3分間の抵抗
梶倉テイク
最後の3分
身体にぴたりと合ったパイロットスーツ。身体のラインがくっきりはっきりと出るどこか装甲的に感じるスーツは、年頃の娘が着用するものとしては、とてもではないがふさわしいとは言えない。
特にこのスーツは色がほんのりと肌色を内包したような白――正確には乳白色とでもいうべきか――であって、遠くから見た場合、光の加減次第では全裸に見えるという男性からしたら眉唾な代物である。
そもそも肩や腰、首元などの装甲部位以外に充填された耐圧、耐衝撃ジェルのおかげで半透明であり、下手すれば肌が透けていたりしていた。
腹や手足など、装甲部や機械装備部位以外の場所は、全てそれだ。
つまり、光の加減で本当に地肌が見えており、ガチで全裸と変わらない状態になっているということなのだ。
だが、それを着なければ
前面のモニターのカウントダウンが終わる。ゆっくりとフィルンは潤滑液でうるんだ紅の瞳を開いた。
モニターが起動し暗かった操縦席を明かりが満たす。アイカメラが起動し外界を投影。同時に、通信ウィンドウが開く。
ウィンドウの向こう側では、禿上がった眼鏡に白衣の男性――ドクトルが神妙な顔をしていた。
『諸君らの健闘を祈る。これも世界の為じゃ。まったく、がらでもない。……最後に、私は君たちの献身に敬意を払う。では、諸君、これからの未来の為に戦おう』
その言葉を最後に通信は封鎖された。これから先はただ一人で、作戦を遂行しなければならない。
「大丈夫。私は、生きる――網膜投影スタート」
接続された神経からクランカーの情報がフィードバックされ、視界がリンクする。
そして、大きな振動と共にフィルンが搭乗しているクランカー――バーミリオンは、軌道上プラットフォームからの降下を開始した。
カタカタと、全長約15メートルの最進斬水形状高硬度複合フレームが、殺人的な加速度と風を受けて騒音を鳴らす。
完全防音の操縦席の中では、その音は聞こえないが慣性質量の擦れる音は耳に響くようだった。
擬似神経線維と内臓器官を抉るようなGに耐えながらフィルンは、揺れる操縦桿を握り直して安定させモニター上を己の視線と同期して動くカーソルを目標へと向ける。
距離が表示され、降下するにつれてバーミリオンに装備された長距離射程兵装の有効射程に入ったことで、カーソルが赤から
フィルンは操縦桿にあるボタンをプッシュ。降下しながら背面にて折りたたまれていた武装が展開する。肩から砲身を伸ばす長大なライフル。
「……オープン・ファイア」
一瞬の逡巡のあと、フィルンはトリガーを引く。悪魔的な反動と共に、大質量弾が発射された。
反動によって機体が一回転して反動を逃がし、砲身をパージすると共にスラスターを吹かして姿勢を安定させる。
重力と初速の早い
「制動」
フットペダルを踏み込む。急制動。首を抑えるようなGに抗いながら機体を起こす。モニターの端では、青の光が展開されていた。
ドクトルが考案した新理論によって製作されたバーミリオンの背部にある主推進機構が光の翼を広げる。
全周囲モニターであるため振り返ればその翼を見ることが出来た、EM粒子の光。EM機関が発生させるその青の翼を。
神々しく発光する翼は、明け方の時間ゆえに目立つ。迎撃に出たクランカー型の敵が射撃してくる。
通常の炸裂弾。ねっとりと絡みつくようなビーム射撃がバーミリオンを襲うが、上空、それも落下中であるために、当たらない。
フィルンは制動をかけたと同時に、両腰にマウントされていた主兵装の一つであるライフルを両手に装備させる。
ライフルの火器管制システムが一瞬のうちにバーミリオン本体にインストールされ、頭部カメラと連動し照準サイトが同期。
その工程を終了すると同時に落下は終了し、轟音を響かせてバーミリオンは目標地点である敵の巣へと着地した。膝を曲げて着地姿勢。
間髪入れずフィルンは直ぐ様フットペダルを踏み込んだ。
放出される粒子、展開される翼が大気を打つかのようにバーミリオンは既存の常識を打ち破って加速する。
刹那、着地した場所を閃光が通り過ぎて行った。一瞬でも加速が遅れていれば、収束粒子砲の一撃を受けて終わっていただろう。
如何にバーミリオンがEM粒子によるシールド機構を備えているとはいえど、粒子収束砲撃を無防備に受けて良いという事にはならない。
むしろ積極的に避けなければエネルギーは即座に干上がるし、ハチの巣にされてしまうだろう。それほどまでに敵の攻撃は強い。
