第131話  混沌の都






 アベルたちは庭を横切り、エイダリューエ家の正門から外に出る。

 門扉は二重になっていた。もちろん武装した門番が十人ほど見張っている。

 アベルは彼らに挨拶をしておいた。


「お役目ごくろうさま。僕はアベル。ガイアケロン様の元で騎馬隊の百人頭を任されているものです」

「えっ! 百人頭さまですか」

「これから所用で外出するよ。戻りは夜になってしまうかもしれないが締め出さないでくれな」

「はっ!」


 アベルが隊長格だと名乗れば、門番たちは驚嘆と尊敬の表情をしたものだ。

 やはりガイアケロン軍団の身内と言えば誉れであり、まして隊長ともなれば別格の扱いであった。


 アベル、カチェ、スターシャは馬を常足で進ませる。

 ワルトだけは軽快に徒歩で付いてきた。散歩みたいな気分らしく嬉しそうだった。

 エイダリューエ家の敷地を囲う壁に添って移動する。

 この邸宅は貴族街と呼ばれる、平民の立ち入りが制限された地域にある。


 アベルはまだ邸内の構造を詳しく知らないが、おそらく出入口は正門ただ一か所のはずだった。

 広大な敷地は、ぐるりと石材を積んだ壁で守ってある。

 最前線の城壁ほどではないが、おしなべて高さ三メルはあると思われた。

 道すがら、案内のスターシャに色々と質問してみた。


「王都って、かなり広いよな」

「うん。あたいも隅々まで知っているわけじゃない。むしろ知らないところの方が多い」

「地理の全部を知り尽くしている者は運送業者ぐらいか」

「あとは専門の役人とかだろうねぇ。これから行くのは生薬で有名な商店街と……。あたいの知り合いが、いそうなところ」

「知り合いって?」

「傭兵やってた頃の仲間。ディド・ズマに恨みがあるから協力してくれるはずだ」

「スターシャっていつから傭兵だったの?」

「ふふっ。あたいは生まれながらの由緒正しい傭兵。勇気の赤髪スターシャとは十四歳の時に戦場でついた仇名さ」

「……」


 カチェは色々と想像する。

 生まれながらの傭兵というのはどういう意味なのだろう。

 冗談なのだろうか……。


「あたいの父親はねぇ、傭兵団の団長をやっていた男さ。たぶん、そいつが父親のはずなんだ。何で曖昧かって言うと、おふくろは同じ傭兵団の男たち数名と関係があった。よって誰の子か断定できないから……。あっはっはっ! 笑っていいぜ」

「え~。笑えないなぁ。いきなり油っこい話になって」

「父親らしき男とも、さっぱり顔は似てねぇんだな、これが。髪の色が近いってだけ」

「そんなんで問題は起こらないのかよ」

「別に。似た感じの子供が他に何人もいたから。父親候補たちも、もしかすると自分の子供かもしれないと思えば可愛がってくれるものさ」

「……そっか。本当に生まれながらの傭兵か」


 カチェは横で聞いていて、自分以上に複雑な生まれのスターシャに驚いた。

 自分とて愛妾の子である境遇に、幼少時から割り切れない感覚はあった。

 血の繋がらない正妻を便宜上、母と呼んでも返事一つ無かった記憶がある。


 しかし、少なくとも両親ぐらい、はっきりしていた。

 ところがスターシャは父親が絶対にこの人だとすら断言できない。

 さらには父かもしれない候補の人物たちが、すぐ身近にいながら育ったという。


「おふくろは傭兵団で雑役婦をやっていたんだけれど、あたいが八歳の時、戦闘に巻き込まれて殺されちまった。親父たちは真っ当な傭兵だからさ、村を襲っても殺しまではしなかった。豚を盗むぐらいはやっていたけれど……。荒れた世相に傭兵稼業とくれば儲かるに決まってら。そんな具合に西や東で楽しく稼いでいたわけ。

