第4話 彼女は既に
「初めまして、
一時間後、事務所に現れたのは、セミロングの髪をゆるく巻いた清楚な女性だった。歳は二十四で、普段は堅めの仕事で働いているという。
彼女は、曽根崎ら三人を見るなり嬉しそうに手を叩いた。
「わぁ……! 今日は複数プレイですか!?」
そう言い目を輝かせた彼女は、間違いなく藤田コミュニティの一員だった。
「藤田君、彼女に何て説明したんだ」
「一番食いつくネタで呼びました」
「私らを巻き込むんじゃない。二人で勝手にやってくれ」
「じゃあちょっとソファー借ります」
「やめろやめろ、なんでそうなるんだ。忠助、助けろ!」
「この程度で声張り上げてたら、翌日喉枯れるぜ」
阿蘇は達観したものである。兄の事務所なので、どうなろうと知ったことではないという考えもあるのだが。
涼香をソファーに座らせ、曽根崎は早々に切り出す。
「……お姉さんを亡くされたそうで。お悔やみを申し上げます」
「……いえ、恐れ入ります」
ここで初めて、涼香の目に影が落ちた。普段、人前では努めて明るく振る舞っているのだろう。藤田がふざけた理由で呼び出さなければ、もしかしたら彼女はここに来なかったかもしれない。
だが、それはさておきというものだ。曽根崎は淡々と続ける。
「藤田君からどう聞いたかは知りませんが、私があなたを呼んだ目的は、他でもないあなたのご家族の身に起きた件についてです」
「……」
「私は、警察や医者では対処できない不可解な事件を解決することを生業としています。私なら、あなたのお母様を助けることができるかもしれない」
「……」
「涼香さん。お話を聞かせていただけませんか」
涼香は黙っている。綺麗に揃えた膝の上に握った拳を乗せて、それに目線を落としていた。
沈黙が事務所内を支配する。その中で、最初に動き出したのは藤田だった。
彼は涼香の隣に腰を下ろすと、真摯な眼差しで彼女を見つめる。
「涼香ちゃん」
「藤田さん……」
「嘘ついて呼んでごめんね。でも、最近の涼香ちゃんはすごく無理してるのがわかったから、見ていられなかったんだよ」
「……」
涼香は何も言わない。藤田は、そんな彼女を優しく抱き寄せた。
「この人なら大丈夫だよ。涼香ちゃんのお母さんも、きっと助けてくれる」
「……でも、助けてもらっても、お母さんがお姉ちゃんを殺した事実は変わらないわ」
「そうしなきゃいけない理由があったのかもしれない。それを知る為にも、助けなきゃだろ」
藤田の言葉に、涼香は彼の腕の中で小さく頷いた。
――これは、曽根崎や阿蘇では到底できない芸当だ。曽根崎が阿蘇を見上げると、指で口にチャックするジェスチャーが返ってきた。黙っていろとの意味だろう。
しかしそこで言うことを聞く男でもないのである。
「ご協力感謝します。時間も惜しいので、まずはいくつか質問をさせてください」
見えない所で阿蘇に蹴られつつ、曽根崎は言った。涼香はハンカチで目元を拭いながら、申し出を受け入れる。
「はい。何からお話ししましょうか」
「まず、あなたのお母様は今どんな症状が出ているんですか?」
曽根崎の問いに、彼女はワンピースをグッと掴んだ。
「……もう、私のことすらわからないぐらい、おかしくなってしまっています」
ワンピースを掴んだ手は、震えていた。
「腕がない、足がない、とうわ言のように言い続けてるんです。どれだけ私が声をかけようとも、全然、ダメで」
「そうですか。その症状は、お姉様が亡くなられてからの事ですか?」
「……いえ」
「以前から出ていたんですね」
「はい。大体二週間ぐらい前からでしょうか。最初は、夢の中で可愛い友達ができたと笑っていたぐらいだったんですが、段々――」
「段々?」
「――その友達に食べられて、爪が無い、指が無い、と。毎日、少しずつ無い箇所が増えていったと聞きました」
なるほど、話に聞いた通りだな。曽根崎は手帳に書き留めるためペンを取ったが、思い直して顔を上げる。
「聞きました、とはどういう意味です?人づてですか?」
「あ……私、お姉ちゃんから聞いたんです。お姉ちゃん、ちょっと前に仕事やめて実家に帰ってて、お母さんの病気を見てくれてたんです」
「それでは、どういうキッカケでお母様にその症状が出るに至ったかはご存知ないですか」
「……すいません、わかりません。姉が生きていれば、わかったのでしょうが……」
「謝る必要はありません。こういった事が起こるなんて、誰も予想できませんから」
曽根崎は手帳に目を落としながら、無感情に言う。そして、しばらく考える仕草をした後、人差し指を一本立てた。
「最後にひとつ」
「はい」
「あなた自身に、何か変わった事は起きていませんか?」
その質問に彼女は何か思い出そうとしていたが、やがて首を横に振った。それに対し曽根崎は、怒ったように眉間に皺を寄せる。涼香は慌てて尋ねた。
「ど、どうされたんですか?」
「気にしないでください。曽根崎は顔の筋肉がうまく動かせないんです」
阿蘇がフォローを入れた。曽根崎は肯定の意を伝えつつ、片手で顔を隠す。――自覚が無いというのは、厄介なものだ。ただ安堵しただけでこれである。
曽根崎は左手で顔を覆ったまま、彼女に手帳を差し出した。
「明日、あなたのお母様に会ってきます。ここに入院されている病院と部屋番号を書いてください」
「はい」
「涼香ちゃん、少しでも変わった事があれば、すぐオレに連絡ちょうだいね?どこにいても駆けつけるから」
隣にいる藤田が優しい声で涼香に話しかける。彼女は、口元に笑みを浮かべた。
「私は大丈夫よ、藤田さん。最近だって、お母さんが夢の中でずっといてくれるもの」
何気無い涼香のその言葉に、三人の男は凍りついた。――夢の中で、ずっといてくれる、だと?
できるだけ平静を保ちながら、藤田は問う。
「涼香ちゃん。君は――あしとりさんって、聞いた事はある?」
「いいえ? あ、でも」
彼女は何かを思い出すように目線を上に向けた後、藤田の膝に手を乗せた。
「お姉ちゃんが、お母さんの夢の中の友達をそう呼んでいたような気がするわ」
ああ、間違いない。
かわいらしい彼女の仕草にも関わらず、藤田の顔は引きつっていた。それは、他の男二人も同様だ。
――彼女は、既に取り憑かれてしまっている。
藤田はすがりつくような目で、覆った手の下で笑っている曽根崎を見た。
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