第7話 曽根崎らはアジトへ乗り込む

 場面は変わり、曽根崎と柊と藤田の三人に話は移る。彼らは、白装束の教団が姿を消しているという山の麓に身を隠していた。


 ――全員、その顔に能面をつけて。


「いや、なんで?」


 能面の下で顔をしかめながら、藤田が柊を振り返る。対する柊は、なぜか胸を張って言った。


「変装させるのが面倒だからに決まってるでしょ」

「別人に変えてあげるっつったじゃん」

「言ったかしら? 言ったわね。まあいいでしょ、別人っちゃ別人よ」

「ここまで来ると役だよね。能の、そういう」

「まー、このボクに口答えなんてナマイキよ。アンタちょっと有名人だからって調子乗ってんじゃないわよ」

「都合が悪くなったら強気になる。オレ柊ちゃんのそういうとこ、ほんと可愛いと思う」

「ボクは騙されないわよ。アンタのそういうとこ」


 トランスジェンダーでド級の美人である柊と、性的人類愛者で爽やかなイケメンである藤田という有名人同士は、不思議な距離感であった。殺伐としているのやら、一歩引いているのやら。

 とはいえ藤田の方は、柊を結構気に入っているようだったが。


 曽根崎は二人の会話がひと段落つくのを待って、言う。


「実際、今回は変装が不要な可能性も高い。教団の連中は、仮面とローブを着用しているからな」

「そうそう。ボクの素晴らしい変装術は、人様に見られてなんぼだもの」

「仮面を剥がれたら一瞬で終わりだよ?」

「その為の能面だ」

「……まさか曽根崎さん、能面の上に仮面をつける気ですか? それだけでもう二度と溶け込めないくらいの違和感は出ますよ」

「まあそれは冗談として、まず仮面を外すことは無いんじゃないかな。忠助の話では、さるお偉いさんの御曹司もいることだし、顔がバレたら不都合な人間も多いだろう」

「そういうもんですかね……」

「あら、何弱気になってんのよ。いざ仮面を取られることがあっても、そいつの目を潰しちゃえばオールオッケーだわ」

「絶対ダメだぜ、柊ちゃん。大騒ぎになる」


 意外と、このメンバーだと藤田がツッコミに回るのである。曽根崎は興味深く思いながら、しかしジッと山の入り口に目を凝らしていた。


「――来たぞ、二人とも」


 曽根崎の言葉に反応した二人は、彼の視線の先を追う。そこにいたのは、たった一人で山に入り込んできた、彼らにとって御誂え向きの教団員だった。

 白装束を着た教団員は、とても登山に適した格好をしているようには見えなかった。ということは、やはり山には登らず、どこか別の場所に目的地があるのだろう。曽根崎らは、音を立てないよう気をつけながら白装束の跡をつけていった。


 やがて、白装束はある場所で立ち止まり、注意深く辺りを警戒し始めた。


「……気づかれた?」


 柊が小声で曽根崎に尋ねるが、彼は首を横に振る。そして、ジェスチャーで二人にはここにいるよう指示し、一人で白装束の元へと向かう。


 白装束は迫り来る曽根崎に気づかない。何やらその場にしゃがみこみ、古ぼけたマンホールの蓋のような物に鍵を差し込んでいる。


 だがその時、曽根崎の靴の下でパキリと枝が折れる乾いた音がした。

 その音に体全体で振り返った白装束だったが、スーツ姿の能面に驚いたのか一瞬動きが止まる。その隙を突いて距離を詰めた曽根崎は白装束に飛びかかると、後ろから回した腕で首を締め上げた。数秒抵抗した白装束だったが、すぐにだらりと脱力する。


「急げ」


 白装束から服と仮面を剥ぎ取り、鍵をポケットにしまう。走り寄ってきた柊と藤田は、気絶した教団員を抱えると、少し離れた草むらに連れて行き縛り上げた。


「よし、こんな調子であと二人分、装備を奪うぞ」


 指示を出しながら、曽根崎は白装束を羽織った。








「なんでボクがお留守番なのよ」


 三十分後。首尾よく教団員から白装束を剥ぎ取った曽根崎らは、いよいよ本丸に乗り込もうとしていた。

 ――不満に口を尖らせる、柊を残して。

 白装束の曽根崎は、柊を宥めるように諭す。


「留守番じゃない。半裸の教団員を警察署前に置いて保護してもらい、かつ忠助にアジトに乗り込んだと連絡する大事な役割だ」

「ボクもそっち行きたい。こっち面白くないもん」

「ワガママを言うな。君はジャンケンに負けたんだ。よろしく頼むぞ」


 曽根崎に言われ、柊はブツブツ言いながらも軽トラに乗り込んだ。荷台には、気絶し縛り上げられた哀れな半裸の教団員が押し込められている。


「……ナオカズ、だっけ?」

「え? ああ、うん」


 突然柊に名を呼ばれ、動揺しながらも藤田は返事をした。柊は軽トラの窓にもたれ、仮面をつけた彼をじっと見る。


「アンタ、ここと相当因縁があるそうね」

「まあね」

「せっかくこのボクが譲ってあげるんだから、ちゃんとケリつけてきなさいよ」

「……言われなくても」


 それを聞いた柊は、どこか満足気に頷いた。


「ボクが帰ってくるまでにケリつけてなかったら、タダスケと一緒に乗り込んで滅茶苦茶にするの手伝ってあげるからね」

「曽根崎さん、早く行きましょう。タイムリミットが設定されました」

「わかった。それでは柊ちゃん、そっちはよろしくな」


 曽根崎は、足元のマンホールの蓋に鍵を差し込んだ。ぐるりと一周させると、カチリという確かな手応えと共に蓋が持ち上がる。

 開けてみると、ぽっかりと空いた暗い穴に、縄ばしごがぶら下がっていた。


 曽根崎は仮面越しに藤田とアイコンタクトを取ると、その身を穴の中に滑らせた。


 最後に見た柊は、まるで遊園地に行く子供を見送るかのように、ヒラヒラと片手を振っていた。

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