 けれど……やがてディド・ズマが傘下に入れと脅してきた。断れば、いつ襲われるか分からない。抵抗して傭兵団ごと皆殺しにされた奴らは数えきれない」

「なるほどな。それで解散か」

「まぁね。あんな外道の下で働かされるなんて死んでも断る。あとは団長が病気になって……傭兵稼業を諦めたってわけもあった。後を継ぐ者もいないから財産を分配して、二百余人からの団員たちは散り散りさ。あたいは一年間ほど、たぶん父親のはずの男の看病をしてたけれど、ある日、おっ死にやがって……。鉄の塊みたいな野郎だったのに、痩せた野菜まがいの情けない体だった」

「それからガイアケロン様に出会ったの?」

「そうさ。運命の出会いだ! たまたま、王道国の王子が身分問わず兵員を募集していると噂に聞いてね。どんな奴だろうと調べることにした……どうせ平民なんか家畜ぐらいにしか考えてないと思っていたら、これが違った。誰よりも勇敢に戦う王子さ。腕力は抜群、おつむも賢くて、しかも優しい。あたいは直ぐに配下にしてくれるよう頼みに行った。そしたら、信じられないことに直に会話までしてくれた。あたい、雷に撃たれたみたいになった……」


 スターシャはうっとりした、夢見る乙女の顔つきだった。

 日頃の下品な言動が嘘みたいだ。


 その後、スターシャは散り散りになった傭兵団の仲間をいくらか集め、ガイアケロン軍団で猛烈に働いたという。

 すぐに頭角を現し、百人頭に出世。

 ついには遊撃隊という部隊の長にまでなった……。


 その後も身の上話を聞きながら、馬を歩ませる。

 あたりは貴族ばかりが住む地域だから、道なりに石壁が連なっていた。

 壁のなかに邸宅があるわけだが、どんな人物の敷地なのかまったく分からない。


 道は舗装されていて、清潔に保たれている。物乞いなどは一人もいない。

 たまに山賊と見紛うような柄の悪い戦士風の人間が徒党を組んでうろついてはいるが、どこぞの家に仕える従士と思われた。

 戦時中ということもあって、そうした雰囲気の者がいるのは特に珍しくも無かった。

 アベルはあまり彼らを注視しないことにする。


 皇帝国でもそうだったが、たとえ貴族の家に属していても礼節など守らない者などいくらでもいた。

 モーンケよりも陰険でロペスよりも粗暴と思しい者たちをアベルは見かけたことがある。

 そうした無頼の男たちが喧嘩をするなど日常茶飯事。

 大抵は負けた方が名誉を失い、身包み剥がされるという暗黙の了解がある。

 度胸試しと強盗目的で勝負を挑んでくるような騎士や戦士もいるから油断ならない。


 アベルたちは、やがて運河に架かる石橋と検問に行き着く。

 運河の幅は二十メルほどだった。

 貴族の多く住む地域と平民街との自由な往来は禁じられていた。

 この石橋が境界線の一つというわけだった。

 しかし、アベルが景色を見渡したところ、隣接部の全てが防衛されているわけでない。

 運河は小舟を使えば渡れてしまうし、地続きの場にある壁にしても高さは三メルほどで攀じ登れないことも無い。


「それほど厳重な隔たりではないんだな」

「貴族街は広大だ。全てを完全に囲うことはできない。それに王城を守るのが貴族たちの役目。貴族を防衛するためにやっているわけじゃない。浮浪者や自由民が勝手に入ってこられない程度には役に立っているから。それで充分なんだろう」


