第13話 阿蘇と藤田

「で、本当は何しに行くんだ」


 時間は二人が事務所を出た所まで遡る。阿蘇は車の鍵を無造作に指で回しながら、藤田に尋ねた。

 藤田は焦りを隠そうともせず、問いに答えながら車のドアを開ける。


「決まってるだろ。尋問だ」

「尋問って、涼香さんにか?」

「他に誰がいるんだよ」


 苛立たしげに言う藤田の頭を、阿蘇は軽く叩いた。……どうも頭に血が上っている。こんな状態で会いに行った所で、あまりいい結果にはならないだろう。


「どうしたんだよ、藤田。そもそも何を尋問しに行くってんだ」

「あの子は嘘をついていた」

「嘘?」


 エンジンをかける。しかし、阿蘇は車を発進させようとはせず、藤田の言葉の続きを待っていた。

 彼は何か思い出すように、曲げた人差し指を唇にあてながら、言う。


「……あの子は、お姉さんのやろうとしていることについて、知っていたはずだ」

「どうしてそう言える」

「SNSだよ。フレンドリストにお姉さんが入っているのなら、彼女のコメントも把握していた可能性が高い」


 そういえばそうだ。しかし、こうは考えられないだろうか。


「……あまりに荒唐無稽な話で、信じていなかったとか」

「いや、無視するには危う過ぎる内容なんだよ。オレだったら、直接メッセージのやり取りで聞くなり何なりするね。阿蘇があしとりさん使って曽根崎さんを痛めつけようとしてたら、放置なんて絶対しない」

「だが彼女は放置していた。そこにお前は違和感があるんだな」

「ん」


 だとしたら、導き出される答えは何だろう。阿蘇はようやくアクセルを踏みながら、考えた。

 関わりたくなかったからか?もしくは、放置する方が彼女にとって都合が良かったのかもしれない。

 いずれにしても、涼香はあの時、自分は何も知らなかったと嘘をついていた。そこにあるのは、やましさだ。

 こればかりは、彼女に聞かなければわからないだろう。


「……まあ、マンションに着くまで頭冷やしとけ。怒鳴り責めるより、懐柔させる方が得意なんだろ」

「あーうん。そうかもな」

「景清君が心配なのはわかるが、今はどうしようもない。俺らは俺らにできることをしよう」


 藤田もそれはわかっているのだろう。隣から、重いため息が聞こえた。


「……オレの持ってきた話で、景清が苦しんでたまるかよ」


 藤田は窓の外を眺めながら、ぽつりと呟いた。









 そして、二人は涼香のマンションに到着した。

 入り口で彼女の部屋番号のインターホンを鳴らすも、応える気配は無い。打つ手なしの阿蘇が藤田を振り返ると、涼香のスマホに電話をかけていた彼は黙って首を横に振った。


「寝るには早い時間だけどな。どうする」

「オレに任せて」


 言うが早いか、藤田はインターホンのボタンをいくつか押す。すると、エレベーターへと続くドアがあっさりと開いた。


「隠しコード。これでマンション内には入れるよ」

「こんなのよく知ってたな」

「運送業者の人や管理人なら知ってるよ。つまり、そういう人とそれなりの関係であるオレも」

「なるほど」


 藤田に付き合うなら、こういった事も日常茶飯事である。


 エレベーターに乗り七階へと上がると、ようやく涼香の部屋だ。阿蘇は部屋番号を確認すると、呼び出しボタンを押す。

 しかし、やはり何の反応も無かった。

 阿蘇は、困ったような顔をする藤田に問いかける。


「藤田、合鍵は?」

「流石にただの一フレンドだと持ってないね」

「クソッ、もっと踏み込んどけよ」

「警察の言葉とは思えねぇ」


 ダメ元で阿蘇はドアノブを握る。すると、ガチャリと音を立ててドアが開いた。


「……開いてる?」

「……」


 ぽかんとする阿蘇だったが、藤田はハッと気づいた。


「オレが出て行った時のままなんだ」


 阿蘇を押しのけ、部屋に上がる。そして、涼香の寝室に駆け込んだ。


「涼香ちゃん!」


 ベッドに彼女の姿は無い。慌てて部屋の中を見回す藤田だったが、どこにも涼香を見つけられない。


「何してんだ!」


 焦ったような阿蘇の声に、藤田は急いでそちらへ体を向ける。風になびくカーテンの先にいたのは、今にもベランダから飛び降りようと柵に足をかける涼香の姿だった。


「涼香ちゃん! やめろ!」


 藤田が声を上げるも、涼香は反応しない。白いベビードールに包んだその体は、やがてゆっくりと前のめりになり――。


 ――間一髪、彼女の足を掴んだ阿蘇に、そのまま引きずり戻された。


「阿蘇!」

「うん大丈夫、大丈夫。多分思いっきり鼻打ったけど、七階から顔面いくよりマシだから大丈夫」

「よ、良かった……! もうダメかと」

「うるせぇ、後はお前の仕事だぞ」


 ぶっきらぼうに、阿蘇は自分の体の上に乗ったままの涼香を指差す。藤田は、だらんとした彼女の白い腕を取ると、無理矢理その場に立たせた。

 涼香は無抵抗にそれに応じる。その目は泣いていたのか真っ赤になっており、いつもの媚態は影も形もなかった。


「涼香ちゃん、オレがわかる?」


 ベッドに座らせ、彼女の両肩を掴んで顔を見つめる。涼香はぼんやり藤田を見て、小さく頷いた。

 とりあえず、意識はあるようである。


「……どうして、飛び降りようとしたんだ。何があったの」

「……夢の中で、お母さんが」

「美知枝さんが?」

「口が裂けてて……足も腕も無くて、血がたくさん出てて……私に、私に言ったの」


 彼女の目に涙がたまっていく。涼香は藤田の手を振り払うと、頭を両手で抱え、悲鳴のような声で叫んだ。


「私のことを見捨てたお前なんて、死んでしまえって!!」


 子供のようにわあわあと泣き出した涼香を抱きしめることも忘れ、藤田は阿蘇と顔を見合わせていた。

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