第3話 そして五人は集う
「そんなわけで、図らずも依頼がブッキングしたので景清君と藤田君の依頼料は不要だ。その分みっちり動いてくれ」
「ええー……」
父の訪問から、三日が経った。事務所に集められた僕と藤田さんは、曽根崎さんの言葉に渋い顔をする。
なんかズルくないか、それ。ていうか、曽根崎案件って、そもそもどんな料金システムで成り立ってるんだろう。
尋ねると、阿蘇さんが答えてくれた。
「ほとんどブラックジャックと一緒だ」
「法外って事ですか?」
「そんでムラが激しい」
「ああ……」
この人、そんなザル会計でどうして依頼が減らないんだろうか。疑問は増えるばかりだが、それを聞くより先に藤田さんが身を乗り出した。
「曽根崎さん。景清はともかく、オレにはちゃんと支払わせてください。これはオレの実家の話なんですから」
「せっかくの申し出ありがたいが、残念ながら、もはや君のお家騒動として済ませられる域をとうに越えてしまっている。元々一個人が払えるような額でもないし、今回は大人しく私の言う事を聞いておきなさい」
「……わかりました。ありがとうございます」
「うん」
「いずれ体で払います」
「私の話聞いてた?」
うちの叔父がすいませんね、曽根崎さん。
どうしようもない人ではあるが、今回の作戦には欠かせない。何せ彼は教団の元後継者であり、内部の事情を知る貴重な人間なのだ。
「で、どうすんのよ。山ごと火でもつけちゃう?」
綺麗な形の足を組み、ハスキーな声で柊ちゃんは言った。相変わらず物騒な人である。曽根崎さんは、首を横に振った。
「悪くはないが、派手すぎる。教団の殲滅という目的は果たせるが、近隣住民は勿論、自然生態系に被害を及ぼすのは避けたい」
「じゃあ、山から出てきた人を片っ端から叩いていくのは?」
「犯罪ばかり思いつくんじゃない。もっと話は簡単で、要するに、教団を続ける意味を無くせばいいんだ」
「そんな方法ってあるの?」
訝しげな柊ちゃんに、曽根崎さんは、ある、と断言した。
「……今回、教団が動き出した理由は、神の召喚を行う為だ。ならば、永久に召喚する方法を失くしてしまえば、教団の活動意義が無くなるだろう」
「そりゃ、それができれば一番手っ取り早ぇな。どうすんだ」
阿蘇さんが、ブラックコーヒーに砂糖をドバドバ入れながら首をかしげる。一方曽根崎さんのカップは、いつの間に飲んだのやら空になっていた。
「……まず、召喚の手順書をこの世から消す。生贄を使うぐらい手の込んだものであれば、元になったものが必ず存在しているはずだ」
「既に破棄し、人間の頭の中にしか無い、という事もあるかもしれねぇぞ」
「それなら尚の事都合がいい」
「都合がいい……って、まさか曽根崎さん。その人を殺すなんて言いませんよね?」
つい、口を挟んでしまった。しかし、曽根崎さんは表情を変えずに続ける。
「安心しろ、極力人を傷つけるつもりは無い」
「じゃあどうするんですか?」
「その人間の記憶を消す」
「……は?」
「どうにかこうにか頑張って、召喚に関する記憶を消す。それが、具体的な最終目的だ」
曽根崎さんの目は真剣で、とても冗談を言っているようには見えなかった。だけど、記憶を消す、だと?
そんなことができるのか?
黙って話を聞いていた藤田さんが、口を開いた。
「……なら、その場所に潜入しないといけませんね」
「道案内は頼めるか、藤田君」
「勿論……と言いたいところですが、オレは顔が割れてしまっています。それは曽根崎さんも同様でしょう」
「だったら、ボクに任せなさい。二人とも別人に変えてあげるわ」
「うむ、お願いしたい」
え、みんなスルー?気になってるの僕だけ?
