第20話 快気祝い

「ハイそれでは景清の回復を祝しまして――乾杯!」

「乾杯!」


 なぜ、こうなった。

 藤田さんのかけ声に周りのみんなが意気揚々とグラスを掲げる中、中央に立たされた僕は瓶ビールを抱えて縮こまっていた。


「景清君がやっと目覚めたんだ。皆心配した分、ホッとしたもんだよ。だから宴会を開く」


 この飲み会のパトロンである曽根崎さんは、そんな事を言っていた。陽気な海賊の思考回路かよ。

 メンバーは、曽根崎さん、阿蘇さん、藤田さん、柊ちゃん、三条、僕の六人だ。病み上がりであんな濃い人達に囲まれるのは怖かったので、三条を連れてきてしまったことは反省している。まあ、性格的に問題ないだろう。メンタル強いし。


「だけどあれだな!最近見ねぇなーと思ったら、また巻き込まれてたんだな!ヤベェ!」

「ホントニネー」


 酔ってるのか平常運転なのかさっぱりわからない三条が、ニコニコしながら僕の背中を叩いた。痛い。瓶ビール溢れる。

 腹が立ったので、三条が柊ちゃんに挨拶に行った隙にコップを中ジョッキに差し替え、ビールを注いでおいた。多分気づかないだろう。アイツなら。


 入れ替わりに、阿蘇さんが隣に座る。


「ここ、いい?」

「あ、はい」

「兄さんがすまんな。本当にもう大丈夫なのか?」


 鋭い目が、心配そうに細まる。僕は頷いてビールを差し出すが、彼は片手を振って返した。


「ビール苦いから好きじゃねぇ。これ飲んでる」

「カクテルですか?」

「芋焼酎」

「まだ一杯目ですよ」

「こういう場所は酔ってなんぼだろ」


 そう言って、阿蘇さんはニヤリとする。……大丈夫か、この人。普段から抱えているストレスはメンバー内でダントツだろうので、それが酒で発散されるとなると誰も手に負えなくなりそうだ。そんな僕の心配が顔に出ていたのか、阿蘇さんは困ったように笑った。


「そんな顔すんな。俺、あんま酔わねぇんだよ。テキーラのショットガン十杯ぐらいなら余裕」

「めっちゃ強いですね」

「強いぜ。まあいいことばっかでもねぇけど」

「なんとなくわかります」


 僕らの視線の先には、早くもできあがりつつある藤田さんと柊ちゃんがいた。三条が犠牲になってしまい、何故か柊ちゃんにコブラツイストされている。


「あれぐらいならまだ止めなくていい」

「いいんすか」

「それより、あしとりさんの罹患者だが、全員快方に向かってるそうだぞ」

「あ、良かったです。じゃあ、僕の前に取り憑かれてた人も?」

「まああの人は、家庭の事情も込み入ったものがあったんだが……藤田が言うには、母親が回復したら少し話してみるそうだ。本人も、カウンセラーにかかるらしい」

「そうですか。……良かったです」


 僕は、その人の事を詳しく知らない。だけど、阿蘇さん達の目の前で自殺未遂をするぐらいには追い詰められていたと聞いた。だから、その人が少しでも前向きに生きていけるなら、それに越したことはない。

