第166話  静謐神殿




 迷宮の目的地、邪教神殿跡を見つけ出した。

 あとは通路に座ってヒエラルクを待つのみ。

 これも一つの決断だった。

 狩りや待ち伏せでは、どれだけ我慢強く待てるかが勝敗を分ける。

 

 だが、疑いが生まれる。

 これで正しいのか、間違っているのかと迷う。

 ヒエラルクたちは探索をとっくに諦めて地上に戻る最中かもしれない。

 それなら、こんなところで待つのはあまりにも馬鹿げた行為だった。

 急いで追い駆けないと手遅れになる……。


 まるで心まで闇に迷い込んでいるようだ。

 考えても無駄だとアベルは自分に言い聞かす。

 下手に動いたら入れ違いになって合流できない。

 最大の可能性があるのは、ここだ。ここしかない。 

 

 マイヤールとギャレットが暇に飽かせて何やら議論を始めていた。


「ギャレット。お前は間違っている。全ての民衆にまで選挙権を与えるのは正しくない」

「それを決定するのは我々ではない。決めるのは民衆だ」

「まず理想的なのは三部会だ。象徴たる王権、貴族議員、そして選抜された護民議員で議会を作る。政治は貴族と護民議員が話し合いで決定するのだ。王はその結果を承認するのみ。よって護民議員は優秀な人間でなくてはならない」


 二人の議論は白熱していた。

 こんな地の底でも理想を語り合えるというのは立派なのか滑稽なのか、よく分からない。

 アベルは黙っていたがマイヤールが話しかけて来た。


「おい、アベル。君はどう思う。民衆に入れ札で代表者を選ぶ知見があると思うか? 読み書きも分からない民に。俺は彼らを見下すつもりはないけれど民衆議会の目的は政治の向上だ。それが出来ない方策は肯定しない」

「その前に肝心なことが抜けている。もし民衆議会を成立させたいのなら王権とは必然的に対決する。どうするんだ」

「そ、それは……。出来れば話し合いで」

「ふふっ。本気で言っているのかな。その結果がこの有様だろ。全ての財産と自由を奪われ、罪人として玩具オモチャみたいに遊ばれて」


 マイヤールは辛そうな表情で黙ってしまった。

 隣のギャレットは視線に冷たい知性を瞬かせ聞いて来る。


「対話がならない。そして、身に危険が及んでいる。そういう時、意志ある者ならば抵抗する」

「そうだ。でも、法律や掟を作った側に反抗したら奴隷以下の罪人に堕とされる」


 みな、黙ってしまった。

 しかし、それぞれの答えは出ていて、それも似ているのではとアベルは感じた。

 

 圧倒的な暴君がいるのなら、まずはそいつと取り巻きを排除するしかないのだ。

 法律や掟など無視し、いや、むしろ積極的に破壊する。

 殺し、壊して先に進むしかない……。 


 イズファヤート王を殺す。

 後のことは考えても無意味だ。


 そう思おうとするが、どうしても自分の死について想像が及んでしまう。 

 やはりイースと、もう一度だけでも会える日は来ないのだろうか……つい脳裏に過る想い。


 記憶のイースが心で凝結していく。

 克明に、女性のしなやかな肢体や筋肉の動きが一つ一つ再現された。

 あの美しい肉体が見せてくれた神秘の技術。

 

 いまだ手の届かない領域。

 渇望のような憧ればかりが膨らむ。

 すると思い描いているイースは、さらに鮮やかさを増していくのだった。

 執念に塗れた自分とは真逆だった清らかな姿が何度も何度も蘇る。


 それからヒエラルク。

 奴の圧倒的な剣技と機を読む力。

 現状、戦えば負ける。

 魔法を使えば、などとは甘すぎる考えだった。

 炎弾なんか何発放ったところで無意味だ。


 切り札の紫電裂は魔術の発動まで時間がいる。

 だが、魔術を練り上げている間、ヒエラルクを抑えてくれる者が思いつかない。

 居たとしてガイアケロンぐらいだろうか。

  

