第4話 阿蘇さんと語らう夜

 そして、僕たちは二手に分かれた。曽根崎さんと藤田さんと柊ちゃんは生ける炎の手足教団を調査し、阿蘇さんは僕を護衛する。相手は過激なカルト教団で、下手を打てば何をされるかわからない。だからこそ、緊張感をもって行動せねばならないのだが……。


「景清君、オムレツできたぞー」


 ――キッチンから、エプロンをつけた阿蘇さんが出てくる。そんな状況はどこ吹く風と言わんばかりに、定食屋が僕の家で開店していた。


「……なんですか、これ。卵ふわっふわじゃないですか。本当に僕の冷蔵庫にあった卵使いました?」

「褒めても何も出ねぇぞ。こちら豚の生姜焼きです」

「わあー、生姜のみじん切りが綺麗! キャベツの千切りもふわふわだ。ふわふわ祭りだ。もう死後に見る夢だコレ」

「大袈裟だな、景清君は。デザートの牛乳プリンです」


 褒めれば褒めるだけ出てくる絶品料理に、僕は舌鼓を打っていた。美味しい。もし阿蘇さんが女の人だったら、頭を下げてお嫁さんに貰っているかもしれない。それぐらい本当に美味しい。

 次から次へとお皿を空にする僕を、阿蘇さんは目を細めて見ていた。


「いい食べっぷりだな。ほんと作り甲斐があるわ」

「阿蘇さんの料理が美味しいからですよ。僕だとこうはいきません」

「んなことねぇよ。いつだったか事務所で作ってくれたメシ、旨かったし」

「そうですか?」

「そうそう。景清君が女だったら嫁に貰ってたかもな」


 相思相愛である。あえて歯を見せて笑うと、阿蘇さんもニヤリとした。

 しかし、こんなにスペックが高い阿蘇さんなのに、何故だか浮いた話を聞いたことがない。まあ、そこまで踏み込んでないというのが実情なのだが。

 ついでだ、聞いてみようか。


「阿蘇さんは、彼女とかいないんですか?」

「うん、今はな」

「それじゃ前はいたんですか」

「いたよ。別れたけど」

「へー、長続きしそうなのに」

「そうでもねぇよ。なんか浮気されてばっかだ」

「うわ、同じくですよ。最近も僕三股かけられてて……」


 嫌な所で気が合ってしまった。お互い、女運は無いようである。やたら勘が鋭い人だから、普通なら気づかない嘘を見抜いてしまうだけかもしれないが。


「……藤田さんにとられた事は無いです?」

「あるような無いような。藤田を紹介したら、勝手に彼女が入れ込んでたことならあったかな」

「叔父がすいません」

「藤田にも謝られたけど、入れ込む方が悪ぃんだよ。正体が知れて良かったぐらいだ」

「……阿蘇さんも大概お人好しですよね」

「俺は違うよ。気に入らねぇと即切るから」


 ということは、藤田さんのことは別に嫌いじゃないのだろう。色々とアレな藤田さんだけど、優しい人であることは間違いないので、こうして味方でいてくれる人が一人でもいるのが嬉しかった。

 しかし、それにしても……。


「阿蘇さんは、藤田さんのどこが良くて友達でいるんですか?」


 そこの辺りはやはり疑問だった。だって、油断してたら食われそうだし。性的な意味で。

 阿蘇さんは、腕を組んで本格的に考えているようだった。


「……どこ、だろうな……」


 本人も疑問であるようだ。


「本当にどこだろな……。ああでも、強いて言えば一緒に飲んでると楽しいからかもしれん」

「へえ」

「すげぇ盛り上がるんだよ。あいつアホなのに、頭の回転速いから」

「わかる気がします」

「だろ。俺、あんま友達いねぇし、もしかしたら藤田がいなくなったら結構ショック受けるのかもな」


 それは、藤田さんにとっては友人冥利に尽きる話だろう。だけど、先ほどの言葉はうっかり口を滑らせての事だったらしく、しっかり口止めをされてしまった。だから、藤田さんにこの話が届くことは永劫無いだろう。この人との約束は、破ったら恐ろしいことになりそうだからだ。


 あれこれ話している間に、料理はすっかり無くなっていた。両手を合わせてきちんとご馳走様を言い、お皿を流しに運ぶ。阿蘇さんには、食事のお礼にテレビでも見て休んでもらうことにした。


「……それ、アンクレット?」


 食器を持って立ち上がった僕の左足を指差して、阿蘇さんは尋ねた。僕は頷き、なんとなく右足の後ろに隠す。


「貰い物ですけどね」

「誰にって聞くのはヤボだな」

「そんなことないですよ」

「まあ大体予想はつくし、いいわ」


 そう言ってテレビをつけた阿蘇さんの左耳には、紫色の石がついたピアスが光っていた。……あの人、あんなのつけてたっけな。まあいいか。

 僕は、持っていた食器をシンクに置くと、慎重に水を流した。


 食器の重なる音と、水がシンクに跳ねる音。背中からは、最近よく見るようになったタレントの笑い声が聞こえてくる。僕は、手に持ったスポンジに洗剤を染み込ませた。

 紛れもなく、ただの日常だ。少し年上の友人を家に呼び、一緒に過ごしているかのような、そんなありふれた夜。


 だが、その背景にあるのはどうしたって禍々しい事情である。どうか、このまま父が僕のことなど忘れて、全て有耶無耶になってしまえばいい。心から、そう願った。


 しかし、そんな都合のいい願いを叶えてくれる神などいない。


 最後の皿を洗い終わった時、玄関のチャイムが鳴った。


 心臓が跳ね上がる。阿蘇さんを振り返ると、テレビを消して腰を上げた所だった。音を立てないように覗き窓まで行き、訪問者の姿を確認する。


 そこにいたのは、父だった。


 阿蘇さん、と口の動きだけで彼にその事を伝える。阿蘇さんは手早く警察服を身にまといながら頷くと、窓から外に出ようと縁に足をかけた。


 開いた窓から吹き込んだ冷たい風が、僕の頬を撫でる。手足は凍りついたようなのに、やたら心臓だけ速く動いていた。

 息をしなければ。ちゃんと吐かなければ。


 ――行くぞ。


 阿蘇さんが窓の外へ消えたのを確認し、僕はドアを開けた。

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