第19話 全て夢にして

 目を開けると、最近すっかりお馴染みの天井がそこにあった。


「……なぜ、曽根崎さん家に」


 体を動かそうとするが、なんだかギシギシして思うようにならない。思い切り伸びをして、息を吐く。


 猛烈に喉が渇いた。お腹も空いた。今、何時なんだろう。


 とりあえず何か食べようと足を床につけたその時、勢いよくドアが開いた。


「景清君!!」


 そこに現れたのは、曽根崎さんだった。目の下のクマもボサボサっぷりも、なんとなくいつもより激しい気がする。

 僕は、ガリガリ頭をかきながら挨拶した。


「あー、曽根崎さん。おはようございます。何か食べるもの無いですか」

「……目が覚めたのか」

「はい。ベッドありがとうございます」

「……冷蔵庫にお粥がある」

「じゃあそれいただきます」


 くたびれた曽根崎さんを押し退けて、リビングに行こうとする。しかし、すれ違いざまに彼から放たれた言葉が僕の足を止めた。


「ゆっくり食べるといい。なんせ二日ぶりの食事だ」


 残っていた眠気は吹き飛び、思わず彼を振り返る。――二日ぶり?

 慌てて窓の外を確認する。空は暗い。時刻は、十一時を回ったところだった。

 呆然とする僕を見下ろした曽根崎さんは、言う。


「丸二日、君はこんこんと眠り続けてたんだよ」

「……そう、だったんですか」

「ああ。水をかけても給料上げても目を覚まさず、本当に焦った」

「給料上げて目が覚めたらもうホンモノじゃないですか。僕そこまで金の亡者じゃないですよ」

「……とにかく、君は無事に目が覚めた」


 曽根崎さんは僕の腕を引っ張り体を寄せると、僕の右耳辺りで何かを囁き、指を鳴らした。

 パチン、と綺麗な音がする。


「何するんですか」

「聞こえたか?」

「指の音ですか? ええ、まあ」

「うん、よかった」


 なんだこのやりとり。しかし、眼前の曽根崎さんは心底ホッとした顔をしていたので、何も言えなかった。


「……あしとりさんは、どうなりましたか」


 リビングに行き、水道水をコップで一気飲みした後、僕は曽根崎さんに尋ねた。この人がここにいるということ自体が一つの証明になっているのだが、聞かないわけにはいかないだろう。

 案の定、曽根崎さんはあっさり教えてくれた。


「チェーンソーで真っ二つにしたら死んだぞ」

「嘘でしょ? あんなに手こずったのに、そんなB級映画のラストみたいなオチだったんですか」

「その後とても細かく砕いて、燃やした」

「マジかよ……」

「弱点をつけばこんなものだ。まあ、そんなものがあればの話だが」


 曽根崎さんは、電子レンジでお粥を温めていてくれていた。え、アンタそんなんできるようになったの?

 いや、手元の手帳見てるわ。多分阿蘇さんに教えてもらったんだろうな。おじいちゃんかアンタ。

 その隣に行き、レンジの中を確認しながら質問を続ける。


「……みんなは、無事ですか」

「見事に無傷だよ。忠助はともかく、藤田君があそこまで動けるのは予想外だったな」

「ああ、あの人、ナイフ持たせたら最強ですから」

「えー……何者なんだよ」

「ナイフ使いってカッコよくね? という中学生が努力を怠らず大人になった結果です」

「うわぁ、意外な一面」

「根は真面目なんですよね。繁らせた葉がヤバいだけで」

「性的人類愛者だもんな……」


 話が逸れてきた所で、会話が途切れた。温まっていくお粥をボーッと眺めていると、ふいに曽根崎さんがこちらを向く。


「そういや、まだ教えてもらってないぞ」

「何をです?」

「君が私をあしとりさんに差し出さなかった理由」

「ところで、夢の中で黒い男に会いましたよ」


 慌てて話題を変更する。効果はてきめんで、曽根崎さんは顔色を変えて僕の肩を掴んだ。


「だからあんなに目を覚まさなかったのか! 何をされた!? 大丈夫か!」

「お、落ち着いてください。されたも何も、挑発されただけですよ」

「挑発?」

「えーと、まあ、もっと自己犠牲しろとかそんなんです」

「殺そう」

「大丈夫です、大丈夫ですから、落ち着いて。それに、僕もぶっ刺してきましたし」

「ぶっ刺してきた?」


 頭に血が上った曽根崎さんを押しとどめながら、一部始終を説明する。僕がヤツの腹部をナイフで刺したくだりを聞く所なんか、彼は口をあんぐり開けて二度と閉じないんじゃないかと思ったぐらいだ。

 話を聞き終えた曽根崎さんは、顔を両手で覆って嘆息した。


「……信じられない」

「黒い男相手とはいえ、僕の夢の中なので、好き勝手できると思ったんです」

「それにしたって、アイツにダメージくらわせるとか……そんなんありか」

「褒めても何も出ませんよ」

「いや、ちょっと溜飲が下がった。今度酒でも奢らせてくれ」

「高いやつがいいです」

「じゃあ夜景が見えるようなバー行くか。プロポーズしてる男女の隣で飲み明かすぞ」

「構いませんが、行く前に曽根崎さんは柊ちゃんに変装させてもらってくださいね」

「なんで?」


 なんでも何も無いだろ。不審者の隣でプロポーズさせられるカップルの身にもなれってんだ。

 再び沈黙が落ちた二人の間で、電子レンジの音だけが耳につく。

 ふと、曽根崎さんが言った。


「……ありがとう、景清君」

「いきなりなんですか」

「君がいなかったら、この案件は解決することができなかった。感謝している」

「……いえ、僕は余計な事をしました。勝手に動いて、迷惑かけて」

「迷惑と思った事はないよ。まあ心配はしたが」


 わしゃわしゃと頭を撫でられた。それに動揺して二の句を継げないでいる間に、曽根崎さんは言う。


「だから、あしとりさんに私を差し出さなかった理由については、気が向いた時に教えてくれ」

「……聞かない、という選択肢は無いんですか」

「正直とても知りたいからな」

「チクショウ」


 ぼん、とレンジの中でお粥が破裂する。恐る恐る開けると、卵とお粥にまみれた内部とご対面した。

 壁に張り付いた殻を剥がし、オッサンを睨みつける。


「……曽根崎さん」

「……お粥だけだと栄養が偏るかなと思って、割ってない生卵突っ込みました」

「アンタ理系だろ! 分かれそれぐらい!」

「私は基本ド文系だ! じゃなきゃ副業でライターやってないわ!」

「それにしたって生活能力無さすぎなんだよ! あーあーもう、ぐっしゃぐしゃだ……」

「食べなくていいぞ。確かまだ、冷蔵庫に残りが……」


 その場から立ち上がる曽根崎さんのスーツの裾を引っ張り、引き止める。多分彼は当惑した顔をしただろうが、そちらは見ずに、僕は無残な姿になったお粥に目を落とした。


「これ、食べるから、いいです」

「いやでも、それ殻とか……」

「いいったらいいです。なんだってよく噛んで食べたら大丈夫です」

「暴論」

「うるせぇ、もったいないオバケに食われろ」


 ――こんなものでも食べないと、お礼の一つ言うキッカケも作れやしない。必死で助けてくれた事も、二日間憔悴するほど看病してくれていた事も。


 ドン引きする曽根崎さんを無視し、僕はやたらジャリジャリしたお粥をかきこんだのだった。

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