 たとえそうなったとしても、不安定な紫電裂を効果的に使えるだろうか。

 思いつくのは自爆のような使い方だ。

 自らの直ぐ傍で紫電裂を顕現させることは確実に出来る。

 だから、目の前にいる敵を電撃で焼き殺すことは可能だ。

 そうなれば、たぶん自分と周りにいる者たち全てが巻き込まれるだろう。 


 いずれにしても魔術の行使をのんびり待ってくれるはずもない。

 だからヒエラルクとは斬り合いになる。

 剣聖を名乗る男の熱狂を孕んだ視線。

 何も見逃さないであろう。


 頭の中で繰り返し想像するごとに、ますます覚束なくなる勝利。

 迷いの深みに沈んでしまいそうだった。

 


 ドルゴスレンは胡坐あぐらを組んで、ずっしりと動かない。

 少年リティクはその横で寝ていた。

 そうしていると親子のようにも見える。

 今やマイヤールとギャレットも言葉少ない。


 静かに休息していると体力だけは回復してきたのを感じる。

 どれぐらい時間が経っただろうか。

 もし、ヒエラルクが引き返していたとすると致命的な時間の損失だ。

 あれこれ考えないほうがいいと思っていたのに、あまり良くない想像ばかり生まれてくる。


「まず、こういうところがイースに及んでないんだよ……」

「ん、何か言ったか? アベル」 


 マイヤールへ何でもないという風に首を振った時だ。アベルは迷宮の奥から、微かな気配を感じ取る。

 何かが近づいて来る。

 囚人たちに手で合図をした。

 立ち上がり沈黙のうちに隊列を組む。


 アベルが前に、マイヤールとギャレットが左右。

 背後を残った二人が固める。

 待ち構えていると、向こうも気配を察したような気がした。


 やがて姿を現したのは鳥のようにヒョコヒョコと歩く男。

 盗賊キヌバだった。

 普通の表情ではなかった。

 汗を掻き、血走った眼。

 頬は引き攣っていた。

 彼の右腕の袖は中身を失い垂れ下がっている。

 片腕になっていた。


「キヌバ!」


 彼がピクリと身を震わせた。


「ほ、本物か? 化けているんじゃないだろうな」

「そんなわけあるか。腕、やられたのか」

「ああ。蟷螂かまきりのバケモノに掴まれて切断されちまって。あの治療魔術師さんに傷口だけ塞いでもらったぜ。ヒエラルクの旦那は斥候を務める限りは助けてやるって言うしな」

「ここをやり遂げればお前は放免なんだろ。目的地はこの先だ」

「な、なに! 神殿を見つけたのか」

「そうとしか思えない場所だった」 


 アベルが会話をしていると奥から後続たちが姿を現す。

 エルナザル、ザルーファ、プラジュ、シェバ……。


 そして、ヒエラルクだ。

 暗闇の奥から刺すような、それでいて粘りつく視線が飛んでくる。

 格の違う異常な感覚を与えてきた。

 ヒエラルクは口唇を吊り上げるように笑いかけてきた。

 視線と視線が絡み合い、お互いの精神が交わるような瞬間。


 アベルは高揚感を覚える。

 そうだ。

 こいつは、やはり運命の敵だ。

 相手にとって不足はない。

 ヒエラルクを斃したとき、イースの見ている世界に辿り着ける気がした。

 背筋が震えるほどの感動と快楽が待っているはずだった。

 

 いつヒエラルクは俺の欲望と怒り、殺意に気が付くだろう。

 アベルという男は肉体以外に何も持たない奴隷にすぎないが、世界の過半を手にしたイズファヤート大王を殺そうとしていると。

 いっそ、早く知ればいいのに。

 俺を殺そうとすればいいのに。


 そう願うアベルの前に性悪な顔。

 弟子のプラジュだった。

 憎しみを込めて刀の柄を握っている。


 ヒエラルクとの情交を邪魔され湧き上がってきたのは、自分でも理解できない激しい不快感だった。 

 雑魚は消えろ。

 ダガーを握った。


 プラジュが居合い抜きを仕掛けてくる。

 挙動が始まる寸前。

 それを受け流し、カウンターを食らわせる。

 一撃で首筋を裂く。

 他の奴らも同じだ。

 皆殺しにしてやる。

 

