天の一撃
水乃流
最期の三分間
無限に広がる大宇宙。その片隅に存在する銀河団の中にある直径十万光年ほどの棒渦巻銀河は、「天の川銀河」あるいは単に「銀河系」と呼ばれている。その名称を付けて呼ぶのは、銀河系の渦状腕にある「太陽系」という恒星系、第三惑星「地球」に住む人々だ。
太陽系の中心にある恒星「太陽」は、標準的なM型恒星で、誕生してからまだ五十億年も経っていなかった。太陽が赤色巨星となるまでには、まだ五十億年ほどかかるだろう。それまで、地球に暮らす生物は、太陽の恩恵を受けて安寧に生きていく――はずだった。
後から考えれば、確かにそれの兆候はあった。
太陽表面の異常活動。太陽黒点の消滅。
これまでに確認されたことがある現象であったため、ほとんどの研究者は見落としていた。だが、これまでとは違っていたのだ。何かが。
最初に気が付いたのは、定常的に太陽の観測を行っているNASAの研究員だった。単純なコロナ質量放出(CME)と思われた現象が、プラズマの奔流となってある方向――自分たちのいる地球が存在する方向――へと噴出している。その事実を確認するために、研究員たちは欧州や日本だけでなく、ロシアや中国の研究機関にも問い合わせた。その結果、疑念は確信へと変わった。それは、他の研究機関も同様であった。
最初の被害は、太陽観測衛星だった。プラズマよりも先に空間を切り裂く衝撃波が、太陽観測衛星を襲ったのだ。通信途絶。最後に太陽観測衛星から送られたデータは、地球の運命を示唆していた。
気が付いた時には、もうどうすることもできなかった。最初の衝撃波が地球に到達するまで、もう三分も残されていなかった。公表すれば、世界中がパニックになる。だが、知らせなければ惨事は拡大してしまうだろう。事実を知った彼らは、自分たちが所属する国のトップに、事実をありのままに伝えた。そして、すべての電子機器の電源を落とし、天に祈った。
国際宇宙ステーション(ISS)でも、緊急避難手順が開始された。重要な機器はシールドされているが、万が一に備えて電子機器は(生存に必要な機器と観測機器を除き)電源が切られた。クルーは全員ロシアのモジュールへと移動し、脱出カプセルに近い場所で待機した。
連絡を受けた各国政府のうち、ほとんどの国では、被害を最小限に抑えるため、テレビやラジオ、インターネットを通じて太陽からの一撃について告知した。離陸前だった航空機は飛行を中止し、飛行中の航空機は緊急着陸を試みた。電車は緊急停止した。交通信号はすべて赤になった。稼働中だった原子力発電所は緊急停止シークエンスに入り、火力発電所も停止操作を行った。
家にいた人々は、そうしないほうがいいと分かっていてもテレビやパソコンを消さなかった。残り少ない時間に頼れる情報源だったからだ。その期待に応えるがごとく、テレビもラジオも、残された時間いっぱいまで放送を続けた。どんな時にでもアニメを流すと言われた、あのローカル局ですら、緊急放送で事実を視聴者に伝え続けた。
外出中だった人々は、我先に地下へと避難した。ニュースを知らなかった人々も、周囲の人々から状況を聞き、地下へと逃げ込んだ。地下鉄の駅も地下街も、人で溢れた。その間も、時間は非常に流れ去る。
そして、三分が過ぎ、それはやってきた。
膨大なエネルギーによって発生した衝撃波が、地球に襲いかかった。地球の周囲を回る人工衛星は、すべてが機能を停止した。地球そのものも影響を受けた。軌道は少し外側へとずれ、地軸の傾きも変化した。地球の衛星である月も衝撃波によって自転速度が変化し、自転同期しなくなった。
数分後、プラズマの激流が地球を襲った。
地球の磁気圏は、プラズマ流によく耐えたが、すべてを防ぎきることはできなかった。その時夜側だった場所では、赤道付近でもオーロラを見ることができた。
プラズマは、衝撃波によってダメージを受けた人工衛星たちにとどめを刺した。
停止が間に合わなかった発電・送電システムでは、サージによって壊滅的な被害を受けた。特にほとんどの変電所は、再帰不可能なほどの被害を受けた。また、着陸できなかった航空機は、コントロールを失った。百機以上の航空機が、墜落した。
電源が入っていた電子機器もまた、サージによって破損した。電源が入っていたテレビはスパークを飛ばし、あるものは火吹くこともあった。それによって、都市部ではあちこちで火災が発生した。だが、連絡手段は失われており、消防も消火する手段を失っていた。人々は、燃えさかる炎を前に、ただ呆然と立ちつくすだけだった。
プラズマの洗礼が終わった後、最後の試練が地球を襲った。人工衛星の一部が制御されることなく大気圏へと突入した。ほとんどは海洋へと突入したため被害はなかったが、数基の衛星は陸域へ、人の住んでいる場所へと落下し、大きな被害をだした。最大の被害を引き起こしたのは、ISSであった。乗員はカプセルで避難したが、高度四百キロメートルから徐々に高度を下げたISSは、途中で各モジュールが分解しながら、世界各地に落下していった。
人類は、電気を失い、電子機器を失い、多くの人名をも失った。それまで(人間の感覚では)長い時間を掛けて築き上げてきた文明が、あっというまに崩壊し、人々の生活レベルは百年以上交代した。
どうすることもできなかった。三分では短すぎたのだ。
■□■□
これは、シミュレーションである。だが数年後、いや明日にでも起きるかもしれない。
天の一撃 水乃流 @song_of_earth
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