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ぶらっくまる。

おわりとはじまり

 数百年にも及ぶ魔族と人間たちの戦争に終止符を打ったのは、賢者の大魔法でもなければ、勇者の剣でもなかった。


 補助魔法士こと、ジーク・ヴェルミリオの自己犠牲精神によってだった。


 戦争終結の三分前――


 歴代最強と謳われた勇者パーティーが、魔王城を強襲し、ついに魔王の間まで辿り着いた。


「貴様が魔王か! ここで人類の積年の恨みを晴らしてくれようぞ!」


 趣味の悪い髑髏やかぎ爪のような装飾を施された禍々しい巨大な扉を打ち破り、魔王の間に躍り込むなり勇者がそう叫んだ。


「クックック……」


 これまた、背もたれや肘起きが髑髏で装飾された玉座からくぐもった不敵な笑い声が聞こえてきたが、歩み出た魔王は巨大な魔のオーラを纏っており、真の姿はわからなかった。


「何がおかしい!」


 全く相手にされていない勇者は、怒鳴り返した。


「ふうむ、ようやく、ようやくじゃ……」


 魔王は、勇者に答える訳ではなく、そんなことを言った。


 勇者と賢者の後ろにいた補助魔法士のジークは、膝を震わせその様子を固唾を呑んで見守っていた。


 魔王の間に来るまでの間に、戦士と弓術士が命を落としていた。

 人類の仇敵を、この魔王を、打倒すために自分の命を犠牲にして勇者と賢者を守って――


 確かに、勇者と賢者がいればこの魔王といい勝負ができるかもしれないが、それを守る他の魔族にギリギリ勝利した程度で、既に満身創痍だった。


 ジークは、補助魔法士故に、戦闘能力が殆どない。


 実際、強大なプレッシャーを放つ魔王を目の前にしてジークは、腰が引けていた。


 更に、魔王の勇者パーティーを待ち望んでいたかのようなセリフに、眉根を顰めた。

 まるで、遊び相手がやってきたことに喜んでいるようだったのだ。


 魔王にとって、勇者はその程度なのだろうか、とジークは心配になった。 


 残り、二分三〇秒――


「補助魔法士! いつも通り付与魔法を!」

「は、はいっ!」


 勇者がそう言うなり、既に魔王目掛け駆け出していた。


「エイム・パーティー・プロテクション! インプルーブ・タクティカルムーブメント! エンチャント・オーバーマジック!」


 ジークは、身体強化の他、魔王に対抗すべく魔力増強の付与魔法を唱えた。


「はあっ!」


 裂ぱくの気合と共に勇者が聖剣エクスカリバーを袈裟斬りし、魔王が真っ二つになった。


 が、


 空を切ったように全く手ごたえがなかった。


「なっ!」


 勇者はそのことに唖然となった。


「ふふふっ……ファーッファファ」


 当の魔王は、盛大に笑い、煙となって霧散した。


 残り、二分―― 


 ジークは、背筋にぞっとするものを感じた。


 その瞬間――


「やっと出会えたのう……」

「ヒッ!」


 魔王がジークの背後に現れ、後ろから抱きすくめるかのように腕を回した。

 ジークは、ローブ越しからでも明らかに女性のソレとわかる双丘が押し当てられ、その状況を忘れて顔が赤くなるのを感じた。


 まさか魔王が女だと思っていなかったのだ。


「「補助魔法士!」」

「おっと、動かぬことじゃな勇者たちよ。この者がどうなっても構わんのか?」


 剣を握りなおした勇者は、魔王の言葉を無視して突進を開始する。

 賢者も呪文詠唱を開始し、ジークのことなど気にも留めていない様子だった。


「おいっ、そのまま魔王を押さえてろ! 絶対放すなよ!」

「な、なんじゃと!」


 勇者は、ジークごと魔王を切るつもりだった。

 賢者は、ジークごと魔王を爆破するつもりだった。


 残り、一分三〇秒――


「おい、これはどういうことじゃ!」


 魔王は、慌てた様子でジークを問いただす。


「そのままだよ。魔王……悪いけど、一緒にあの世行きだ……」

「お、お主……」


 ジークは、自分の役割を理解していた。


 補助魔法士――

 攻撃魔法士と違い、個人での戦闘能力はほぼ皆無。


 しかも、補助魔法士の付与魔法の効果は、微々たるもので、攻撃力を二倍にすることなどできない。


 精々、数パーセントが関の山。


 魔王討伐のために勇者に帯同した補助魔法士は、一〇〇人。