「止めろ」


 飼い犬たちを硬直させるヒエラルクの声。

 弟子どもが動きを止めて師を仰ぎ見る。

 そんな飼い犬らを無視してヒエラルクはアベルに語り掛けてきた。


「おお、アベル。期待通りだな。露払いご苦労」

「この先に神殿があります。正体は分かりませんが何か居ます」

「そいつは楽しみだ。鬼も蛇も出てきて、次に姿を見せるのは何だろうなぁ」


 心の底から戦いや殺戮を愛する剣聖の笑み。

 狂気が漂っていた。

 この男もまた極まった望みや欲望の塊だとアベルは感じる。 


 そんなヒエラルクの背後にサレム・モーガンと治療魔術師がいる。

 彼らもここまで強制的に同行させられて来た。

 サレムは気の乗らぬ行事に参加させられている者の顔を、横の治療魔術師に至っては恐怖体験の連続から尋常じゃない顔つきになっていた。

 

 再会と短い遣り取り。

 それだけでヒエラルクは、ちょっと用事を済ませろという風に命じる。

 行け、と。


「アベルとキヌバ以外、もう囚人どもは後ろで好きにしろ。下手に動かれると邪魔だ」


 アベルが神殿に何か居ると報告したのだから、居るのに間違いない。

 引き返すという選択はヒエラルクに無かった。

 キヌバが固唾を飲み、喉が動いた。

 弟子たちが覚悟を決めた顔で歩み始める。

 

 ヒエラルクが装着している鎧。

 鏡と見紛うほど磨かれた鋼。

 歩いていても擦れる音ひとつ立てない。

 実に滑らかだった。

 きっと名立たる職人によるものだ。

 

 それからヒエラルクが太刀を抜いた。

 澄み切った清潔な輝きが白刃に宿っている。

 通路を抜け、奥が見通せないほど広い空間に出る。

 淡く発光する花々、鱗粉を輝かせた不思議な蝶が舞う。

 現実であるのが信じられなくなるような景色。


「この剣聖ヒエラルクが、お前らを導いてやる。最高に素晴らしい戦士にしてやるぞ。才能など気にするな。まずは、狂え」


 散歩でもするように自然体で進むヒエラルク。

 アベルは剣聖の斜め後ろについた。

 ドルゴスレンが話しかけてくる。


「アベルよ。どうする」

「安全な場所なんかどこにもないことだけは確かです。貴方たちはリティクを守りながら防戦に努めてください」


 戦いに狂った男たちが可憐な花園を踏み荒らし、進む。

 仄暗い闇の先から滲み出るように現れたのは、舞台のごとき場。

 四隅に円柱が立っているが屋根は無い。

 十段ほどの階を昇る。


 まさかと思うが、人影が見えた。

 間違いない。

 立っている者が十人。

 中央、一人だけ椅子に腰かけているようだ。

 こんなところに居る人間が、まともなモノであるはずがない。

 だが、ヒエラルクは歩みを止めない。


 アベルの頭に危険信号が鳴り響く。

 絶対に近づいてはならない。

 禁忌であると全身が訴えていた。


 床が、ぼんやりと発光しているせいで姿がはっきり見えた。

 彼らは武装した騎士や戦士の装い。

 鎧や鎖帷子、あるいは盾で身を固めている。

 得物は戦斧や長剣、ハルバードもあった。


 だが、顔は一様に人形を思わせるほど無表情。

 生気というものが完全に無い。


 一人だけ椅子に座っている男、地上でもそうそう見ないような立派な拵えの具足に身を包んでいる。

 高名な騎士、あるいは大貴族を思わせた。


 齢四十歳ほどの容姿、やはり不気味なほど生命を感じない。

 だが、死んでいるわけではなかった。

 腕を動かし、止まるように仕草で伝えて来た。

 そして、語る。


「お前たちは地上に倦み、安らぎを求めて来た者か」


 ヒエラルクが一頻ひとしきり哄笑する。


「いいや。安らぎなどいらぬ。我らは血と戦いと苦痛を求めに来た。別に相手は誰でもよかったのだがな。ここならミッドロープ・アレキア様が討ち漏らした邪教徒がいるかと思ったまでのこと。お前らがそうなのか」

