第18話 目覚めて

 次に目が覚めた時、僕はまたしても知らないベッドの上だった。

 二日連続でこんな事態、僕が女の子だったら大変だぞ、これ。


「起きた?」


 物音に気づいたのか、今回の家主だろう阿蘇さんの顔がひょっこり覗く。今まで警察帽で見えなかったが、この人の頭はモジャモジャじゃない。普通の黒い短髪だ。しかし、常時でも睨むような鋭い目つきは、なるほど誰かさんにそっくりである。


「起きました。すいません、どれぐらい寝てました?」

「今は朝の十時だ。疲れてるならまだ寝てていいぞ」

「いえ、起きます。ベッドも借りてしまい、ご迷惑をかけました」

「クソ兄に比べたら全然。昨日あんなことがあったんだ、気にすんな」


 阿蘇さん、かっけぇ。

 お礼を言うと、彼は構わないと言わんばかりに首を振り、僕をテーブルに呼んだ。ついていくと、そこには温かな朝食が僕を待ち構えていた。


「うっま……!」


 一口食べるなり、つい敬語を忘れて感想が漏れた。なんだこの目玉焼き。半熟具合最高じゃないか。塩胡椒もいい味出してる。パンに挟んで食べたい。

 うわー、ご飯も旨い。どこの米使ってんの? 味噌汁も多分これちゃんと出汁取ってるやつだ。美味しいもん。

 無我夢中で食べてると、阿蘇さんが片手で額を押さえ、天を仰いでいた。

 頭でも痛いのだろうか。

 ご飯を食べる手を止めずに眺めていると、やがて彼は言った。


「景清君、俺の弟にならね?」


 いきなりどうしたんすか。


「いや、ごめん。俺それなりに料理に自信あんだけど、兄さんってあんな感じだろ。作り甲斐が無いっつーか……」

「ああ、わかります」

「こんな美味しそうに食べてくれて、滅茶苦茶嬉しい。なんか泣きそう」

「そこまでですか……」


 こんないい弟さん泣かせて、あのオッサン、いよいよダメだな。


「仕方ないですよ、曽根崎さん味覚死んでるんで」

「そうなんだよ。あれにご飯作ってると、ゾンビに餌やってる気分になる」

「多分腐ってても気づきませんしね」

「……つくづく面倒をかけるな、景清君」

「そうでもないですよ。僕はお金貰ってるし、阿蘇さんほど料理が上手なわけじゃないんで、そんなダメージ無くて」

「そう?」


 阿蘇さんは首を傾げている。血を分けた兄弟がそこで疑問を抱くほど、あの人は酷いのだろうか。


「兄さん、結構偏屈だろ。あんまり人付き合いも上手じゃないし」

「変な人ではありますけど、コミュニケーションは取れるんで……」

「景清君は懐が深いんだな」

「そうですかね?」

「おう」


 食後のデザートまでご馳走になってしまった。杏仁豆腐とかどうやって作るんだろう。

 ところで、さっきから件の人物が見当たらないのだが。


「……曽根崎さんは、もう事務所ですか?」

「お寺に行くとか言ってたかな」

「え、僕も行きたかったのに」

「……兄さんから事情は粗方聞いたよ。殺されそうだったってのに、人がいいもんだ」


 半分呆れたように、阿蘇さんは言った。


「そんなんじゃ早死にするぞ」

「頑張ります」

「困ったらいつでも頼ってくれていいからな」

「ありがとうございます。阿蘇さんって、面倒見がいい方なんですね」

「フフ、うるせぇだろ」


 うお、かっけぇ。きつい顔してるけど、ベースは整ってるから笑った時の破壊力が大きいんだよな、この人。

 阿蘇さんと曽根崎さん、顔は結構似てるはずなんだけど、この違いは何なんだろう。

 清潔感?


「あ、そうだ」


 思い出したように阿蘇さんはテーブルを叩く。


「荒らされた景清君の部屋について、事情聴取しなきゃな」

「あー……忘れてた」

「被害届出す?」

「一応出しとこうかなと」

「兄さんとこの事務所も似た被害が出てるらしいしな、犯人が見つかるかはともかくそれがいい」

「その辺りも阿蘇さん、聞いてるんですね」

「おう、犯人は人間じゃねぇってとこだろ」


 事も無げに言うものだ。


「阿蘇さんは、そういった怪異をいくつか知ってるんですか?」

「まあ、兄さんの影響と仕事柄どうしても、な」

「じゃあ、なんで曽根崎さんが積極的に関わるようになったのかも?」

「……全部知ってるわけじゃねぇけど」


 ここで初めて、阿蘇さんは言葉を濁した。本当に知らないのか、あまり僕に話したくないのか、どちらだろう。

 阿蘇さんは僕から目線を逸らし、何もない壁を見つめる。


「聞きたきゃ本人に聞け。俺からは言えん」

「わかりました」

「よし、そろそろ送っていこうか。とりあえず今日はゆっくり休め」

「はい。……あ」

「どうした」


 立ち上がって車のキーを手に取る阿蘇さんに、僕はどんな顔をしていいかわからず、引きつった笑みを浮かべた。


「……今、僕の私物、曽根崎さんの家に置きっ放しで」

「……あー……」

「家も散らかってるし。これ、どうしたらいいと思いますか」

「……家の片付けぐらいは手伝ってやるけど、その状況だと兄さんの家に行った方がいいかもな」


 阿蘇さんは困ったように頭をガリガリかいた。そして、スマホで電話をかける。相手は言わずもがなだ。


「……今、事務所にいるっぽいから、とりあえずそこまで行くぞ」


 振り返った阿蘇さんに、僕は頷いて返した。

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