第9話 うどんと作戦会議
次に起きた時、曽根崎さんの姿は無かった。リビングに行くと、空になった味噌汁のお椀と、“必要な物を調達してくる”と走り書きされたメモが残されていた。お椀ぐらい流し台に運べ。いつも言ってるだろ。
昨日あんなに脅されたのでは外に出る勇気も無く、大人しく大学のレポートを書くことにした。途中何度かスマホを見たが、彼女からの連絡は何一つ来ていなかった。
「……長いなぁ、一人」
ぽつんと呟く。いつの間にやら、時刻は十一時を回っていた。
その時、突然スマホの呼び出し音が鳴り響いた。さては彼女か!いやちょっとほんとあの時気が動転してて妙なこと言ったけどマジで本当のこと言うとアレはアレでその
『やあ景清君』
チクショウあんたか!!!!
『今から、事務所まで来てくれ。ちゃんとタクシー使うんだぞ』
「……はい」
『元気が無いな。二日酔いか』
「……そうですね……」
『そういう時は、生の青蛙を丸呑みすればいいらしいぞ』
「ンなわけねぇだろ! 余計吐くわ!」
『元気になったな。それじゃよろしく』
腹の立つ知恵袋を一方的に授けられ、電話は切れた。……ボイコットしようかな。でも、金払いはいいんだよな。
数秒迷い、結論を出す。
――行くとするか。
大きく息を吸い、弾みをつけて立ち上がった。
事務所に到着するなり、開口一番ヤツは言った。
「昼飯」
亭主関白かよ。
「……チャーハンでいいですか」
「ご飯炊いてない」
「三十一歳!!」
「どんなツッコミだよ! よく分かんないけど傷つくからやめろ!」
「じゃあうどんでもしましょうか。油揚げあるし」
「ぽんぽこうどん」
「タヌキじゃなくてキツネですよ。なんだよぽんぽこって」
そうして作ったうどんを二人で啜りながら、テレビで昼番組を見る。いつもの景色だ。いつも通りすぎて、小指氏を阻まないといけないことすら忘れてしまいそうになる。
「……小指氏の対策についてだが」
唐突に曽根崎さんは切り出した。
「高熱で、蒸し殺そうと思う」
「高熱で、蒸し殺す」
繰り返してしまった。
「焼くんじゃなくてですか?」
「焼くのがベストだが、案が思いつかなかった。だから蒸す方向に変えた」
「逆に蒸すことならできるんですか」
「できる。これがそれ専用の装置だ」
見ると、曽根崎さんの横に、大きなステンレス製の蒸し器が置かれている。……午前中いなかったのは、それを手に入れる為だったのか。彼は、蒸し器を片手で軽く叩いてみせた。
「小指氏をあらかじめ熱々に熱しておいたこの中に入れて、更に外からも火炎放射器を食らわせる。70度以上なら皮膚組織は一瞬で破壊されるから、これを五分続ければ、多分勝てる、と、思う」
えらく自信が尻すぼみになったな。まあ、やったことないもんな。
「でも、モルタル破壊できるパワーがあるなら、壊されると思いますよ」
「依頼してきた警察に連絡して、廃鉄工所をおさえてきた。そこに鉄製の炉があるから、突っ込もう」
「どうやって鉄工所まで運ぶんです」
「そこでこのスタンガンだ。うまく当てて電流を流せば、並の人間なら数十秒は動けない」
「……まあ、人間の組織で構成されているなら、いけるもんですかね」
「そう睨んでる」
「……そもそも、どうやって地中から引っ張りだすんですか」
今聞いた内容も、正直到底実現には遠そうなプランに思える。だが、ひとまず良しとしよう。問題は地中を移動するその小指氏だ。“息継ぎ”を狙うとしても、目星をつけていないと意味が無い。下手すりゃ素通りを許してしまうだろう。
僕の懸念に、曽根崎さんは油揚げを咥えながら器用に答えた。
「ひみほはんをはいようふうよ」
「なんて?」
「油揚げ、出汁が染みてて旨い」
「油揚げはいいんですよ。さっきなんて言いました?」
「君の案を採用するよ、と言ったんだ」
案というと。
「ああ、昨日話した」
「そうそう。だからこその鉄工所でもある」
「なるほど」
「おかげで息継ぎの場所を特定できる。……地上に上がってきた時点で、電流を当ててやろう」
「はい」
お椀を持ち上げ、ぐびぐびとうどんの汁を飲む曽根崎さんを見ながら、すっかり食欲が失せた僕は箸を置いた。彼は、きょとんと僕のうどんを見ている。
「食べないのか?」
あんな話しながら食えるか。
「食べないならもらうぞ」
言うが早いか、もう曽根崎さんは僕のうどんを掠め取っていた。
「……曽根崎さんって、結構食べますよね」
「おう」
「なんで普段食べないんですか?」
「忘れるんだよな」
「僕がいない間、食べてます?」
「どうだろ」
食べてねぇな、これ。
「……作り置きとか、しましょうか?」
「じゃあ給料どれぐらい上げればいい?」
「さすが曽根崎さん、話が早い。材料費に色つけるぐらいで構いませんよ」
「人がいいな。身を滅ぼすぞ」
「うるさいな、餓死したいんですか」
曽根崎さんも食べ終わったので、器を運ぼうかと腰を上げた。その時だった。
僕のスマホが、けたたましく電話の着信を知らせた。
今度こそ彼女か! 僕は飛びついた。
「もしもし!」
『突然すいません、警察です』
これは予想外。僕は曽根崎さんを一度振り返り、スピーカーボタンを押した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます