??? とある妖虫の視点

 その妖虫は、永遠に続く退屈を持て余していた。


 彼がいつから地球に存在したかは、誰も知らない。かつてイギリスで目撃されたとの話もあるそうだが、それを示す文献が残っていない為、確認のしようがない。


 彼らは、食事と睡眠を必要としなかった。

 しかし、高度に発達した頭脳を持っていた為、こと快楽の事となると、貪欲に食指を伸ばしてきた。


 その快楽を満たすのは、凄まじいまでの残忍さである。もはや底無しとなった欲望のはけ口となったのは、たまたま目をつけられ壮絶な拷問を受ける事になった、哀れな犠牲者であった。

 運の悪いことに、彼らの特性は人間と相性が良かった。不気味な虫は、人間の脳に取り憑き、その記憶を全て読み、思うままに支配することができたのだ。


 何故、日本にその種族が一体だけ現れたのかは、依然として不明である。飽くなき残酷な欲望を満たす為か、もしくは大いなる力を持ったものの手によってか。だがそんな事実など、この虫の犠牲となった者にとってはとるに足らない話だろう。


 虫はまず、一人の人間に取り憑いた。その人物は、 性別でいうと雌で、若かったように思う。しかしその辺りはどうでも良い。大切なのは、彼女がいかに周りの者を愛し、愛されているかだった。


 虫は楽しかった。二目と見れぬ姿になった最愛の人間に追い詰められ、歪む彼女の顔が。

 虫は楽しかった。彼女の家族が、友人が、恋人が、夢を見るごとに狂っていく彼女の姿を見て泣き叫ぶのが。

 虫は楽しかった。体の部位をもがれる幻想に、醜く絶叫する彼女の悲鳴が。


 愉快でたまらなかった。


 だから、長く楽しめると思ったのだ。虫は、次から次へと人間の脳に取り憑き、そのたびに精神のエネルギーを奪い取っていった。エネルギーを奪われた人間は、半永久的に悪夢を見続ける事になる。それは、この上なく虫の悦びを掻き立てる事実だった。


 そんな心地良い歯車が狂い始めたのは、いつからだったろうか。


 まず、普通の人間であれば知らないはずの音が外から聞こえた。その音を聞いてしまえば、光に集まる蛾の如く体が勝手にそちらへ向かってしまう。虫は自分の思う通りにならない事に初めて動揺したが、取り憑いた先で起きた事件に満足した為、あまり深く考えなかった。


 問題はその次だった。


 再び呪文が唱えられ、虫はせっかくの餌から引き剥がされてしまった。しかも、まだ太陽の光が差している時間帯にである。


 虫は、太陽光を嫌っていた。太陽光は虫の細胞に異変を生じさせ、二度と脳に入り込めない体にさせるからである。


 虫は、怒っていた。だから、取り憑いた人間の記憶を掘り起こし、呪文を敢えて唱えさせる事で手早く恐怖に突き落とそうとした。


 しかし、この人間は一際厄介であった。


 今までの人間は、いかに自分が助かるかだけを考えていた。だが、こいつは、よりにもよってこの自分を追い詰めようとしていたのだ。


 不快だった。不愉快であった。

 なんとかしてその身を削ろうとしてやったが、満足するまで痛めつける前に、自分の作り上げたルールの弱点を看破された。いや、ここまで来れば、ルールなど知ったことか。脳にしがみつき、殺して、殺し尽くしてやろう。そう思いすらしたのに、ふいに現れた謎の手に無理矢理追い出されてしまった。


「ゲームを仕掛けた者が、ルール違反を犯すなど論外ではないか」


 そんな声が聞こえた。


 外に追い出された虫は、直射日光に襲われた。目の前には、自分を亡き者にしようと迫る脆弱な人間。


 殺そう。殺してやろう。脳に取り憑けずとも、下等なるお前らを潰す手段など有り余るほど知っている。

 屈辱だ。こんな場所が死に場所であるはずがない。もっと楽しみたい。もっと殺したい。まだ足りない。まだ欲しい。痛い。痛い。痛い。痛い。


「――これでも、貴様には生温いぐらいだ」


 チェーンソーの刃が、虫の体を真っ二つに割いた。

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