「我らはこの安らぎの神殿に受け入れられた者。人々が醜く争う世界を離れ、永い静寂をいただいている。ここは素晴らしい。ゆえに、神殿を守護する」

「陰気な隠棲の地よな。お前ら、人か? それとも魔物か?」


 座した男から、もはや答えは無かった。

 だが、錆びた金髪から覗く眼には禍々しい敵意や憎悪がある。

 まるで気にしない剣聖は涼しい声で言う。

 

「このヒエラルク・ヘイカトンは世界で最も優れた剣士になる。王道国の威光と共に我が剣を知れ」

「静けさを犯す者どもめ、滅びよ」


 滅びよという言葉には、言い知れぬ深い殺意が漲っていた。

 十人の騎士や戦士たちが一斉に武器を構え、歩んでくる。


 アベルは命を賭けた戦いの始まりを感じた。 

 闘争を求めるヒエラルクの思うがまま、必然的な結果。


 まず、ヒエラルクの飼い犬たちが襲い掛かる。

 巨漢の弟子、エルナザルが咆え、飛び出し、肩に担いだ太刀を振るう。

 狙いは戦士だ。

 思わずアベルも目を見張る斬撃。


 豪速の刃は長剣を押し返し、さらに鎖帷子を引き裂き、肺腑のあたりまで食いこむ。

 どう見ても致命傷のはずが……。

 血が流れ出ない。

 そして、相手は平然と剣を振るいエルナザルへ反撃する。

 予想外の攻撃に対応できず、エルナザルは柄で顔面を殴られた。 

 怒り狂ったエルナザルが相手の鼻を拳骨で殴りつけ、取っ組み合いを始めた。

 

「歩く屍か?」


 はっきりしないが、そういうものの類似という気がした。

 他に説明などつかない。

 いずれにせよ相手は人間ではなく、得体の知れない怪異だ。

 さらに今度は背後のドルゴスレンから大きな声。


「おい! 周りを見ろ」


 アベルが神殿の外側に目を凝らすと、剣や盾を持った白骨体が闇の中から無数に姿を現してくる。

 骨だけになって歩いてくるバケモノの様子は悪夢よりおぞましい。


「骸骨戦士……」 


 次に声を上げたのは魔術師サレムだ。


「ヒエラルク! 魔術の行使を妨げられている。おそらく神殿の結界だ!」

「殺されぬように動けよ」


 素っ気ない返答。

 苛立ちを隠さないサレムから舌打ち。

 あまりに不利すぎる状況。


 坂道を転がるように状況は悪化する。

 アベルはサレムを守らなくてはならないと考える。

 なにしろヒエラルクと彼が死んだら、全ては終わりだ。


 それから試しに炎弾を行使しようとしてみるが、なるほど、何らかの干渉を受ける。

 時間をかけて魔力を練り上げれば、どうにか使えるかもしれないが多大な支障がある。

 

「魔力干渉は発生源から距離を取るのが常識だ。我々は神殿から降りるぞ」


 そう叫ぶサレムに従いアベルは走り出す。

 動揺した治療魔術師が悲鳴を叫びつつ追ってきた。


 アベルの記憶の中から、かつて遭遇したイエルリング王子が蘇る。

 ガイアケロンの兄であるの王子は魔術を強制解除させる解呪に長けていた。

 信じられないほど遠距離からでも、何らかの強烈な干渉を仕掛けるのを得意とする男だった。


「神殿の外なら魔法は使えると?」

「予測だ。違う結果になるやもしれぬが、神殿に残れば私は殺される。囚人ども! 我らを守れ!」


 サレムは少年リティクを守るべく円陣を組んでいたドルゴスレンたちに命令する。

 だが、神殿から降りた先には骸骨戦士が無数に群がっていた。


「魔術が使えるようになったら援護してやる! 蹴散らせ!」


 サレムとしては何としても自分の優位性を取り戻すため魔力干渉を受けない場所まで移動するつもりらしい。

 ドルゴスレンが棍棒を振るい骸骨戦士と戦い始めた。

 力強い打撃だが、骸骨の持つ盾で防がれる。

 

