怪異の掃除人

長埜

第1章 円を描く小指

第1話 始まりは味噌汁

「曽根崎さん、来ましたよ」


 相変わらず、埃っぽくて日の差し込まない不健康な事務所だ。そこに僕――竹田景清たけだかげきよは頭を突っ込んで、彼の名を呼んだ。

 とはいっても、返事なんて期待していない。あの人は、そんなできた人ではない。

 そういうわけで、大学からここへ来る道すがら買った食材が入ったレジ袋を提げたまま、早々にキッチンへ行くことにする。


 事務所机はとっ散らかっているが、このキッチンだけは僕の城だ。ぐるりと見渡し、昨日、一昨日のメニューを思い返す。さて、今日は何を作ってやるか……。


「味噌汁」


 肩の辺りから、もじゃっとした頭がぬっと出てきた。思わず悲鳴を上げそうになるが、なんとか耐える。


「びっくりしたー……。やめてくださいよソレ」


 僕の言葉に、モジャモジャは小さく唸った。この人は、曽根崎慎司そねざきしんじさん。31歳。独身。モジャモジャ髪にひどいクマといったまあまあだらしない頭が、きっちり着こなしたスーツの上に乗っかっている。こうなると、逆に不審者感が強くなるのは不思議だ。普段はオカルト専門のフリーライターをしていることも、その不審者感に拍車をかけているのかもしれない。

 で、この人が他でもない、僕の雇い主だ。

 僕は、この人に雇われ、大学帰りに食事を作りに来ている。

 雇い主は、僕の肩に顎を乗せたまま本日一回目の要求をした。


「味噌汁が飲みたい。作れ」

「晩御飯まで待てませんか?」

「頼む」

「えー、もう……。しょうがないな、ちゃちゃっと作りますね」


 鍋に水を張り、火にかける。沸騰する間に、冷蔵庫を開け、味噌を探った。肩が重い。粉末出汁は確か、使いかけのものがあったような……。

 肩が重い。小口ネギも冷凍のものがあるし、あとはワカメか。肩が重い。いいや、直接ぶち込もう。めんどくさいし。

 ……。


「邪魔!!」

「はぶっ!」


 ずっと僕の肩に頭を乗せて行動を共にしていた曽根崎さんに、目潰しを食らわせた。その場に崩れ落ち両手で目を覆う彼を見下ろし、言い放つ。


「ちゃんと作ってあげますから、あっち行っててくださいよ」

「冷たい男だな、景清君は。私は味噌汁が飲みたいだけなのに」

「シンプルに鬱陶しいんですよ。狭いキッチンで着いて回られると」

「雇い主を邪魔者扱いとはいい度胸だ」

「実際邪魔ですし……」

「給料下げるぞ」

「二度と来ませんよ」

「お前の私物全部に油性ペンで名前書くぞ」

「今から帰ります」

「……そんなことしたら誰が味噌汁作るんだ!」

「はい僕の勝ち。あっち行っててください」


 まるで叱られた子犬のように、肩を落としてトボトボと去って行く。……ビジュアル的には、老いた犬だけど。

 まったく、よくあれで31年間生きてこれたものだ。ため息をつき、豆腐を手で割り入れる。こんな社会不適合者でも、職を得て食べていけてしまう世の中が憎らしい。

 ひとまず味噌汁ができたので、適当なお椀によそう。ついでにお茶も入れてやった。


「曽根崎さん、できましたよ」

「……」

「……曽根崎さん?」


 事務所に、彼の姿は無かった。トイレだろうか?


「ここだ」


 違った。机の下にいた。

 ボサボサの黒髪が、まるで違う生き物のように机の向こうで動いている。


「何してるんですか?」

「マッピングだ」

「マッピング?」


 言われて覗き込んでみると、彼は引き伸ばした地図をレジャーシートのように敷いていた。その地図の所々に、赤いバツが書き込まれている。


「説明してやるから、味噌汁寄越せ」

「別に説明してもらいたいわけではないのですが……」

「気になるだろ?」

「一人暮らしの高齢者がいる場所リストとか」

「空き巣じゃない!君は普段どういう目で私を見てるんだ!」


 手渡した味噌汁を一気飲みし、手の甲で口を拭う。もっと味わえ。麦茶か。

 曽根崎さんは、手にしていた赤ペンでトントンと紙の端を叩く。


「これは、小指リストだ」

「小指リスト?」


 聞き慣れない上に、なんとなく物騒な言葉だ。怪訝な顔をする僕に、曽根崎さんは真面目な顔で続ける。


「ここ二ヶ月の間に、立て続けに切断された小指が落ちている事件が起きた。ある時は道の真ん中に、ある時は塀の上に、ある時は猫にくわえられて」

「えらいことじゃないですか。……でも、僕そんな事件聞いたことないですよ」

「そこだ。不可解な点がある為、伏せられている」

「不可解?犯人の目的がわからないとかですか」

「それもあるが、もっと大きい謎が一つある」


 曽根崎さんは大仰にペンを回し、僕に突きつけた。


「……見つかった小指は、全てDNAが一致した」

「……は?」


 地図に目を落とす。ざっと見ただけでも、赤いバツ印は十個前後あった。

 これ全部、同じ人のものだと?


「移植を受けたり、そもそも双子だったり、もしくは奇跡的な偶然の一致で同じDNAを持つことはある。だけど、この数だ。俄かに何が起こっているかは判断しかねる」

「そりゃそうですよ……。ありえません」

「――あるいは、五つ子が誘拐されて小指を切り落とされた。あるいは、再生能力を持った人間が、何らかの目的で自らの一部を捨てている。あるいは、全身を無数の小指で埋め尽くされた化け物が、人知れず闊歩している」


 淡々と吐き気を催すような例えを述べる曽根崎さんに、僕は露骨に顔を歪めて返す。


「……よくそんな気色悪い想像ができますね」

「可能性の話だ。そして一番目以外は、警察が対処できる代物じゃない」


 赤いバツを指でなぞる。


「だから、私に依頼が来た」


 曽根崎さんはじっと地図を睨みつけている。とはいっても、元々目つきが悪い人なので、ただ見ているだけなのかもしれない。


「ありえないものをさっぱり処理して、無かったことにするのが、私の仕事だからな」


 そうなのだ。まさしく、それがこの人の本職。

 曽根崎さんは、普通の人では解決できない“怪異”を“掃除”することを生業としていた。

 とはいっても、特別霊能力があるとかではない。じゃあどうやって解決するのか。

 答えは簡単だ。臨機応変に、がんばって、対処するのである。

 だから、僕は抱いて当然の疑問を彼にぶつけた。


「……大丈夫なんですか」

「私は大丈夫に決まってるだろ!報酬も弾むとあれば尚更だ」

「今回はどこからの依頼ですか?」

「一応警察だよ。一応な」


 含みのある言い方である。……これ、ややこしい案件になるんじゃないか?

 毎度お馴染みの自信満々だが、妙なところで揚げ足を取られないといいのだけど。

 ぼんやり心配していると、曽根崎さんに背中を叩かれた。


「行くぞ、景清君」

「いや僕関係ないじゃないですか」

「私一人で調査していたら不審者通報されるのがオチだろ。ついてこい」

「自覚あったんですか!?わかってんならイメチェンしろ!」

「謝礼は払う」

「……行きましょう」

「それでこそ景清君だ」


 まあ、こちらも毎度お馴染みの流れである。

 出掛ける準備の前に、お椀を片付ける為キッチンへと向かった。

 

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