進み出した話に水を差す事もできず、僕は口をつぐんだ。――まあ、曽根崎さんならなんとかしてくれそうな妙な信頼感があるもんな。いいか。
「……景清君はどうする?」
ふと、阿蘇さんが僕の名前を出した。そうだ、僕はどうすればいいだろう。大人しく教団に行くべきか、抵抗して行かざるべきか。
曽根崎さんを見ると、彼は面倒そうに言った。
「そんなの、ほとぼりが冷めるまで逃げて身を隠すの一択だろ」
「だ、だめですよ。僕が逃げたら、他の人が犠牲になってしまいます」
僕の言葉に、曽根崎さんは射抜くような目で僕を睨みつけた。
「私の知ったことか。それに、召喚は一応私が阻止するから、犠牲にもならん」
「それなら、生贄になるのは僕でもいいはずじゃないですか。わざわざ他の人にしなくても」
「なんだよ、君は生贄になりたいのか?」
「……それは真っ平です」
「ならいいだろ」
「ですが、かといって事情も知らされていない、もしかしたら僕と似た境遇の人が同じ目に遭うのも嫌なんです。僕には、曽根崎さん達がいます。でも、その人には誰もいないかもしれない」
父に、生贄になれと言われた時の絶望と、痛みが蘇る。肺が縮まり、息が苦しくなる。僕は、意識して呼吸を整えた。
もしも、曽根崎さん達がいなかったら、僕はどうしていただろうか。恐らく、同じ感情を抱えたまま、父に従っていたに違いない。
だけど、今は違う。僕は一人ではないのだ。
その事実は、僕の中で強い光を放っていた。
――その光さえあれば、僕はどこにいても大丈夫だとさえ思えるほどに。
曽根崎さんは、しばらく僕に鋭い眼差しを向けていたが、やがて諦めたようにため息をついた。
「……君なら、そう言うと思ってたよ。なんてお人好しだ」
「……すいません」
「いい。結局は、君の言う事も正しいんだ。私は私の利己主義に則った意見を述べただけに過ぎない」
「……」
「ただし、やはり君を教団に渡すわけにはいかないな。危険すぎるからだ。それでもなおヤツらが他の人間を生贄にしようと思わないようにする為には、何かテコ入れをせねばならん」
とはいえ、さすがの曽根崎さんもまだその案は浮かんでいないようだった。顎に手を当て考え込んでしまった彼に、同じ仕草をしていた阿蘇さんがパッと顔を上げた。
「俺が景清君を連行すればいいんじゃねぇか?」
連行?
なんだか物々しい言葉に怯んだ僕を見て、阿蘇さんは笑いながら言った。
「勿論、ただのポーズだ。要するに、時間稼ぎができりゃいいんだろ? なら、ヤツらが景清君を連れにきたタイミングで俺が割って入って、君をあらぬ罪でどこかに連れて行くよ。景清君は、自分は無実ですぐに解放されるから、帰ってきたらまた連絡すると伝えておけばいい。そうすりゃ、景清君が戻るまでヤツらは待つだろ」
「……それはそうだが、忠助」
「色々考えても、その役は俺が適任だ。兄さんもそう思うだろ」
同意を求められた曽根崎さんは、目を見開き引きつった笑みを浮かべていた。彼は、何かを恐れているようだった。
「……絶対に景清君は守る。生贄になんざさせねぇさ」
そんな兄を安心させるために、阿蘇さんは力強く言い切った。その言葉に、曽根崎さんは謝るようにうなだれる。
「……できるだけ、急ぐ。何かあれば、藤田君に連絡してくれ」
「わかった。景清君は任せろ」
曽根崎さんの様子に言い様のない不安を抱いた僕は、阿蘇さんの提案を断ろうとした。だが、その前に大きな手で口を塞がれる。
「……俺も、景清君の意見に賛成なんだよ。事情も知らねぇ他のヤツを、新しく被害者にするのは忍びねぇ。かといって、景清君ばかり重荷を背負わせるのも御免だ。だから、これは俺なりの折衷案だよ」
ぶっきらぼうな阿蘇さんの言葉は、どこまでも優しい。そして、彼は僕にしか聞こえない声で囁いた。
「……なんでも一人でやろうとすんな。困ったらいつでも頼れっつったろ」
――クソ、なんでこんなにカッコいいんだよ、この人は。
僕は泣きそうになるのを誤魔化すように、大袈裟に頷いていた。
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