第五話 発才者
なんとものどかな
「良い場所だな」
「はぁ……そうだな……」
「
夜のこと。それはつまり、
それとも自分が甕割に
「ま、朝食の
「……おれと一緒に行動する方が、
「
あっけらかんと
あとは肝心の
「
「
その
「まだまだ
まだまだと言いつつも、その様子に
「……まあ、伯父上からはそんなものを
「そうなのか?」
「ああ。天下一の医者など、そんなものは世にはいらないとさ。だがわたしはなりたいんだ。あらゆる
その言葉は、まさしく
なれるだろう、と言われる
「ところで、一刀斎はなぜ
「なぜ、か」
剣を知りたい。その思いで
なれると言われていたから目指した、というのが
腰の甕割に、
「──
「ほう?」
その答えに、月白は首をかしげて一刀斎の顔を覗き込む。
「
「家は木こりだったのか?」
「父は
しまった。と一刀斎は足を止める。
だが月白は、その穏やかな笑顔を
「大切なのは、君が何をなしたかと親が君に何を残したかだ。流人の子だというだけで、
心が、わずかばかりに軽くなった。融けた鉄のように重々しかった己の血が、
「まあ、罪は
「気に
「またお前は……」
なぜこの月白と言う女はなんでもかんでも受け入れるのか。これは間違いなく
あまり月白に入れ込むと身が
「そこの若いご
さてどうやって月白を
見るからに
──だが強い。一刀斎は
つまりこの男は、どこかの武将。
「この柳生の郷の者だろうか?」
「まずおれ達は
客。その言葉に、男は目を
「つまり
「うん……? おれの生まれは
「わたしは
すると男は「そうか……」とどこか気の抜けたようで、だがすぐに
「実は、自分は柳生殿に呼ばれた者で……。柳生殿の屋敷は、あそこで間違いないか?」
男が
「ああ、そうだ」
「分かり
男は
しかし
「……もしかしたら、おれ達は
「わたしは間違いなくそうだろうな」
この柳生の郷を挟む山のように、
と、そこに。
「うわぁああああああん!」
二人が同時にそちらを向くと、なにやら木の
「なにか起きたのか?」と、一刀斎が
「どうかしたのかな? ぼうやたち?」
「こいつ、転んだんだよ!」
「痛い! 痛いいい!」
「痛いか、痛いと分かる内は
月白は笑顔のままで、
そのまま
「転んだだけでこうは泣かないと思うけれど、どうかしたのか?」
「この根っこに引っかかって……」
「もたついてた!」
「足が
「あたし変にまがんのがみえた!」
その白い指で、少年の小さい足を
少年が、小さく
「なるほど、
月白は優しく少年の
「近くに、川はあるかな? これを冷やしてきてくれ」
「う、うんわかった!」
すぐ側を子どもが駆けていったところで、一刀斎はハッとして、子ども達のところへ向かう。
「冷やすのか?」
「最初はな。だが、落ち着いたら暖めるのが良い。血が
「持ってきたよ!」
あっという間に、手拭いを冷やしにいった子どもが戻ってくる。月白は「ありがとう」とその子の頭を撫でると、再び羽織に手を伸ばした。
羽織を見てみれば、内側にはいくつかの
月白は迷わずその布袋の一つから
深呼吸を二度するよりも早い。
「これでよし、と。大丈夫か?」
気づけば、先程まで大泣きしていた少年はもう泣き止んでいる。未だに
「家はどこかな。後で、
「あ、この村には薬あるから大丈夫だよ!」
「ほう、そうなのか。さすが柳生の郷だ。
ニッコリと微笑みながら、元気に
……女子どもさえ魅了するのか、この女は。
とはいえ、子どもが泣いてからの
「すごいな、月白は」
「なに、この程度は初歩だよ。とはいえ、
月白は立ち上がると、髪を
「じゃあな、ぼうやたち」
月白は、一刀斎さえおいてそのまま
思わずそのまま
「お兄ちゃんのおねえさん、すごいね」
「あれはおれのじゃないぞ、
「いやあ!
「カッコつけてやったんだなあれは……」
その日の夜。月白は一刀斎の借りる
それで
「それにしても、どういった
そしてその夕食、客間に行ってみれば二の間へ続く
そして、その
「
「なんだか
どうやら昨日言っていた
夕食が終わったとき、なにやら空気がピンと張った気配がしたのでそそくさと
「一刀斎……
「酔っ払いは女として見れん」
あえなく
昨日の今日だと言うのに、まるで
「今日は
「男が
はあ、と溜め息を吐くと同時に、背中に
「お前、それでも
「伯父上は僧籍にいるがわたしは違うからな」
肩に乗せられた
「人に
「……甘えられることは、少なかったからね」
「なに?」
「今朝は君の生い立ちを聞いたから、次はわたしの番だ。いいかな?」
「構わない」
「君なら
その言葉に、
「わたしにはあとは
「
一刀斎の
「わたしはそれがどうにも
笑いながら語る月白だが、今だその顔には、
「伯父上も、わたし達と同じぐらいの頃に両親を亡くしていてね。僧籍に入ったのもそういう理由でなんだが、
それは、何となく感じていた。道三に対してはぐらかすようにヘソ曲がりなことを言ったり、
道三がどこか月白に
「……わたしがね、一刀斎。わたしが天下一の医者になりたいのは、もう伯父上や、わたしや兄のような者を、生みたくないからなんだよ。……子どもには、親が
その感覚は、一刀斎には分かりにくい。自分が親に教わったことは、たった二つ。
薪割りに見せかけた、振り下ろしの仕方と、あとは。
「……人が死ぬのは、やるべきことが全部終わった時だ」
「え?」
「死んだ
一刀斎は、ただその言葉を
「親父は、疲れていたんだろうな。
諦めたから、剣を手放したのかも知れない。自分は
疲れ果てたから、あの島に流れたのかもしれない。誰も己を知らず、殺しに来たりしない場所に。
誰も殺さなくて、
「月白、お前はすごいと思う。お前は諦めていない。病に
一拍おいて、月を見上げながら。
「お前は、天下一の医者になれる女だ。──
立派な奴だ。言いきろうとした瞬間に、月白が体全体を預けてきた。胸に頭を押し付けて、一刀斎の小袖を、強く掴み。
月白程度の重みでは、倒れることなどない。一刀斎は驚きながらも、しっかりと受け止める。
「──月白? どうした」
「…………ああ、いや、うん、どうしたのかな。自分でもわからないや。……来てよかったなあ。伯父上への
胸の中で発された声は、くぐもっていて、どこか震えている。だがそれは、今まで月白が纏っていた
抱き締めたい。心の底から、そう思った。──だがその時。
「あー……お取り込み中のところ、ちょっと、申し訳ねえんだけどよお……」
みられた。まちがいなく、みられた。
いきなり出てきて
「……ど、どうした、松軒。なにやら大事な話をしていたんじゃなかったか」
「おうさあ、それでなあ、一刀斎。お前に用があんだよなあ」
いまいちばつが悪そうな松軒のその言葉に、一刀斎と月白は首をかしげる。
「──織田尾張守と、直接話したお前が要る」
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