 その中で、最後まで生き残ったのがジーク・ヴェルミリオ、その人だった。


 そう、補助魔法士が消耗品のように扱われるのが常識の世界だった。


「任せておれ」

「なっ!」


 ジークは、魔王をガッチリ拘束したつもりだったが、簡単に解かれてしまった。

 そんなのは当たり前のことで、驚くことではない。


 それは、ジークもわかっていた。


 ジークが驚いたのは、拘束から逃れられてしまったことではなく、ジークを庇うように魔王が前に躍り込んできたからだ。


「喰らえ!」

「エクスプロージョン!」


 勇者が会心の一撃を魔王へ繰り出し、その追撃のために賢者が魔法を発動した。


 が、


 魔王には全くの無意味だった。


 聖剣をいとも簡単に片手で受け止め、そのまま力を込めると、簡単に真っ二つに折れてしまった。


 そのことに驚愕した勇者は、一瞬判断が遅れ、賢者の魔法を避けるべく飛び退こうとして失敗した。


 魔王に腕を掴まれた勇者は、賢者の魔法目掛け、投げ飛ばされてしまった。


 賢者と魔王の間で腹に響く重い爆発音が轟き、その衝撃で床材が飛び散った。

 その破片がジークを掠め、頬を切った。


 頬に熱を感じたジークは、それを無視してただただ突っ立ていた。


 勇者が血の海の中に沈み、賢者は魔王に腹を裂かれ、膝をついていた。


 残り、一分――


「のう、お主……何故ヒューマンたちは襲ってくるのじゃ?」

「え?」

「妾が何をしたというのじゃ?」

「そ、それは……」


 生き残ったのは、ジーク一人。


 そのジークに魔王が語り掛けていた。


 魔王の言う通り、確かに魔王は何もしていない。


「確かに何もしていない。されていない。ただ……」

「ただ?」

「ただ、俺たち人間は、得体のしれない者を恐れる」

「ほう、恐れているわりに喧嘩を売るのじゃな」

「確かに」


 魔王の尤もな指摘に、ジークは苦笑い。


「ふうむ、お主は恐くないのか?」

「ああ、俺? よくわからない。ただ、恐れて殺されるより。魔王相手に笑ったまま死にたい」


 ジークは、自分の命が残り僅かだと理解していた。

 戦闘能力が皆無の補助魔法士に、魔王に抗う力がある訳もなく、受け入れざるを得ない状況だった。


「死ぬ? お主は病気かなにかなのか?」

「は?」


 魔王の問いに思わずジークは、そんな反応をした。


「ふうむ、スキャンしたが、どこも悪そうではないようじゃが、どういうことじゃ?」

「え……俺を殺すんじゃないのか?」

「誰がじゃ?」

「あんたが」

「あんた? ん、妾がか?」

「う、うん……」

「どうしてじゃ?」

「だって、魔王なんでしょ?」

「そうじゃが、何故それがお主を殺す必要があるのじゃ?」


 ジークは、誤解していた。


 残り、三〇秒――


「ふうむ、どうしたらヒューマンから敵視されなくなるのじゃ? 妾は、もうこれ以上無意味な殺生をしとうない」

「うーん、それなら死んだことにするとか、かな?」


 魔王が死なない限り、ヒューマンは次の勇者を召喚し、魔王へけしかけるのは間違いない。


「ほう、そりゃ名案じゃ……のう、お主、名を何と申す」

「え、俺? ジーク、ジーク・ヴェルミリオ」

「ふうむ、良い名じゃ。ジークとやら、妾の婿とならんか?」

「はあああ!」


 突然の魔王の提案にジークは、素っ頓狂な声をあげた。


「そんなに驚かんでもよいじゃろうに……」


 魔王は、少し傷ついたように俯いてしまった。


「そ、その心は?」


 意味がわからないジークは、真意を尋ねた。


「一目惚れじゃ……」


 魔王は、頬を朱に染め、モジモジし始めた。


「もし、それを受け入れてくれれば、妾は表舞台から姿を消そう」

「わかった!」


 即答だった。


 残り、〇秒――


 補助魔法士こと、ジーク・ヴェルミリオの英断により、数百年にも及ぶ魔族と人間たちの戦争に終止符が打たれたのだった。


 そして、魔王に身も心も売ったジークは、魔王討伐の英雄と崇められ、魔王城をそのまま領地とした名誉貴族となった。


 魔王に尻に敷かれることになると覚悟をしていたジークであったが、本当に魔王の一目惚れのようで、死ぬまで自由気ままな生活を送るのだった。

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