第17話 報いを

「で、兄さんは行くのか」

「行くよ。約束を果たさなきゃいけない」

「……ヤベェ話じゃねぇだろな」

「ヤベェ話に決まってるだろ。まあ、私は知らぬ存ぜぬで行くけど」


 阿蘇さんの大きなため息が車内を満たす。僕は、それをまどろみながら聞いていた。…やはり、国家権力の安心感はすごい。パトカーに乗るなり、ずっと続いていた緊張がすっかり解けてしまった。


「……兄さん、その手」

「ああ、うん。ちょっと怪我したな」

「皮膚ズタズタがちょっとかよ。後で診てやるから、俺の家寄るぞ。どうせちゃんとした治療道具も持ってないんだろ」

「ありがとう、キレ気味ナイチンゲール」

「おーっと売られた喧嘩は積極的に買うぜぇー?」

「すいませんでした」


 立場弱いなあ、この人。しかしいつ怪我したんだろ。スタンガン突っ込んだ時かな。

 そんなことをぼんやり考えていると、やがて車はある場所で止まった。


「すぐ戻るから、景清君を頼む」

「一人で行くのか?危ねぇぞ」

「だからここにパトカー停めたんだよ。佐谷田の部屋から見えるように」

「なるほど」

「そういうわけでよろしく」

「はいよ」


 ドアの閉まる音がする。曽根崎さんは、佐谷田に久作さんの一部を渡しに行ったのだ。

 阿蘇さんは心配していたが、まあ、多分大丈夫だろう。相手が相手なので脅されはするだろうが、あの人ならのらりくらりと逃げおおせると思う。

 なんだか、瞼が重い。いよいよ眠りに落ちそうだ。後部座席で窓にもたれた時、どこか優しい阿蘇さんの声で“お疲れさん”と聞こえた。






 不気味な男だ。そもそも、最初から気に入らなかった。

 私に全く臆することなく、態度の悪い目つきで見据えてくる。挙げ句の果てに、この私からの依頼を断ろうとするなどとは。あんな状況でさえ無ければ、すぐにでも思い知らせてやれたというのに。

 しかし、それもさっきまでの話だ。男からの電話によると、私を煩わせていたホームレスの成れの果てを始末したらしい。どんな小賢しい真似をしたか知らないが、腕は確かだったようだ。

 嘘をつかれては厄介なので、その一部を持ってくるよう依頼した。もうじき、男がここへやってくる。そうすれば――。


「どうもこんばんは」


 突然、ドアが開いた。そこにいたのは、不愉快極まりないあの男。

 背筋は伸びているものの、どこか埃っぽいスーツに私はあからさまに顔を歪めた。


「こちら、お約束の品をお持ちしました」


 私の様子など全く気にも留めず、男は懐から小さな容器を取り出した。中には、小指が二本。

 なるほど、わざわざ愚かにも持ってきてくれたらしい。


「苦労をかけたな。さあ、それをこちらに寄越してくれ」


 男に向かって、手を伸ばす。さあ、来い。私の手の届く範囲に。そうすれば、一瞬で気を失わせてくれよう。

 何をしてやろうか。お前はどんなバケモノになりたい?頭を増やしてやろうか。五つぐらいどうだろう。全員、同じ頭でもいいし、別人でもいい。そうだ、お前には助手がいたな。あれを使ってやってもいいぞ。そうすれば話し相手にもなるな。殺意をもって食い合うのでもいいぞ。それはそれでさぞ楽しかろう。


「お渡しするのは構いませんが、その前に外をご覧ください」


 男は、私の思考を遮り窓の外を指差した。興を削がれつつも仕方なく外を見ると、パトカーが停まっているのが見えた。

 何故、ここに?

 私の考えを察したのか、男は答えた。


「そりゃそうでしょう。あなた、警察に依頼したんですから」


 思わず舌打ちをする。その音に反応し、男は笑った。


「あなたが何をしようとしていたのかは知りませんが、悪いことは言いません、今はやめておきましょう。どうせあなたのことだから、私のことだけじゃなく、景清君のことまで調べているのでしょう?」


 ああ、その通りだとも。


「なら、今日の所は当初の約束だけで終わりにしませんか」


 男は、指の入った容れ物を小さく振った。


「――君が何を言っているのか皆目見当がつかんが、その指は貰い受けよう」

「どうぞ。お取り扱いには重々ご注意を」

「ふん」


 鼻で笑い飛ばし、容器を受け取る。受け取るその瞬間、男が何か呟いたような気がしたが、まあどうでもよい。

 そして、男は一礼をして去っていった。後に残されたのは、私と容器に入った小指二本。


「――随分と小さくなったもんだ」


 容器を天井灯にかかげる。無理矢理千切ったのだろうか、断面は生々しく、骨のようなものも見えている。


 ――?


 今、動かなかったか?


 いや、まさか。私の元にいた時は、本体から離れた指はすぐに生命活動を停止していた。動くはずはない。動くはずは――。


 嫌な予感がする。今すぐ、この容器から手を離せと直感が喚いている。

 だが、私の指は、別の意思が宿っているかのように容器の蓋を外そうとしていた。


 なんだ、これは、なんだ。

 私の体が、思うようにならない。


 二本の指が、動いた。まるで捕食対象を見つけた生物のように。


 蓋が開いてしまう。

 開いてしまったら、私はどうなる。


 怖い、怖い、こわい。

 声が出ない。

 誰かいないか。さっきの男でもいい。

 誰でもいい。

 こわい。

 私と代わってくれ。

 でないと、私は。

 こわい。

 助けてくれ。二度とこんなことは。

 こわい。

 こわい。





 容器の蓋が開いた。



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