第2話 華やかな依頼人

 事務所が華やかだ。

 目の前のソファーには、黒髪ロングの迫力ある美人と、眼鏡をかけた真面目そうな女子高生が座っている。普段くたびれたオッサンしかこの部屋で見ないので、なんだか目がチカチカした。

 そしてそんな空気の変化など一切感じないだろう曽根崎さんは、早速口火を切る。


「さて、大江さん。先日はどうもありがとうございました」


 大江と呼ばれた女子高生は、いえ、と遠慮がちに目を伏せた。ん? 知り合い?


「ああ、久作さんの供養をお願いしたお寺の娘さんだよ」

「そうなんですね。僕からもお礼を言わせてください。どうもありがとうございました」

「そんな。普段から曽根崎さんにはお世話になっていますから」


 困ったように眉尻を下げ、両手を胸の前で振る。控えめないい子だ。しかし、この子が依頼人となると、相手との関係は一体何なのだろう。

 考えを巡らせていると、痺れを切らしたように美人が割り込んできた。


「シンジはそれが仕事なの。依頼料も払ってんだから、あんま気にしなくていいわよ、みっちゃん」

「柊ちゃん、円滑なビジネスに良好なコミュニケーションは不可欠だぞ」

「コミュニケーション語るならその不審者面を直してからにしなさい。さ、依頼内容に移るわよ。モタモタなんかしてられないんだから」


 そう言い、長い黒髪をサラリとかき流した彼女の名前は、月上柊つきがみしゅうさん。怪しげな雑誌の編集者で、聞けば、元々この女の子と交流があり、女の子の話にピンときた柊さんが半ば強引に曽根崎さんに会う約束を取り付けたとのことだ。

 で、こっちの女の子は、大江未智おおえみちさん。さっき聞いた通りお寺の一人娘で、曽根崎さんはたまにそこの住職からお寺に舞い込む怪異の相談を受けたりしているそうだ。

 大江さんは、柊さんの言葉に意を決して話し始める。


「…実は、私の家庭教師をしてくれている方の話なのですが」

「はい」

「名前は、三条正孝さんじょうまさたかさん。四津一大学に通う理学部の三年生です」


 あれ、僕と同じ大学だ。同じことを思ったのだろう曽根崎さんに目線を送られたが、その名前は知らないので黙って首を横に振った。


「一週間ほど前でしょうか。それまで煙草を吸わなかった三条さんが、突然私の前で煙草を吸いたいと言い出したんです」

「ほう」

「曰く、自分はこの煙草が無いと落ち着かない。煙は全部“ 飲む ”ので、受動喫煙や煙の匂いも心配しなくていい、と」

「それであなたはなんと?」


 曽根崎さんから聞いていた通りの話に、緊張する。この子はどう対応したのだろう。年は離れていないとはいえ、大学生と高校生だ。あまり強くは出られな――


「煙草を取り上げ、部屋から締め出しました。勉強に関係の無い話だったので」


 大江さんの眼鏡がきらりと光った。あれ? この子、強いぞ?


「三条さんは部屋の外でしばらくピーピー喚いてらっしゃいましたが、やがて諦めて帰って行きました。これがその時の煙草です」

「どうも」


 黒いパッケージの煙草が曽根崎さんに手渡される。大江さんは何かスイッチが入ってしまったようで、腰に手を当てて息巻いた。


「まったく、プライベートで煙草を吸うのなら構いませんよ? でも、勉強を教える立場である限りはその辺りを弁えてもらわないと! 公私混同、言語道断!」


 最後ちょっとラップっぽくなったな。


「大体ですよ? 煙草はお体を害するものです。少しでも健康に長生きされたいと思うなら、ちょっと控えていただかないと……。そう思って私、口を酸っぱくして言っていたのですが、もう、暖簾に腕押しでして」


 大江さんは、深いため息をついた。…ただの家庭教師相手にこの入れ込みよう。もしかして、特別な感情があるのかもしれない。

 興奮状態の大江さんの背を撫でながら、柊さんは補足する。


「そこでボクに相談が来たの。その時に、例の大学生死亡事件を思い出してね。なーんか嫌な予感してアンタに連絡したワケよ」

「なるほど」

「私、依頼料を支払います! だから、三条さんに危険が迫っているなら、解決していただけませんか」


 真面目な女子高生の勢いに、曽根崎さんは微笑んだ。多分、困っているのだろう。

 曽根崎さんは僕が入れた紅茶を一気に飲み干し、言った。


「……あなたは、未成年であり、高校生であり、被扶養者です。だから、金銭が発生する依頼を私が受けることはできない」

「そんな!」

「全原稿ボツにするわよ!」

「待って最後まで聞いてくださいやめてください。そこで、ちょっと相談なんですが」


 相変わらず立場が弱い人である。いや、今回は相手が悪すぎるか。

 曽根崎さんは一呼吸置いて、大江さんに顔を向けた。


「今回の件を、取材として受けてもいいでしょうか」

「取材ですか?」

「そう。で、その記事を柊ちゃんの雑誌に連載する。これで私は原稿料が入るし、大江さんの悩みも解決するし、柊ちゃんの雑誌は潤う。一石三鳥だ」


 我ながら名案だと言わんばかりに、曽根崎さんは頷いている。対する柊さんは、心配そうに大江さんの様子を伺っていた。

 しかし、大江さんは即答する。


「私は構いません! 柊ちゃんが良ければですが……」

「ボクはいいわよ。元々枠は空いてたし」

「なら決まりだな」

「良かった! では、曽根崎さん、改めてよろしくお願いします!」


 大江さんは、飛び上がらんばかりに喜んでいる。良かった良かった。この人こんな見た目だけど、しっかり仕事はする人だし、何より今回の依頼は“ 三条さんの煙草をやめさせること ”だ。特に大ごとにもならずに終わってくれることだろう。

 ――少し離れた所で三人の会話を聞いていた僕は、この時気付いていなかったのだ。曽根崎さんが、僕をじっと見つめていたことを。


「あの、三条さんの連絡先って教えておいた方がいいですか? 私、事前に言っておくので……」

「いや、必要ない。私のような者が煙草をやめさせようと接触してくると、逆に警戒させてしまうだろう」

「じゃあ、どうされるんです?」

「打ってつけの人材がいる」


 そう言うと、曽根崎さんはソファーから立ち上がり、つかつかと僕の元までやって来た。

 あ、嫌な予感がする。


「景清君」

「はい」

「ボーナスは弾むよ」

「やります」


 つまり、僕に白羽の矢が立ったのであった。

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