第2話 華やかな依頼人
事務所が華やかだ。
目の前のソファーには、黒髪ロングの迫力ある美人と、眼鏡をかけた真面目そうな女子高生が座っている。普段くたびれたオッサンしかこの部屋で見ないので、なんだか目がチカチカした。
そしてそんな空気の変化など一切感じないだろう曽根崎さんは、早速口火を切る。
「さて、大江さん。先日はどうもありがとうございました」
大江と呼ばれた女子高生は、いえ、と遠慮がちに目を伏せた。ん? 知り合い?
「ああ、久作さんの供養をお願いしたお寺の娘さんだよ」
「そうなんですね。僕からもお礼を言わせてください。どうもありがとうございました」
「そんな。普段から曽根崎さんにはお世話になっていますから」
困ったように眉尻を下げ、両手を胸の前で振る。控えめないい子だ。しかし、この子が依頼人となると、相手との関係は一体何なのだろう。
考えを巡らせていると、痺れを切らしたように美人が割り込んできた。
「シンジはそれが仕事なの。依頼料も払ってんだから、あんま気にしなくていいわよ、みっちゃん」
「柊ちゃん、円滑なビジネスに良好なコミュニケーションは不可欠だぞ」
「コミュニケーション語るならその不審者面を直してからにしなさい。さ、依頼内容に移るわよ。モタモタなんかしてられないんだから」
そう言い、長い黒髪をサラリとかき流した彼女の名前は、
で、こっちの女の子は、
大江さんは、柊さんの言葉に意を決して話し始める。
「…実は、私の家庭教師をしてくれている方の話なのですが」
「はい」
「名前は、
あれ、僕と同じ大学だ。同じことを思ったのだろう曽根崎さんに目線を送られたが、その名前は知らないので黙って首を横に振った。
「一週間ほど前でしょうか。それまで煙草を吸わなかった三条さんが、突然私の前で煙草を吸いたいと言い出したんです」
「ほう」
「曰く、自分はこの煙草が無いと落ち着かない。煙は全部“ 飲む ”ので、受動喫煙や煙の匂いも心配しなくていい、と」
「それであなたはなんと?」
曽根崎さんから聞いていた通りの話に、緊張する。この子はどう対応したのだろう。年は離れていないとはいえ、大学生と高校生だ。あまり強くは出られな――
「煙草を取り上げ、部屋から締め出しました。勉強に関係の無い話だったので」
大江さんの眼鏡がきらりと光った。あれ? この子、強いぞ?
「三条さんは部屋の外でしばらくピーピー喚いてらっしゃいましたが、やがて諦めて帰って行きました。これがその時の煙草です」
「どうも」
黒いパッケージの煙草が曽根崎さんに手渡される。大江さんは何かスイッチが入ってしまったようで、腰に手を当てて息巻いた。
「まったく、プライベートで煙草を吸うのなら構いませんよ? でも、勉強を教える立場である限りはその辺りを弁えてもらわないと! 公私混同、言語道断!」
最後ちょっとラップっぽくなったな。
「大体ですよ? 煙草はお体を害するものです。少しでも健康に長生きされたいと思うなら、ちょっと控えていただかないと……。そう思って私、口を酸っぱくして言っていたのですが、もう、暖簾に腕押しでして」
大江さんは、深いため息をついた。…ただの家庭教師相手にこの入れ込みよう。もしかして、特別な感情があるのかもしれない。
興奮状態の大江さんの背を撫でながら、柊さんは補足する。
「そこでボクに相談が来たの。その時に、例の大学生死亡事件を思い出してね。なーんか嫌な予感してアンタに連絡したワケよ」
「なるほど」
「私、依頼料を支払います! だから、三条さんに危険が迫っているなら、解決していただけませんか」
真面目な女子高生の勢いに、曽根崎さんは微笑んだ。多分、困っているのだろう。
曽根崎さんは僕が入れた紅茶を一気に飲み干し、言った。
「……あなたは、未成年であり、高校生であり、被扶養者です。だから、金銭が発生する依頼を私が受けることはできない」
「そんな!」
「全原稿ボツにするわよ!」
「待って最後まで聞いてくださいやめてください。そこで、ちょっと相談なんですが」
相変わらず立場が弱い人である。いや、今回は相手が悪すぎるか。
曽根崎さんは一呼吸置いて、大江さんに顔を向けた。
「今回の件を、取材として受けてもいいでしょうか」
「取材ですか?」
「そう。で、その記事を柊ちゃんの雑誌に連載する。これで私は原稿料が入るし、大江さんの悩みも解決するし、柊ちゃんの雑誌は潤う。一石三鳥だ」
我ながら名案だと言わんばかりに、曽根崎さんは頷いている。対する柊さんは、心配そうに大江さんの様子を伺っていた。
しかし、大江さんは即答する。
「私は構いません! 柊ちゃんが良ければですが……」
「ボクはいいわよ。元々枠は空いてたし」
「なら決まりだな」
「良かった! では、曽根崎さん、改めてよろしくお願いします!」
大江さんは、飛び上がらんばかりに喜んでいる。良かった良かった。この人こんな見た目だけど、しっかり仕事はする人だし、何より今回の依頼は“ 三条さんの煙草をやめさせること ”だ。特に大ごとにもならずに終わってくれることだろう。
――少し離れた所で三人の会話を聞いていた僕は、この時気付いていなかったのだ。曽根崎さんが、僕をじっと見つめていたことを。
「あの、三条さんの連絡先って教えておいた方がいいですか? 私、事前に言っておくので……」
「いや、必要ない。私のような者が煙草をやめさせようと接触してくると、逆に警戒させてしまうだろう」
「じゃあ、どうされるんです?」
「打ってつけの人材がいる」
そう言うと、曽根崎さんはソファーから立ち上がり、つかつかと僕の元までやって来た。
あ、嫌な予感がする。
「景清君」
「はい」
「ボーナスは弾むよ」
「やります」
つまり、僕に白羽の矢が立ったのであった。
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