第2話 彼らは事務所を訪れて言った

「兄さん、依頼だ」


 警察官の青年は、事務所を訪れて言った。


 半年ほど前から、とある新興宗教に依存した若者が次々と消息を絶っているらしい。その中には、さるお方の御曹司も混ざっているとのことで、とうとう警察上部が重い腰をあげたのだ。


 とはいえ、消えた若者らは皆成人済みで、かつ暴力などの報告も無く、故に大っぴらに事件として扱うのは二の足を踏む所だった。そこで、この件はまず曽根崎案件と定義し、様子を伺うことにしたのである。

 内情を知る事ができれば良し、曽根崎が潰せばそれで良し、万が一巻き込まれて負傷したとしてもそれを理由に踏み込めるので良し、という算段だ。


「裏で警察がバックアップするから、必要があれば言ってくれ。ああそれと、今回は俺も因縁があるから手を貸すぞ。……いや、毎回手伝ってるけど、うん」


 彼は、我が身を顧みて嘆息すると、その教団の名前を口にした。











「シンジ、依頼よ」


 絶世の美女は、事務所を訪れて言った。


 最近になって、怪しげな団体が隣町の山に出入りしているらしい。白いローブに身を包み、のっぺらぼうのような不気味な仮面をつけ、入り口とは真逆の場所から山に踏み入って行くという。


「ボクの予想だとね、あれはどこかに地下室か何かあるわよ」


 調べると、最近勢力を伸ばしているカルト教団の名前が上がってきた。これは、後々確実に話題になるだろう。そう判断した編集長が、曽根崎を指名したそうだ。

 張り込んで、害が無ければ、面白おかしく記事にする。ヤバい案件であれば、情報だけ掴んで帰り、その時はまあ、また怪奇ロマンの三文小説でも書いてくれとそういう事だった。


「胡散臭いったら無いわね。面白そうだわ。シンジだけに任せるなんて勿体ないし、ボクも手伝ってあげる」


 彼女は、長い髪をサラリと背中に流すと、その教団の名前を口にした。










「曽根崎さん、依頼です」


 端正な顔立ちの青年は、事務所を訪れて言った。


 いつもの軟派ぶりは鳴りを潜め、思い詰めた様子で彼は机に両手をつく。


「オレの実家の宗教団体が、動き出したようです」


 青年はかつて、祖父が開祖である宗教団体に属していた。その教義は、いずれ空を覆い尽くす炎が世界を浄化し、選ばれた民による理想郷を創り上げるというものだった。

 神たる炎を崇める為ならば手段を選ばず、教えに沿わない者を人として見なすことはない。事実、背信者に対する拷問紛いの事件など、過激な噂も多く耳にしたことがある。

 子供の頃こそ、その異常性に気づくことはなかった。しかし、他の世界に触れて生きる中でいつしか、自身が浸かっている場所がいかに悪辣なものかを、彼は理解してしまった。


 彼は教祖に再三脱退を申し入れたが、受け入れられる事はなかった。両親を早くに亡くした自分は、開祖の血を引く唯一の後継者であったからだ。


 それでも諦められなかった彼は、一計を案じる事にした。


 教団は、自分の血を重んじている。ならば、混ぜてしまえばいい。

 そう考えた彼は、友人が見守る前で自分の腕を切った。一歩間違えれば死んでいただろうが、友人の処置でなんとか一命を取り留め、病院に運ばれた。

 そして大量に失血した彼は、そこで輸血を施された。


 当然、その事を知った教団は激怒する。貴重な開祖の血が、他人の血によって穢されたからだ。


 教団の恥として二度と帰ることができなくなった彼は、それから自由の身となった。今でも彼の左腕には、生々しい傷痕が残っている。


 自分がいなくなれば、後継者がいなくなる。ゆくゆくは、教団も力を失っていくのではないか。呑気に、そんなことを考えていた。


 しかし、教団は動き出した。後継者がいなくなり、開祖も高齢である。だからこそ、彼らは焦っているのだ。


「――ヤツらは神を呼び出し、この世界の不浄を燃やし尽くすつもりです」


 その為には生贄が必要だった。強大な神をそのまま顕現させれば、コントロールすることなど誰にもできない。故に、ひとりの人間を器として用意し、その中に神を降ろそうとしている。

 その器に選ばれたのが――。


「……やっと、あの子は普通に笑えるようになったんです。今更、あいつらにくれてやるつもりはありません」


 怒りを滲ませながら、彼は言う。


「オレは、今まで何もしてやれなかった。だからせめて、教団を潰すぐらいはやってやりたい」


 その決意に、椅子に座ったままの怪異の掃除人は、重々しく頷いた。


「あの時は弟だけに任せてしまったからな。今回こそ、きっちりカタをつけよう。それではまず、改めてその教団の名前を教えてくれ」

「はい」


 一つ呼吸を置き、言葉にするのさえおぞましいといった顔で、彼はその名を口にした。


「生ける炎の手足教団」


 それは、既にこの事務所で何度も聞かれた名前だった。


「どれぐらいの金額がかかっても、必ず払います。元々教団なんて無かったものとするぐらい、完膚なきまでに壊滅させてください」


 返事の代わりに、掃除人は口角を上げた。

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