 検問官にガイアケロンから貰った通行書を見せると、何の質問もせず黙って通してくれる。むしろ畏まった態度をしたように見えた。

 石橋を渡った先は、もう市民街だった。


 赤ん坊を背負った女が運河で洗濯をしている。濡らした衣服を足で踏んだり、ヘラで叩いたりしていた。

 家事ではなく職業として洗濯をしているのかもしれない。

 洗濯はどこでも雑役のなかの雑役という感じの労働だ。

 女性を洗濯女と呼ぶのは一種の侮辱に近い意味合いがあるので注意がいる。

 スターシャなんかにそんなことを言えば、暴力沙汰間違いなし……。


 それから湯浴み用の薄い麻服を着た女性たちが水浴びをしていた。

 若い女ではなく婆さんだから色気もなにもあったものではない。

 まだ結構、肌寒い季節だが、風呂に行けない貧民層は体を清めるにはあれぐらいしか方法はないものだ。


 アベルは手綱を操り、馬を街中に進ませる。

 人間に齎される繁栄と殷賑の極み、あるいは絶望的な貧困が渦巻く巨大な都。

 馬車が楽々と擦れ違える大通りに、人々が犇めいている。

 この一角だけで何千人が活動していた。


 それまで物乞いや浮浪者など一人もいなかったというのに、いきなり数百人におよぶ社会の最下層者たちが目につく。

 垢と塵に塗れ、途方もなく汚れた衣服を纏った男たちが道端に座り込み、木箱に小銭を入れるよう催促していた。


 アベルたちが良馬に乗り、なかなか装備も整っていることから目敏く近寄って困窮をアピールする若い男。

 いちいち応対していると切りがないので無視して進むが、しつこく並走を続けてあらん限りの訴えを続ける。


 とうとうカチェの服を掴もうとしたらスターシャが大喝を与えた。

 彼女が上体を傾斜させて馬上から軽く張り手をすると物乞いが慌てて去っていく。

 皇帝国でも似たような状況だったとアベルは思い出す。

 

 あの時は荷物の入った袋に穴をあけて中の物を盗もうとする奴が多くて驚いたものだ。

 怒ったモーンケが馬用の鞭で、そんな乞食ともスリとも知れない者たちを容赦なく引っ叩いて追い返していたのを思い出す。

 

 立ち並ぶ、あらゆる建物は石積みで造られ三階建て、あるいは四階建てを超えるものもある。

 一階は店舗や倉庫になっている場合が多い。

 こうした高層住宅は、どちらかというと低所得者の住む場所だ。

 上層階の住み心地は悪いらしい。


 水が必要ならば重たい水桶を自分で運ぶか、そうでなければ専門の水運び奴隷に金を払って高層階に運ばせる仕組みになっている。

 煮炊きにも困る、ただ寝るだけの狭い部屋となればどんなところなのか想像がつくというものだ。

 魔法の清水生成が使えれば日常生活で必要な分だけは自分で用意できるかもしれないが……。


 人の波を掻き分け、しばらく進むと泉と広場があった。

 水はどこか有泉地から水道を引き、都市部の主要地に分水される構造になっているようだった。

 こういう所も群衆が賑やかにしているというか……狂騒に近い様子だ。


 列など作る習慣のない民衆が数百人と押し合い圧し合い、叫んだり泣いたりしながら泉に集っているという感じ。

 割り込みが絶えないので何やら殺気めいている。


 特に人の多いところなので大道芸人が見世物を披露したり音楽師が楽器を演奏していた。もちろん投げ銭が目当て。

 赤や青の派手な服を纏った芸人がひょうきんな踊りを見せながら、世の中を皮肉った寸劇で笑いを取っていた。

 小麦粉の中に藁屑を入れて目方を誤魔化す粉挽き屋をバカにした小噺をしている……。

 また、広場には国からのお触書が高札に掲げられているが、字の読める者は少数なので公示人が大声で内容を読み上げている。


「民衆議会派の企てに共謀した場合、三等親まで死刑もしくは重奴隷刑とする。主導犯の場合、火あぶり、鋸引き、石抱きなどあらゆる酷刑に処す。また、民衆議会派に属する者を発見した場合、必ず王国警邏隊に申告すること。故意に申告をしなかった場合……」


