第17話 帰る場所

 皆がいるであろうプール付近まで戻る途中、僕は阿蘇さんとの会話を思い返していた。


 “ 曽根崎さんを一人にしたらまずいことが起こる ”

 “ 僕がいたら防ぐことができる ”


 あれは、どういう意味なのだろう。


「どうした」


 悩む僕の様子に気付いたのか、曽根崎さんが声をかけてきた。――尋ねてもいいのだろうか。それは、触れてはならないものじゃないんだろうか。


 まあ、いいか。


「曽根崎さん、僕のこと利用してますか?」

「なんだ突然」


 間違えた。なんか面倒くさい彼女みたいな聞き方になった。


「えーと、阿蘇さんから聞いたんですけどね。曽根崎さんを一人で危機的状況に置いたら、まずいことになるらしいじゃないですか」

「そうなのか?」

「いや知りませんよ。心当たり無いんです?」

「うーん……あー、無くはない、か?」


 首をひねりながらぼやく曽根崎さん。はっきりしないなぁ。


「で、僕が近くにいたらそれが起きないと。阿蘇さんに聞いても教えてくれないし、だったらもう直接聞こうと思って」

「あー……」

「あー、じゃないんですよ。阿蘇さんめちゃくちゃ怒ってて怖かったんですから」

「げ、どこまでバレてるんだ。二度と会いたくない」


 気持ちはわかるが。

 曽根崎さんは、気まずそうに咳払いをした。


「……私が、君を近くに置く理由を知りたいのか」

「はい」

「……説明しにくいな」


 怒ったように目を細める。多分、困っているのだ。


「……利用といえば、そうなのかもしれない」


 ようやく、ぽつりと言った。


「だけど、そう言うと君は誤解しそうだな」

「どういうことですか」

「私は君を、自分の思い通りになる都合の良い物だと思ったことはない」

「……」


 どうしてかはわからないが、その一言は深く自分の心に刺さった。


「ならば君の存在意義が具体的に何かと問われれば、今答えることは難しい」

「ああ、じゃあいいです」

「だけど私は……え?」


 あっさりした僕の返事に、曽根崎さんは鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした。


「答えられないなら、無理して言わなくていいです。僕だってきっちり給料貰ってるんですから」

「ええー……いいのか、それで」

「いいです。これでまともに金もくれないような人だったら、宵闇に紛れて始末してましたけど」

「君殺し屋か何か?」

「だから気にしないでください」


 僕はもう曽根崎さんの顔を確認せず、ズカズカ歩き出す。そんな僕の歩調に合わせてくれながら、曽根崎さんは口の中で何事かを呟いた。

 それは、謝罪の言葉だったかもしれない。








「シンジ! 景清!」


 プールに戻ると、柊ちゃんが綺麗なロングヘアーを揺らして駆け寄ってきた。彼女は僕らの前で止まると、美麗なその瞳を潤ませて――。


「このボクに心配させてんじゃないわよ!」


 僕と曽根崎さんの頭を掴み、かち合わせた。なんて仕打ちだ。


「柊! 大人しくしてろっつったろ!」


 その後を追うように、阿蘇さんが走ってきた。少し遠くには、足を引きずる大江さんに肩を貸す三条の姿が見える。

 曽根崎さんをぶつけられた額を擦りながら、僕は阿蘇さんに言った。


「三条は無事だったんですね」

「おう。他の学生らも、ちゃんと正気に戻ったぜ。俺が警察だってのもバラして言い含めてあるから、もう怪しいもんに手ェ出すこともねぇだろ」

「ありがとうございます」

「いいよ。景清君も、ちゃんと兄さんを助けてくれたんだな」


 阿蘇さんが微笑む。正直、阿蘇さんが思う通りの助け方ができたかは甚だ疑問ではあったが、なんとか僕も笑い返した。罵倒しただけなんすよ、僕。


「……さて、兄さん」


 そして、阿蘇さんは曽根崎さんの前に立った。ゆらり、と阿蘇さんの背後に炎が揺らめいて見える気がする。――怒っている。やっぱり、はちゃめちゃに怒っている。

 曽根崎さんはへっぴり腰になっており、今にも逃げ出しそうだ。僕は、急いで二人の間に割って入った。


「帰ってからにしましょう! まずは、大江さんをお家に帰してあげてから! ね!?」

「……だ、そうです」

「このクソ兄が…! 帰ったら覚えてろよ」

「何かと察しがいいと苦労するな」

「お前の! 普段の! 行いが悪いからだろうが!!」


 もう既に噴火寸前である。心から同情した。

 そうこうしている内に、三条らが追いついた。三条は酷く疲弊していたが、僕を見るなり明るい目を喜びで大きく開いた。


「景清! 本当にありがとう!」

「三条、もう体は大丈夫?」

「めっちゃ眠いけど大丈夫! 大江ちゃんから色々聞いたんだ。景清、最初からオレを助けようとしてくれてたんだな」


 隣の大江さんを見ると、顔を真っ赤にしている。三条に肩を貸してもらって、僕のことなど目に入ってないようだ。


「大江さん」

「……ハイッ!」

「今日はどうもありがとう。おかげで助かったよ」

「いえ! だって元は私の依頼ですし……!」

「景清! あんま大江ちゃんを魅了すんなよ!」

「してないよ」


 それはどっちかというとお前の方だろ。三条は、大江さんの肩をぽんぽん叩きながら言った。


「オレ、大江ちゃんのお父さんから言われてんだからな! この子に変な虫がつかないよう、見てやってくれって」

「信頼されてんだな」

「その代わりお前を駆除するのは一番後にしてやるって」

「ごめん、されてなかったわ」

「大江ちゃんはオレの一番最初の生徒だからね! 先生として、恥ずかしくないようにしないと」

「ん? 生徒?」


 あれ、こいつ、あの時大江さんに告白してたよな?君の前でかっこつけたいとか何とか――。


 ん? ちょっと待て。あれ?


 大江さんも、びっくりしたように三条を見上げている。僕は、恐る恐る彼に尋ねた。


「……三条、お前、もしかして大江さんの前で格好つけたい理由って……」

「決まってるだろ。オレの将来の夢って先生になることなんだよ。だから、先生として、生徒の前では格好いいとこ見せないといけないだろ!」

「……お前ー!!」

「えええええなんだなんだなんだよ!? なんでオレ景清に怒られてんの!?」

「もう責任取れ! な!?」

「何!? 何の事!?」


 僕に首元を掴まれて揺さぶられる三条の隣で、大江さんは崩れ落ちていた。無理もない。


「……いいえ、わかってました。こんなトントン進むなんてありえないって……」

「元気出して大江さん! 今こいつ締め上げるから!」

「オレ締め上げられたら大江ちゃん喜ぶの!? どうして!?」

「もう既成事実から作った方が早いですかね、景清さん」

「そうかもね」

「え!? ダメだよ大江ちゃん!景清はダメだよ!」

「だから僕じゃなくてお前なんだよ!」


 どうしようもなく混乱を極めた状況に、収集をつける方法は最早存在しなかった。この後も言い合いを続け、とうとう痺れを切らした柊ちゃんに三条と共にしばき倒されて、長い夜がようやく終わりを告げたのだった。

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