躱したところに敵が登場する。地球上の節足動物を模したかのような機械生命体。数だけは多い敵の歩兵の一種。
「来た」
イビルマキナと呼ばれる悪魔の機械。突如として世界に湧いて出てきたそれは人類を殺し始めた人類の敵だ。
瞬く間のうちに人は地上を追われた。現在、地球は奴らの領域となっている。そして、今、取り戻す為の最後の戦いをしているのだ。
巣を破壊し、殲滅する。
「数が多い。けど――」
フィルンは続々と巣から這い出してくるイビルマキナに向かって、バーミリオンを突っ込ませる。
主推進機構で無理矢理に機体を押し出すように加速させ距離の近いイビルマキナから破壊していく。
「――!」
弾丸が切れる。その瞬間を好機と見た敵が突っ込んでくる。
冷静に、フィルンは、再装填を行う前にライフルの機構を開放した。
展開される
銃身から刃が飛び出し、更に収納されていた刃が展開され銃身よりも長大な一本のブレードを創りだす。
突っ込んできたイビルマキナへと振るわれ、振動とそれによって生じる高熱によって溶解両断してみせた。
「次ッ!」
フットペダルを踏み込んで、敵へと突っ込む。
クランカーなどの機動兵器に存在する人がその機動に耐えられる機動限界すら超えた動きに敵はついて行けない。
常識外、既知外の速度と戦闘機動の前にイビルマキナは一体、また一体と残骸となって行く。
「ふぅ……」
深く息を吐く。
レーダーに敵影がないことを確認して、フィルンは機体状況を確認する。初の実戦ではあったが、問題なく動いた。
状態はグリーン。装甲が少しばかり焦げていたり、へこんでいたりしているが稼働に障害はない。
武装も問題はない。残弾のなくなった弾倉が排出され、代わりの弾倉が装填される。
エネルギー残量は、少しだけ予定よりも少なかった。初の実戦だからといって緊張で主推進機構を吹かし過ぎたようだ。
「気を付けないと」
半永久的に動力を提供するEM機関ではあるが、生み出すエネルギーの量は一定だ。だから、使いすぎると痛い目を見る。
今度は気を付けよう。そう心に深く刻んで、フィルンは作戦に従って第二目標へと向かう。バーミリオン脚部のホバーブーストを展開して滑走を開始した。
●
バーミリオンの斬撃がイビルマキナを切り伏せる。
これで前途を阻むものは消え去った。最後の作戦目標。太平洋上に浮かんだ大樹。そう呼ばれるイビルマキナの最大の巣。
ここまで残っている作戦遂行中のクランカーは一機。つまり、バーミリオンを残して他は全滅した。
「状態表示」
バーミリオンの状態をフィルンはモニターに表示する。ほとんどがレッドゾーンに突入していた。もはや動いていること自体がおかしいと言われるような状態だ。
白亜の装甲は至るところに傷が出来ており、無事なところを探す方が難しい。左腕は喪失。右脚部ホバーは損傷し機動性が落ちている。
ライフルは残弾ゼロ。ミサイルもなし。使える武装は、展開式のブレードのみ。状態は最悪。エネルギーは貯蓄が少ない。敵はいっぱい。
「なら……リミッター解除」
それを前にして、フィルンの乏しい表情はわずかに笑みを作った。有りっ丈をもって臨もう。彼女は、最後の切り札を切る。
バーミリオンは蒼く輝く光翼を広げる。臨界を越えて高められたEM機関によって生成される粒子によって機体が浮き上がった。
モニターに映るのはカウントダウン。
3分間という短いリミット。
臨界状態を維持できるのは3分が限界であり、それを越える使用し続ければ機体がもたない。
だから、最後の切り札。
「はぁぁぁすぅぅぅ、はぁぁぁ」
眼を閉じて、深呼吸をして――
「行きます!」
フットペダルを踏み込んだ。
衝撃もなく、圧力もなくバーミリオンは飛翔した。ブレードを手に敵へと突撃を開始する。
敵もバーミリオンへと殺到するように両の手を変化させた近接武装にて斬り伏せんと迫って来た。
しかし、今のバーミリオンにとって、その動きは止まってみえる。
「一つ」
振るわれた斬撃。両断されるイビルマキナ。
「二つ」
一つ倒せば、次を倒す。
「三つ」
次を倒せば、そのまた次を。稼働限界を超えて駆動する右腕部と高周波熱ブレード。放たれる粒子収束砲を躱し、真っ直ぐにバーミリオンは飛翔した。
カウント0。
もう動くことはないだろう。
だが、
「やったよ、ドク……」
最後の巣が崩れ落ち、夜明けが来た――
3分間の抵抗 梶倉テイク @takekiguouren
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