 どうやら貴族に反発している者たちへの処罰に関わる事らしい。

 皇帝国にも予算議会に民衆の意思を反映させようとしている者たちがいた。

 彼らは学者ミサロなどが著した民衆政治論を根拠に税金の使い道について、市民議会の意見を僅かでも反映させてほしいと要求していた。

 似たような欲求は王道国でも発生しているという事だろう……。


 アベルは多少、その手の知識を得ていたが、無学な民衆においては社会契約などと理解している者はいない。

 彼らは単純に苦しい生活を少しでも楽にさせたいというのが動機だ。

 ごく僅かな知識階級が理論を持ち合わせているに過ぎない。


 次に本や骨董を扱う街を通り過ぎると、めざす生薬商店街だった。

 生薬というのは何千種類もあり、香辛料にも薬効があるので実際のところ食物と同一視する薬師もいる。


 植物の根や葉、茸、海藻などに留まらず、動物の胆嚢や睾丸、貝殻なども利用されるので店によって得意な分野があるようだ。

 ざっと見まわした感じ、四十軒はそうした薬屋が並んでいてどこに行くか迷うほどだった。


 アベルは無論、スターシャも懇意の薬屋など無いので、とりあえず表通りの繁盛している店に入った。

 こういう場合、目立たない店に行くのは賭けに近い。

 人気が無いのには理由がある。わざわざそんな店に行くのはバカのすることだ。


 扉を開けると薬を煎じる、独特な匂いが立ち込めていた。

 シャーレが指定した生薬は別に珍しいものではないので、店員に頼めば簡単に取りだして来た。

 物を手に取って匂いを嗅いでみると確かなものだった。


 値段交渉が煩わしいのでアベルは言い値で買い取る。

 皇帝国でも王道国でも、普通、売り物に値札など掲げられていない。

 売る側は客の様子を見て、それから値段を決める。

 金持ちそうなら高値であるし、知り合いなら少し安くなるという具合だ。

 どれだけ吹っかけられているか分からないが、都会で物価高ということを計算に入れても悪くない取引だったと思う。


 最初の用事を済まして、素早く店の外に出る。

 馬の番をさせていたワルトの元に行き、再びスターシャの案内に従う。

 最新の情勢を知るためにもスターシャ旧知の人物と会うのは、良い判断に違いない……。


 道路は大通りに限って石畳、もしくはセメント状の漆喰で固められている。

 しかし、ひとたび裏通りにでも入れば未舗装の、土の道となってしまう。

 雨が降るたびに泥濘となるらしく、地面はでこぼこに波打っているのだった。

 王都という大都会でも、整備状況はその程度である。


 スターシャに従って一時間以上は馬を歩ませただろうか。

 街の雰囲気が変わってきた。

 歓楽街の様相を呈してくる。薄着をした女性が堂々と誇らしげに街を歩いていた。


 やたらと深くスリットが入った腰巻なので、むっちりした太腿が露出されていた。

 年齢は二十五歳ぐらいの、色気のある女。

 スターシャとカチェがその女性が歩く様子を凝視していた。


「あれは大店の旦那あたりに囲われている女と見たね」

「凄い服! 胸の谷間も肩も丸見え」

「カチェ、あれが最近の流行だぜ。やっぱり都会は勉強になるねぇ」

「あんな服、わたくしは着られませんよ」

「そうかい。あたいは、あんなおめかししてガイ様の前に出てみたいけれど。そしたらきっと……」


 カチェはあのような大胆な服を着た自分を想像してみる。

 見せる相手は決まっていた。露出の多い姿を見たら、アベルはどんな反応をするだろうか。

 楽しみな気もするが、やっぱり恥ずかしくて無理だろう。

 以前、南の島では半裸に近い姿でいたものだが、あれは泳ぐ必要があったからやっていただけだ。

 明らかに誘惑する服装とは話が違う……。


 ここのところカチェには大きな悩みがある。

 最近、ハーディア王女とアベルの親密さが急激に増していた。

 間違いない。

 

