第2話 小指との遭遇

 しかし、どこから手をつけるというのだろう。なんとなく曽根崎さんについてきたはいいものの、今の所その辺を歩いているだけだ。これでは、彼のペースに合わせたただの散歩である。

 沈黙に耐えられず、曽根崎さんに話しかけた。


「……目星はついてるんですか?」

「何の?」

「犯人の」

「そうだな、厄介じゃなきゃいいなと思う」


 願望だそれは。頼りないな。


「何からやります? 給料貰うからには、僕も手伝いますよ」

「お、やはり持つべきものは金で動く部下だな」

「それ褒めてませんからね?」

「そんな景清君に頼みたいことがある」


 夕焼けの赤が、まるで血のように道路を照らす。そこを指差す曽根崎さんの顔も、血の色に染まっていた。


「私の推測だと、ここに次の指が出現する」

「……ここですか?」

「そうだ」

「……聞きたいことが渋滞してるんですが、それで僕は何をすれば?」

「指を探せ」


 断りたい。めちゃくちゃ断りたい。なんで、そんな不気味極まりないものを探さなくちゃいけないんだ。

 だけど、手伝うって言ったしな。


「……しょうがないですね」

「うむ、這いつくばって地面を舐めるが如く探せ!」

「うるさいなあ、ちゃんと探しますよ。でも、なんでここに出現するってわかるんですか?」

「マッピングの成果だよ。どうもこの指共は、一定の法則に従って現れているようだ」

「一定の法則?」

「……とある場所に向かって、円を少しずつ狭めていくように動いている」


 ――まるで、じわじわと標的をいたぶり追い詰めるように。

 姿すら想像できない何かに、背筋がぞくりとした。


「……何のために?」

「そこまではわからん。だから、指を持って本陣に斬りこもうかと考えてる」

「本陣……ああ、小指の行き先ですか」

「この依頼の大元もそこだと私は睨んでるんだ。解決してやると言えば、多少の情報提供はあるだろ」

「そう上手くいきますかね」

「為せば成る、為さねば成らぬ何事も、と言うだろ。つまり頑張ろう」

「今頑張ってるの、僕だけですけどね……」


 ぼやきながら、それでも目線は地面から外さない。だけど、いくら探してもそれらしき物は何も見つからなかった。

 もしかして、探す範囲が悪いのだろうか。猫がくわえてたって話も聞いたし。そう思いながら、顔を上げようとした時だった。

 虹色の光が、視界の端で瞬いた。


「……こちらを向くな、景清君」


 張り詰めた曽根崎さんの声に、体が硬直する。――ああ、まずい。この人が、こういう声になる時は。


「目を閉じろ。私がいいと言うまで開くなよ」

「……」

「そうだ、それでいい」


 目を閉じる。何も見えない。脳裏に、虹色の光がこびりついたようにチカチカしている。息の一つすら、することが怖かった。

 ――聞いたことのない甲高い音が、一瞬、僕の前を通り過ぎた。


「景清君」


 曽根崎さんの呼び掛けに、止めていた息をプハッと吐いて目を開けた。振り返ると、彼は腕組みをして電柱にもたれていた。


「すまん。既に指は通り過ぎたと思っていたが、違ってたな」

「それって結構危なかったんじゃ?」

「そうでもない。精々死ぬかもしれなかったぐらいだ」

「最悪の結果じゃねーか!」

「まあ向こうは危害を加えるつもりはないようだぞ。少なくとも今は」

「全然安心できませんよ……。それで、見たんですか」

「いや、埋まってたから完全には見えなかった」

「埋まってた?」

「うん。あれは地中を移動してる」


 モグラか?


「……穴を掘って移動してると」

「そうだ」

「それじゃ、残土が出るはずでしょ。そんなものは見当たりませんが」

「知ってるか。前に向かって穴を掘りながら、通ってきた穴を埋めていけば、理論上残土は自分の分のスペースだけ最初に掻き出しとけばいい」

「でも、それだと息ができませんよ」

「だから時々呼吸しに地上に出てきているんだろ」


 曽根崎さんは、体を折り曲げて何かを拾い上げた。


「もしかするとこれは、そういった役割なのかもな」


 その手には、生々しく血が滴る、千切れた小指。


「やはり、これは私向けの案件だったようだ」


 曽根崎さんは、そう言うと、口角を上げて笑った。多分愉快でもなんでもなく、何なら少し怖いのだろう。僕は何も言わず、曽根崎さんにハンカチを差し出した。

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