 白骨体から嫌悪を催す魔力というか気配と言うべきものを感じる。

 死霊のそれと酷似していた。

 アベルはダガーを握り、低い姿勢で駆ける。

 狙いを定めた骸骨戦士へ走り寄った。

 敵は長剣と円盾まるたてを構えている。


 アベルはウォルターから仕込まれた防迅流の教えを思い出す。

 盾を使った戦い方として、まず基本的なのは当然のように盾を効果的に使う戦法だ。

 ただ漫然と盾で防御するのではなく、相手の動きを塞ぐように、先手先手と盾を動かす。

 あの骸骨が手ごわい相手とするなら、そんな動きを仕掛けてくるはずだ。


 手にする武器はダガーのみ。

 魔法まで使えない。

 様子見で向かい合うなど愚策だ。

 ここは接近するなり強引に盾を揺さぶり、相手の攻撃を読んで逆襲するしかない。


 アベルは骸骨戦士の突き出してきた円盾へ蹴りを繰り出す。

 盾を捉えた前蹴りは激しい打撃を与える。

 骸骨戦士は体を不安定に傾げさせながら、盾の横から長剣で突いて来た。


 狙い通りだ。

 アベルは切っ先の軌道を見切り、ダガーで弾き飛ばす。

 間髪入れず、さらに接近して円盾を掴み、渾身の力で引き下ろす。


 骸骨戦士の髑髏が、すぐ目の前にあった。

 真っ黒な眼窩の奥、燐の炎に似た蒼い鬼火が見える。

 長剣を振るおうとした前腕骨を掴むと、ぞっとするほど冷たかった。


 アベルは歯を食い縛り、ダガーを頭蓋骨の奥へ叩き込む。

 壺が割れるように頭骨は砕け、即座に骸骨はバラバラに崩壊した。

 足元に長剣が転がり落ちる。

 咄嗟に拾い上げた。

 錆が浮き、刃も毀れているような得物だったが無いより遥かにマシだ。

 

 アベルは荒い呼吸を繰り返す。

 ドルゴスレンらと協力して少しずつ神殿から離れていく。

 すると、確かに魔術への干渉が弱まっていった。

 

 ふと、骸骨戦士の中に奇妙なモノを持っている個体を見つけた。

 そいつは武器や盾を持たず、何かを抱えている。

 よく見ると、一抱えもある巨大なナメクジらしきものだ。

 骸骨の腕の中で、うねうねと蠕動している。


 意味もなく、そんなものを持っているはずがない。

 何か分からないが酷く危険を感じる。 

 サレムの腕を掴んで、有無を言わさず横に走る。

 アベルは警告を叫んだ。


「みんな! 変な奴がいるぞ、気を付けろ!」

 

 骸骨がナメクジを撫でる。突然、何かを噴射するように吐き出した。

 白い半透明の塊がマイヤールと治療魔術師に張り付く。


「な、なんだぁ!」


 途惑うマイヤールの肉体は、煙を出しながら猛烈に溶けていった。

 あまりの光景にアベルは声すら出せない。

 筋肉も内臓も見る見るうちに滴る液体となり流れ出ていく。

 二人の絶叫。

 白い煙と共に体が崩れ、血や体液が床に広がり、やがて大部分は骨になった。


――骨!? あれじゃまるで……。


 アベルは思わず呟く。

 あまりにもおぞましい予感。

 

「もしかして……」


 それに答えるように中途半端な白骨体になった二人が立ち上がる。

 仲間みたいな気がしていたマイヤールの悲惨な姿。

 もう、そこには理想を語る人間性は欠片も無い。

 成りたての骸骨戦士だ。

 ところどころ溶け残りの肉を張り付かせた屍が歩み寄ってくる。

 

 リティクが耐えきれず嘔吐した。

 アベルの中で激怒が唸り、頭がカッと熱くなる。

 神殿からの干渉に抵抗して無理やり魔力を振り絞り、魔術を顕現させた。

 氷の結晶が空中に紡がれていく。

 隣のサレムが驚きで声を上げる。


「アベル、もう魔法が使え……」

「死ね!」


 殺意漲る氷槍が発動。

 骸骨の抱える、酸を吹き出すナメクジへと一直線に飛翔。

 違わず、命中。

 

 ナメクジは脆弱な体を引き裂かれ、バラバラになる。

 アベルは獣じみた怒りの絶叫を咆え、地の底の化物たちへと駆け出した。

 


 

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