第23話 秘策
最初、僕は曽根崎さんが悲鳴を上げたのだと思った。白装束らに、何かしらの拷問を受けたのだと。
しかし、その悲鳴は二人分あった。
「危なかった……」
聞き慣れた声がした。何故か動きを止めた集団の中、真っ二つに割れた何かを手に彼はゆらりと立ち上がる。
足元で体を押さえて呻く教団員二人を見るに、どうやらその破片で彼らを切りつけたようだ。
曽根崎さんは、ナイフを構えるがごとく破片を両手に持ち、言う。
「――能面が無ければ即死だった」
なんで能面?
一ミリも訳がわからなかったが、それは僕を羽交い締めにしている教団員も同じようだった。
……あれ、これチャンスじゃん。
僕は曽根崎さんに気を取られている教団員の拘束から腕を抜くと、そのまま腹部に肘鉄をくらわせた。
ついでに白装束を捲りあげ、ベルトに差さっていた金属バットと、水鉄砲のようなものを拝借する。
「どけお前らぁぁぁぁ!!」
金属バットを持って、一人残らずぶっ殺すつもりで曽根崎さんを囲む集団に駆け出した。僕の声に怯んだ教団員が数名後退りしたが、残りは逆に僕を捕らえようと立ち塞がってきた。
「……そうなると、後ろがガラ空きになるんだよなぁ」
この言葉と共に、数人の教団員の膝が地につく。――曽根崎さんが、足払いをかけたのだ。その隙に、彼は僕の元に逃げてくる。
「曽根崎さん、無事ですか!」
「ああ。君が気を引いてくれて助かった」
「どうします? 逃げますか?」
「いや、ここまで来たら全部ぶち壊すぞ」
「わかりました。ではどうやって……」
僕が最後まで言うのを待たず、曽根崎さんは走り出した。向かう先にいたのは、生ける炎の手足教団の開祖にして現教祖。
怪異の掃除人は龍三郎様の首に腕を回すと、鋭く尖った能面の破片を押し付けた。
「この姿が目に入ったなら、全員大人しくしろ!! 教祖である竹田龍三郎の命は、今この曽根崎慎司の手の中にあるぞ!!」
人質取りやがった、あのオッサン!!!!
しかし教団員らの決定的な弱点の一つであることに間違いはなく、白装束はたじろいでいた。
曽根崎さんは、龍三郎様を押さえたまま、目で僕にこちらに来るよう指示する。僕は頷き、彼の後ろについた。
「僕は背後を見ます。曽根崎さんは、目的を完遂してください」
「うむ、頼んだ」
「……景清。このような不敬が許されると思うか。今すぐ、この男の不浄を阻止せよ。そうすれば、元通り神の器として儂らはお前を迎えようぞ」
龍三郎様は、蛇が這うようなゾッとする嗄れ声で僕を睨みつける。それに一瞬気圧されそうになったが、金属バットを両手で握りしめ、僕は首を横に振った。
「……龍三郎様。申し訳ありませんが、僕には彼を止めることができません」
「何故だ。たかが雇用者と従業員だろう」
「いえ、本日付けで、我々はもっと強固で厄介な関係になりました」
そう、僕らは、もはやただの雇用者と従業員ではない。曽根崎さんも、静かに肯定した。
「ええ。それは、ある意味教祖と信者よりも深い関係にあるといえるかもしれません」
「特に僕にとっては、家族よりも強い力を持ちますよ」
「はは、これからよろしくな、景清君」
「こちらこそ」
「なんだと……貴様ら、一体どういう関係なんだ!」
「そんなの、一つしか無いに決まってるでしょう」
初めて動揺した様子の龍三郎様を見て、僕はさらりと言い放った。
「――債権者と債務者です」
「……さい……何?」
おや、そんな教祖様の顔は初めて見たな。そりゃ人間なんだ、驚いて目を丸くすることもあるか。
いつのまにか、僕のこの老人に対する恐怖はだいぶ薄らいでいた。
「見つけたぞ、景清君!」
僕らの悪ふざけに教祖を付き合わせている間に、曽根崎さんは目的のものを発見したようだ。彼の動きに合わせて移動しながら、他の教団員を牽制する。
「……で、何をするのか教えてもらっても構いませんか?」
「ああ、勿論」
曽根崎さんは、腕の中の教祖を全く気にする様子もなく、言った。
「今大勢の声で詠唱されているこれは、神召喚の呪文らしい。私はこれを、邪魔しようと思う」
「……そんな事は不可能だ」
龍三郎様が口を挟む。
「何故なら、彼奴らには何が起ころうとも絶対に詠唱をやめないように伝えてあるからだ。貴様が狙っているそのマイクで詠唱をやめるよう説得した所で、全員の声を一斉に止めることなどできない」
「存じておりますよ。実際、私は呪文を止めようなどと思っていない」
「……」
どうやら、龍三郎様の方にも心当たりがあるようだ。彼は、口を真一文字に結んで曽根崎さんの次の言葉を待っていた。
一方曽根崎さんは、やはり淡々と説明する。
「ただ、呪文の列を壊そうと思っています。幸い、私の手元には召喚の呪文が書かれた紙がある。これを読み解き、然るべきタイミングで私は詠唱に逆さ語をぶつけます」
「逆さ語?」
「逆再生した時の言葉といえばいいかな。他の呪文であれば効果などないだろうが、今回はとてもデリケートな詠唱のようだ。ならば、一つでも綻びが出れば全てご破算になる可能性が高い」
彼の推測に、僕は龍三郎様の様子を伺い見た。龍三郎様は、額に脂汗を浮かべてギロリと曽根崎さんを睨みつけている。
どうやら核心をついているようだ。
「……うまくいくものか。普通の人間が、呪文を読み解き、かつ然るべき位置で逆さ語を唱えるなど」
「こう見えて、私は多趣味でしてね。呪文を読むぐらいならば手慣れたものですよ」
「――ふむ、怪異の掃除人というものは、かように煩わしく、面倒なものだったのか。とっとと消しておくべきだったな」
「お褒め頂き光栄です」
教祖の首に鋭利な破片を突きつけたまま、曽根崎さんはジリジリとマイクのある壇上へと向かう。しかし、ここで龍三郎様はまたあの恐ろしい笑みを口元に作った。
「ならば、儂も最終手段といこう」
その目は、僕を捉えていた。
何が起きるか察した僕が耳を塞ぐ前に、歪んだ唇から聞くに耐えないおぞましい音が漏れてくる。
「……ギッ」
脳がかき混ぜられる。記憶が混濁する。眩しい闇と暗い光が目の奥で痛いほど瞬いている。
――それは、僕の精神を破壊する音だった。
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