第17話 生かして帰すな

 僕は、とある郊外の廃屋に連れてこられていた。時刻はちょうど正午を回ったところで、頭上には太陽が燦々と輝いている。廃屋の入り口では、準備を終えた阿蘇さんと藤田さんが僕らを待ち構えていた。

 阿蘇さんは腕組みをして、曽根崎さんを睨みつける。


「集合は六時じゃなかったのか」

「すまない、予定が狂った。あしとりさんは強引に眠りに誘う事もできるようでな」

「そうか、ならとっとと追い出さねぇとマズいな」


 相変わらず話の早い人だ。腕の長さほどありそうな物々しい銃を担ぎながら、僕に中に入るよう促す。

 しかし、その前に藤田さんが血相を変えて僕に駆け寄ってきた。


「景清、その包帯……」

「大丈夫です。でも、右耳は聞こえなくなってるので、こっちから話してください」

「……あしとりさんに取られたのか。曽根崎さんを差し出したんじゃなかったのか?」

「差し出すのは、前渡したものより大きいものじゃないとダメみたいなんです。だから、あしとりさんより大きな曽根崎さんを差し出すと、計画が破綻してしまうようで」

「……ごめん。余計な情報を渡したな」

「いえ、どちらにしても結果は同じでしたから」


 そう言って、眉尻を下げる藤田さんに笑いかける。――情報を集めて、今もこうして得体の知れぬ化け物に共に立ち向かってくれている。彼に感謝こそすれ、当然謝罪してほしいなどとは思わなかった。

 それでもなお、心配そうにしている藤田さんにじれったさを感じ、彼の足を軽く蹴飛ばした。


「しっかりしてくださいよ。僕を助けてくれるんですよね?」


 その言葉に、藤田さんは目を丸くする。


「……景清。お前、いつからそんな事言えるようになったんだ」

「そんな事?」


 突如目を輝かせて、藤田さんは嬉しそうに僕を抱きしめた。


「うわー、叔父さん感激してるよ! 前だったら自分なんて助けなくていいとか言ってたのに! うわー、うわー、もっかい言ってごらん、ほら!」

「何何何キモいよ! 助けてください阿蘇さん!」

「お前とうとう甥にまで毒牙を!!」

「違う誤解だ! これは親戚的スキンシップ……いやマジで銃はやめて! オレ死ぬから!」

「はいはい、そこまでな」


 僕の頭を撫で倒す藤田さんに、阿蘇さんが馬鹿でかい銃を向けた所で、曽根崎さんが割って入ってきた。一気にクールダウンする一同を引き連れ、彼は廃屋へと向かう。


 中は埃っぽく、ガランとしている。異様なのは、壁の至る所にガムテープが貼られている点と、床に転がる大小様々な武器。そして、その中央に敷かれた一組の布団だった。


 そこで寝ろってか。


「寝れるか!」


 それぞれ銃の様な物を構えた阿蘇さんと藤田さん、そして極めつけに巨大スタンガンを抱えた曽根崎さんに囲まれながら横たわってみたが、秒で跳ね起きた。


「景清君はノリがいいな。そう、まだ寝てはいけない。こちら酸素マスクです」

「眠れない理由そこじゃないよ! 何ならもっと寝れませんよ、そんなん着けたら!」


 そう言いながら、曽根崎さんから受け取ったマスクを装着する。そうしないと多分死ぬからだ。

 布団に戻り、胡座をかく。

 全く眠れそうにないが、他にする事もなかった。


 光の遮断された部屋の中、僕の前で雑な会議が繰り広げられる。


「いいか。ヤツが出てきたら、まず私から突撃する。うまくいってもいかなくても、忠助と藤田君は動いてくれ」

「はいよ」

「わかりました」

「何が何でも仕留めるぞ。作戦名は “ 生かして帰すな ” 。いいね?」

「ラジャー」

「よし! それじゃ、おのおの配置につきたまえ」


 配置といったって、やっぱり僕を囲むだけではないか。本当に大丈夫なのだろうか。


 しかし、さっきから声が遠い。ついでに、音に対する方向感覚も鈍い。これも片耳が聞こえない影響だろうか。僕は聞こえない方の耳に手を近づけ、目を伏せた。

 部屋は暗い。段々と、目を閉じた世界と現実の境が無くなっていく。体は重たくなり、座っていることすら辛くなってきた。


 ――ああ、そうか。また僕は、夢に呼ばれているのだろうか。


「曽根崎さん」


 自分の耳にすら届かない声で、彼の名を呼ぶ。同時に、睡魔の限界を迎えた僕の体は力無く布団に倒れた。


「……行ってきてくれ。こちらは任せろ」


 力強く返してくれた曽根崎さんに、僕は頷くことすらできなかった。そして瞬く間に意識は奪われ、あしとりさんの待つ夢へと無抵抗に落ちていったのだった。











「……眠ったな」


 曽根崎は、穏やかな寝息を立てる景清の顔を覗き込んだ。そして、自分が担当する巨大スタンガンの最終チェックを行う。その様子を見ながら、藤田は少し緊張したように言った。


「……オレたちは、何を相手にしてるんですかね」

「わからん。わからんから、私は怪異で一括りにしてしまっている」

「便利な言葉だなぁ」

「それより、そっちも抜からないでくれよ。チャンスは一回しか無いんだ」

「ええ、わかってます。わかってますが……多分、初撃は当たるんじゃないですかね」

「……どうしてそんなことが言える」


 藤田の指摘に、曽根崎は顔を上げた。向かいにいる阿蘇も、同じ表情をしている。

 藤田は、そんな二人にさらりと言ってのけた。


「だってあしとりさん、涼香ちゃんの頭から抜け出た時、しばらくはその場でジッとしてたじゃないですか。そこを狙えば、一発目は当たると思うんですが」

「……」


 曽根崎の脳内で、目まぐるしくロジックが組み立てられていく。

 景清が気を失った時、彼は薄暗いキッチン裏にいた。そして先ほどの眠りも、この暗い廃屋内での事だ。ならば、涼香の頭からあしとりさんが現れた時は?


 あの時、引き寄せの呪文を使われたにも関わらず、あしとりさんがすぐ景清に取り憑かなかった理由は――。


「――まだ太陽が出ていたから?」


 あの時は、ちょうど日没の境目だった。あしとりさんは、太陽が沈むまで、景清のいる外に出る事ができなかったのだ。

 答えに辿り着いた曽根崎は叫んだ。


「忠助!」

「おう!」


 ほぼ同時に同じ答えに行き着いていた阿蘇は、既に景清を抱えていた。しかし、その衝撃でマスクが外れた景清の口が、小さく動く。


「……僕の……頭の中の……」


 事態を察した藤田が、思い切りドアを蹴破る。その横をすり抜け、曽根崎は声を張り上げた。


「忠助、ぶん投げろ!」


 阿蘇は走りながら、返事代わりに景清を外に放り投げる。固い地面に叩きつけられる直前その身を体全体でキャッチした曽根崎の耳に、景清の言葉が聞こえた。


「……あしとりさん」


 一瞬間を置いて、景清の頭が持ち上がる。彼の端正な顔が二重にブレ、次の瞬間、耳障りな羽音と共に三口の昆虫が、頭から剥がれるように姿を現した。


「……おいでなすったな」


 曽根崎は、持ち上がった口角を直そうともせず、真正面から不気味な昆虫の出現を歓迎してやった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る