第10話 心当たり
『竹田景清さんですか』
「はい、そうです」
警察からの電話なんて初めてだ。僕、何かしたっけか。思い返すも、さっぱり思い当たる節は無い。
混乱する僕に、警察官は無愛想に用件を告げた。
『急な話で驚かれることと思いますが、今朝あなたの部屋に何者かが侵入しました』
その言葉に、スッと血の気が引いた。曽根崎さんは、な? 言ったろ? みたいな顔をしている。やめろその顔。
「……誰が入ったんですか」
『それはまだわかりません。ともかく、かなり手荒に侵入したようです。近隣住民の方の通報で我々が駆けつけましたから。竹田さんがひとまず無事なようで何よりですが、犯人にお心当たりはありませんか』
「いや、特に……」
言いかけて、大いに心当たりがあることに気づく。浮かんだのは、佐谷田の顔。どう答えるべきか考えあぐねていると、曽根崎さんが電話を奪い取った。
「お電話代わりました、曽根崎です」
『……曽根崎?』
「ご迷惑をおかけしています。これは、“ 曽根崎案件 ”です」
なんだその符丁。眉間にしわを寄せる僕に対し、電話の向こうの警察官はウンザリしたような声をあげた。
『またかよ』
あれ、知り合い?
「お、君だったか。いつもすまんな」
『いや、こちらこそ。そんじゃ適当にやっときます』
「それでよろしく」
『……あ、もしかして竹田さんって、例の?』
「そうそう。ご飯作ってもらってる」
『うわ』
うわって言われた。僕のバイト、うわって言われた。
『事情はわかったんで、竹田さんに代わってもらえます?』
「はい」
曽根崎さんからスマホを受け取る。これ以上、何を話すというのだろう。
『何か盗まれた物とか無いか現場検証しなくちゃならないんですけど、竹田さん今から来れますか?』
「えーと……無理そうです」
曽根崎さんが腕で大きなバツを作っているので。
『わかりました。それでは、事が終わって部屋に帰ってこれる状況になったら、また連絡してください』
「僕の部屋、どんなことになってるんですか?」
『ドアが盛大に壊されて、室内が荒らされています。しかし見たところ、特に壊れているものは無さそうです。貴重品は持ってました?』
「あ、はい。通帳ハンコも持ってきています」
『感心ですね。そこにいるオッサンに、爪の垢を煎じて飲ませてやってください』
まだ曽根崎さんは腕でバツを作っている。
『あとは、身の回りに気をつけてください。それでは、また』
「はい、また」
電話が切れる。僕は、深いため息をついた。――まさか、曽根崎さんの言う通りになるとは。
「これ、佐谷田の仕業でしょうか」
荒らされた部屋を思うと、とても笑顔にはなれない。それでもできるだけ平静を保ちながら、曽根崎さんに問いかけた。
しかし、意外にも曽根崎さんは首を横に振った。
「違うだろう。佐谷田が君を裏で調査するというならわかるが、警告をする意味がわからない」
「警告?」
「荒らされただけで物は壊されてなかったんだろ?多分、ただのアピールに近い。これ以上、この件に関わるな、と」
「……それじゃあ」
「うん、君の言うもう一つの勢力かもしれない」
「いや、でも、あれはあくまで僕の想像で……」
「私は正解だと思ってるぞ。もしそうだとするなら、ヤツらの本当の狙いは……」
そこまで言った時だった。ピンポーンと、事務所の呼び出しベルが鳴った。
「……僕が出てきましょうか」
「いい。テレビドアホンがついてる」
曽根崎さんはテレビドアホンの元まで歩いていく。嫌な予感がして、僕もそれについていった。
「……ドンピシャだ」
事務所を訪ねてきた人物を確認した曽根崎さんの口角が上がった。
「私に用があるようだな」
そこに映っていたのは、笑みを浮かべる一組の老夫婦。それだけなら、僕はただ曽根崎さんを訪ねてきた人達だと判断しただろう。
――彼らの目が、今にもこぼれそうなほど見開かれてさえいなければ。
曽根崎さんの口から、引きつったような笑い声が漏れた。
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