第10話 四者面談と宣告

 事態は、圧迫面接の様相を呈していた。


 片や、平常時でも凄みのある形相の曽根崎さんと阿蘇さん。片や、現在後ろ暗い事情を抱える藤田さんと僕。奇しくも身内対身内の構図になっているが、肩身の狭さは圧倒的にこちらが上である。


「……さて、景清君。何があったか教えてもらおうか」


 曽根崎さんが静かに切り出す。怒ってはいないようだが、彼の目の下のクマや元々悪い目付きが醸し出す圧に、僕は叱られる寸前の子供のような気持ちになっていた。

 しかし、だからといって話さないわけにはいかない。僕は、深呼吸をした。


「……昨日、事務所の帰りに、全身真っ黒な男の人に会いました」


 曽根崎さんの目が釣り上がる。もう僕は彼を直視することができず、謝るように頭を下げて一気に白状した。


「それで、あしとりさんを退散させる呪文が書かれた紙が入った封筒をもらいました!次の日もその男の人に会って、あのマンションまで案内されて、呪文を読むよう指示されて読みました!」

「よく話してくれた。では、その時に何が起こったんだ?」

「……わからないです。そこから記憶が無くて……」

「ふむ、では藤田君に質問しよう」


 曽根崎さんは視線を僕から藤田さんに移す。藤田さんは一瞬居心地悪そうに縮こまるも、曽根崎さんは一切気にせず問いかけた。


「君は、何を見た?」

「……な、何をって」

「ありえないものを見たと電話で言ってただろ。それを教えてくれ」

「……」


 藤田さんの目が不安げに泳ぐ。しかし、阿蘇さんの顔を見て、覚悟を決めたように曽根崎さんに向き直った。


「――虫を見ました」

「虫?」

「はい。寝ている彼女の頭から、ずるりと這い出るように、巨大な昆虫が現れたんです」


 巨大な、という部分で、藤田さんは両手を使い大きさを表してみせた。それは、大体人間の頭ぐらいの大きさだった。


「虫には詳しい方ですが、オレはあんなおぞましい生き物を見たことがない。それはしばらく部屋の中に留まっていましたが、俺の目の前で壁をすり抜け、どこかに行ってしまいました」

「なるほど」

「彼女は、相変わらず寝ていました。頭部に傷もなく、もちろん苦しんでいる様子も無く。だけど、オレはどうしてもその光景が受け入れられなくて、訳が分からなくなってしまって……」

「だから私に電話をくれたんだね」

「はい。とにかく、報告しなければと」

「そして忠助が助けに行った」

「ええ。その時のオレは安心のあまり、つい阿蘇に色々良からぬ事を致そうとしました。訳が分からなくなってしまってたので」

「ぶっ殺すぞ」


 当時のことを思い出したのか、阿蘇さんは頭を押さえてため息をついた。やっぱり可哀想な目に遭っていたようだ。


「うちの叔父がすいません……」

「いいよ、もう慣れた」

「慣れちゃダメだと思うんです」

「言わないで景清。長年かけてここまで慣らしてきたんだ。オレの見込みだとあと少しで落ちる」

「もう黙っててくれませんかアンタ」


 こんなのと少しでも血の繋がりがあるのが嫌すぎる。どうしてそういう言葉を真顔でいえるんだ、この人。


「しかし兄さん、景清君の言葉通りなら、あしとりさんはもう退散したんじゃないか?」


 藤田さんを無視することにした阿蘇さんは、曽根崎さんに尋ねる。しかし彼はそれに答えず、逆に質問をした。


「景清君、君は道端で気絶していたな。その際夢を見なかったか?」

「夢ですか?いえ、見てないと思いますが」

「うーん……」

「なんだよ、もったいぶらず言えよ」


 痺れを切らしたような阿蘇さんに、曽根崎さんは唸り声で返す。顎に手をあて、言うべきか言わざるべきか悩んでいるようだ。


「……最初に妙だなと思ったのは、忠助に見せてもらった患者のリストだった」


 ようやく、彼は口を開いた。


「頭から順に見ていくと、一つだけ共通点が見つかった。それは、一つ前の罹患者と面識があるという点だ」

「面識?」

「そう。一緒に住んでいたり、年が近くだったり、担当看護師だったり。時間が足りなかった為全員に確認できたわけじゃないが、まあ見舞いに行くぐらいの関係性はあったようだ」