 悩みというより不安に近く、血がざわめくと言っていい。

 王女と自分とでは、どうやら高貴さや色香において負けているようだ。

 少なくとも優越しているとは考えられなかった。つまり、女の勝負となったときアベルを取られてしまうかもしれない。


 そんなことにはならないと信じているが、気持ちは乱れてしまう。

 だいたい恋愛とは別問題として、こんな敵地の中枢にまで潜入して……いったいこれからどうなるのだろう。

 カチェの心は激流に翻弄されるようだった。


 場所柄、酒場なども軒を連ねていて、ほぼ娼館に近い店もある。

 やがてスターシャは目立たない小さな扉の前で停まった。

 扉を叩くと中から、見るからにぶっそうな顔つきの中年男が出てくる。


「うちは傭兵専門だぞ。娼婦の営業なら他でやれよ」

「おめぇどこに目玉つけていやがる。拍車と荒馬の赤髪スターシャを知らねぇのか」

「拍車と荒馬? また懐かしい傭兵団の名だな……。いいぜ。入ってくれ」


 馬をワルトに任せてアベルたちは内部に入る。採光窓は小さく、午後にしては暗い。

 客と従業員側とを仕切る細長い机があって、他にテーブル席がいくつか。

 壁には楯や剣が飾られていた。


 他にも情報交換のために掲げられた石板へ文字が書かれている。

 アベルは横目で読み取るが、隠語や符牒も多く、意味が分からないものが大半だ。

 そうではないのは護衛の人員募集とか、当たり障りのない内容。


 どんな店であるのか理解できてくる。

 スターシャは店主らしき初老の男の前で座った。

 いかにも老練な渋い人物で、皺の深さがどうしたわけか信頼感を醸している。


「おや。これは珍しい、別嬪さんが二人もご来店とは。その赤い髪。忘れんぞ。拍車と荒馬で活躍していたスターシャだな」

「忘れてなかったか」

「人を憶えるのも仕事の内。酒でいいだろうか。もっとも牛乳なんざ頼まれても出せないが」

「酒も情報も上等なやつを頼む。ここは古い店だ。馴染みの男どもが大勢ディド・ズマに殺されているだろう」

「ああ、ひでぇもんさ。皇帝国相手のでかい仕事は全部、あの蛙野郎が独占。奴の傘下に入っていない傭兵団はドブ浚いみたいなケチな件にしかありつけない。たまに割のいい仕事をやっていると嫌がらせまでしてくる始末だ」

「ここにはディド・ズマの手下が来ないのか」

「来ても追い返しているさ。奴らに飲ます酒はない」


 しばらく会話を続ける。ディド・ズマがどこを拠点としているのか判明した。

 イエルリング王子を支援している有力商人エゼルフィルの館だという。

 総勢千人にも及ぼうかという集団なので館だけでは収容しきれず、近場の倉庫などでも寝泊りしているようだ。


 もともと治安が悪いところへ、ズマの手勢が争いを求めるように徘徊するので、至る所で斬り合いになっているという。

 地元の筋者らはディド・ズマから独立している。

 これを良しとしない「心臓と栄光」の傭兵たちとの凄惨な戦いは、戦場と見紛うほどだと店主は力説する。


「ズマの手下ども。殺した相手の生き胆を抜いていくことまであるぜ」


 カチェはあまりにも人倫を外した行為に息を飲む。

 切り取った人間の胆嚢を干して、それを薬として愛用する傭兵が大勢いるのだという。

 消化を助けたり飲み過ぎに効くというので、競うように殺した相手の体から内臓を奪っていく傭兵は人間とも思えなかった。


 スターシャと店で時間を潰していると、やがて仕事を終えた男たちが店にやって来る。

 際立って美しい女二人がいるから注目の的だったが、絡んで来る者は誰もいなかった。おそらく店主を憚っているのだろう。

 

 夕方、スターシャが待っている男が姿を現した。

 バザックという名の中年はスターシャを見かけると驚喜したものだ。

 どうやらスターシャの父親候補の一人であるらしい。

 顔など全く似ていないから血の繋がりは多分ないはずだが……。


 会話は弾み、ひとしきり雑談を終えたところで密談に移った。

 対抗すると言っても、まずは相手を知らなければならない。

 ディド・ズマの動向を知りたいので細作を付けられるか、という依頼を聞くとバザックは真剣な顔になる。


 答えは快諾。

 彼は古巣の傭兵団を脅して解散させ、王都を我が物顔で荒らし回るズマに並々ならぬ憎しみを抱いていた。

 ガイアケロンの配下は基本的には戦士であって本業とは異なる諜報活動には必ずしも適さない。

 

 だが、バザックのような付近を根城とする荒事稼業の者なら打ってつけだ。

 スターシャは前金を渡し、それで交渉は済んだ。

 去り際、バザックという男がいささか怪訝そうにアベルを見て言う。


「なんだ、スターシャ。ずいぶん若い情夫を連れているな。年下好みに変わったのか」

「まぁな。ところが、いつでも相手してやるってのに奥ゆかしくて触って来もしない。ま、そこが気に入っているんだけどさ。いつ襲ってくるのか楽しみにしているところ」


 スターシャが意地悪そうに笑っていた。

 カチェの表情は氷のように冷たい。

 やっぱり女は怖いなとアベルは急いで店を出た。

 今日は早く邸宅に帰ろう。





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