太は、ちからなくした。やはりなにか焼ける音がしたが、これはやはり、気のせいだろう。

 とじは、わる人間にんげんではない。つね真剣しんけんなだけだ。少々しょうしょう……いや、だいぶ苛烈かれつなところがあるが、弥五郎はその真剣さを好ましく思っている。

 ──――もし好みの女を聞かれたら、よく笑う女と答えよう。

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