「つまり、面と向かって会うタイミングがある人を、あしとりさんは次のターゲットにしていたんですね」

「その通り。しかし、一人だけその法則が当てはまらない人物がいた」


 ここで曽根崎さんは阿蘇さんからの資料を取り出し、テーブルに広げてみせる。そして、一番下に書かれている名前を指差した。


「和泉美知枝さんだ」

「……あ、ほんとだ。前の人とは、住んでいる場所も年齢も全く違いますね」

「実際に前の患者のご家族に話を聞いたが、和泉美知枝さんの名前は聞いたこともないと言っていた」

「まあ、交友関係なんて家族といえど完全に把握できるものじゃねぇだろ」

「それもそうだが、彼女の場合もう一つ可能性がある」


 そう言うと、彼は今度は黒い紙を取り出す。指に挟んではためかせたそれに、僕は見覚えがあった。


「それ、僕が黒い男からもらった呪文の……」

「その通り。まあ、既に文字は消えているが」

「それがどうしたんですか」

「もう一人、これを受け取った人がいることがわかったんだ」

「受け取ったって……黒い男からですか?」


 曽根崎さんは頷く。


「その人物こそ、和泉美知枝さんに殺された娘、和泉朱美さんだよ」

「……!」

「SNSは便利だな。常日頃の母への恨みや、妹と比較される事への劣等感、果ては黒い男と出会い黒い封筒を貰った事まで書いてあったよ。何かやらかしていた証拠としては十分だろ」

「じゃあ、朱美さんがお母様を罹患者がいる病院へ連れて行き、取り憑かせたと……?」

「景清君も男に誘われてあのマンションに行ったんだろ?そこまで懇切丁寧に導いていてもおかしくない」

「それじゃどうしてその朱美さんが殺されてるんだ。まさか、自分を殺させる為に母親に取り憑かせたなんて言わないよな?」


 阿蘇さんの問いに、また曽根崎さんは腕を組んで唸り始めた。


「……わからん」

「は?」

「そこはわからん。朱美さんが殺された理由も、逆に美知枝さんが殺した理由も、ついでにどうすれば今正気を失っている人を元に戻せるかということも、まだわからん」

「……あしとりさんを退散させるだけでなく、直接叩かなければダメということですか」

「正気を戻させるという点については、そうかもしれない」

「でも、そうだとしたら僕、とんでもないことをしたんじゃないですか。あしとりさんを退散させて、見失ってーーー」

「そこだ。なあ景清君。私がどうして朱美さんの話をしたかわかるか?」


 僕は首を横に振る。曽根崎さんは、怒ったような顔でこちらを見ていた。

 多分本当にしたい顔は別にあるだろうに、僕にはそれがわからない。

 彼は、絞り出すように言葉を紡ぐ。


「……私は、朱美さんが男からもらった呪文と景清君のものは、一致していると考えている」

「……え?いやでも、それじゃまずいでしょ。だって退散させるだけじゃ、あしとりさんがターゲットをお母さんにするとは限らないし……」

「だから、“ 退散の呪文 ”じゃなかったんだよ」


 曽根崎さんは目をつぶった。


「あれは、“ 引き寄せの呪文 ”だったんだ」

「――引き寄せ?」


 サッと血の気が引く。一瞬脳裏に、笑顔でこちらを見る女性の姿が浮かんだ。


「罹患者と詠唱者の間に、次に取り憑かせたい人物を立たせる。そうすれば、自分にあしとりさんが来るより前に、その人物に取り憑かせることができるだろ。朱美さんはそうやったんだよ」

「でも、そうだとしたら……」

「そう、藤田君は壁をすり抜けていく虫を見たと言った。それがあしとりさんならば、君は――」


 曽根崎さんは目を開けた。

 夜よりも真っ黒な瞳が、奇妙に歪んで僕を捉える。


「――既に、あしとりさんに取り憑かれている」


 その残酷な言葉に、僕は息をすることすら忘れ、ただ彼の瞳の色に魅入られていた。

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