 なんとなく、自分の環境と近いものを感じたが、今はそんか辛気臭いことを考えるべきじゃないと振り払った。

 阿蘇さんはそんな僕の様子に気づいたのか、頭をわしわし撫でる。


「とにかく、今回もよく頑張ったな。しっかり兄さんから報酬もらえよ」

「はい、ありがとうございます」

「ん」


 阿蘇さんは焼酎をぐいと一気に飲んだ。僕は一人っ子だけど、兄がいたらこんな感じなのだろうか。いや、この人どっちかというと弟なんだけど。

 穏やかな時間にすっかり腰を落ち着けていると、頬が上気した柊ちゃんが飛び込んできた。


「景清ー!」

「なななななんですか!」


 戸籍上男とはいえ、外見も中身も完全に女性なので抱きつかれたらドギマギしてしまう。いい匂いするし。彼女は僕に頬擦りし、ペットか何かのように撫で回してきた。


 ――いや、違う。スリーパーホールドだ。


「アンタよくもボクの名言曲解したわねー!」

「ギブギブギブギブ」

「何自分の命差し出してんのよ、バッカじゃないのぉー!?」

「死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ」

「柊、相手は病み上がりだぞ。それぐらいにしとけ」


 阿蘇さんに言われ、柊ちゃんは渋々僕の首から手を離した。咳き込みながら、僕は黙って土下座する。だって、これは確かに僕が悪い。

 柊ちゃんは、そんな僕を見てフンと鼻で笑った。


「ま、今回は無事みたいだし?許してあげないこともないわ。ボクって寛大だから」

「ありがとうございます」

「でも、次は無いわよ?ボクの下僕ならちゃんと承知しておくこと。いいわね?」

「いつのまに僕は柊ちゃんの下僕に」

「生まれた時からよ。ママに習わなかった?」

「知らないです」


 多分母親も知らないです。だが、それを伝える前に、今度は藤田さんが割り込んできた。


「景清っ!」

「げぇっ、なんですか」

「親戚に対する態度とは思えないね?」


 背中から抱きつかれ、右耳に囁かれる。もう酔ってるな、この人。酒クセェ。そんでもって……。


「ウゼェ」

「甥が冷たい!」

「阿蘇さん、これ外すの手伝ってもらっていいですか?」

「それな、一度装備したら教会行かねぇと外れないんだ」

「呪われてるんすか」

「景清が無事でよかった!本当によかった!」

「あー鬱陶しい!……でも色々ありがとうございます。お礼だけは言っときますが」

「はー、いい子。ねぇ阿蘇見て。俺の甥いい子」

「はいはい見てる見てる」

「そんな可愛い甥の為に、今日はレクリエーションをやるぜ!」


 僕から離れ、彼は勢いよく立ち上がった。


「王様ゲームやりまーす!!」


 やるそうです。彼は人差し指を立てた右腕を天井に突き上げ、宣言した。左手には、いつのまに作ったのかクジが握られている。

 その左手に、みんなワッと群がった。え、本当にやるの?阿蘇さんまで?


「王様だーれだ!」

「私だな」


 しかも曽根崎さんかよ。曽根崎さんは顎に手を当て、考える仕草をする。


「えーと、そうだな。じゃあ3番がえっぐい過去を暴露」

「3番オレだね」


 藤田さんだ。嫌な予感がする。彼は腕を組み、楽しそうに語り出した。


「あれはオレが高校生だった頃の夏。蝉の鳴き声がやかましい、プールの授業が終わった後の更衣室での出来事だった……」

「待て」


 あれ、阿蘇さんからストップが入ったぞ。その顔は青ざめ、強く藤田さんの腕を掴んでいる。


「お前馬鹿なの?なんで俺の話しようとしてんの?」

「いや、結局オレにも関わりあるじゃん」

「お前エグい過去いくらでもあるだろ。俺を道連れにすんな」

「――オレの元カレが、手下を引き連れ着替え中の阿蘇の前に現れた。ヤツは、オレが阿蘇と付き合っていると勘違いしていたのだ――」

「続けんなや!」

「そしてなんのことだかサッパリわからないが、とりあえず売られたケンカは買う主義の阿蘇により、元カレどもは返り討ちにあう。どさくさに紛れて奪われていた下着を取り返し、阿蘇が放った一言、“ 俺のもんに手を出すな ”。それは、勘違いを加速させ校内中に知れ渡らせるには十分な一言だった――」

「死ね!」


 阿蘇さんの鉄拳が藤田さんの腹部にめり込んだ。悶絶する彼に唾を吐き捨てる勢いで見下す阿蘇さんを止める者は、誰もいなかった。


「……何が腹立つってさ、こいつ、それを知ってて一ヶ月ぐらい黙ってたんだよ。俺が気づいた時には隣の学校まで広まってて、流石に転校考えた」

「災難でしたね……」


 正直めちゃくちゃ面白い話でした、とは口が裂けても言えず、神妙な顔で返したのだった。










「そんじゃ、またな。オイ藤田、ちゃんと挨拶しろ」

「もいもい」

「もいもい!?」


 なんだよ、もいもいって!?あれからデロンデロンに酔っ払った藤田さんは、ザルの阿蘇さんにタクシーにぶち込まれて帰っていった。あんなに弱かったっけか、あの人。


「じゃ、また飲みましょうねぇ!ボクはこの子送って帰るから!」

「うぃー……またね、かげきよ」


 そして、家の方向が同じらしい柊ちゃんは、グロッキーな三条を抱えて同じくタクシーに乗り込んだ。言っておくが、三条は自ら曽根崎さんに飲み比べを仕掛けて自滅しているので、自業自得である。


「……景清君は、大丈夫か?」

「え?ああ、はい。殆ど飲んでませんから」

「そうか。じゃあ二軒目行くか」


 全く酔いが回った様子の無い曽根崎さんの意外な発言に、僕は驚いて彼の顔を見上げた。その反応に、曽根崎さんは少し心外そうに眉を寄せる。


「言っただろ、シャレオツなバーで奢ってやるって」

「あれって、この宴会の事じゃないんですか」

「なワケないだろ。さあ行くぞ」

「いや、ダメですよ。曽根崎さんの不審者面が隠れてない」

「ダメなことあるか。……とはいえ、今回は君の為の酒だからな。それぐらいの希望は叶えよう」


 そう言うと、彼はどこからともなく中折れ帽を取り出し、かぶる。もじゃもじゃ髪も目つきの悪さも隠れている上に、背筋の伸びた長身の彼に、その帽子はよく似合っていた。


「どうだ、これで文句無いだろ」


 僕を振り返り、口角を上げる。この人、ちょっと感情表現が真っ当になってきてないか?

 よくわからない気持ちがこみあげ、曽根崎さんから帽子を奪うと、自分の頭に乗せてやった。


「……やっぱり、アンタはそのまんまでいいですよ。臭い物に蓋をしなくたって」

「言い方」

「それより、死ぬほど高いバーですよ?僕、結構楽しみにしてたんですから」

「ああ、わかってる。いいところがあるんだ」


 僕を一瞥した曽根崎さんは心底可笑しそうに笑うと、歩き出す。

 僕はそれに気づかないフリをしながら、笑みを帽子に隠して彼の横に並んだのだった。




 第3章 完

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